黒猫ツバキ、女神アマテラスの案内で《ドキドキお花見ツアー》を体験する
※今話のお題は「桜(お花見)」です。
♢
ツバキ「ドキドキには、いろんな種類のドキドキがあるのニャ」
ボロノナーレ王国に春が来た。
王国の端っこにあるコンデッサの家に、アマテラスが遊びに来ている。
「ふわ~。眠いのじゃ。『春眠、暁を覚えず』とは、この事じゃな」
「暁って〝明け方〟って意味にゃよネ? もう、お昼にゃん」
ゴロゴロと惰眠をむさぼっているアマテラスへ、ツバキがツッコむ。
「『春眠、白昼を覚えず』なのじゃ」
「アマちゃん様は、寝過ぎにゃん」
「妾は、ドリーミーな……夢見がちな乙女なのでな」
「アマテラス様が見る夢は、夢と言っても〝白昼夢〟であるような……寝坊助で、起きていても頭の中が幻想まみれな神様となると、相当にヤバ――」
「何か言ったか? コンデッサ」
「いいえ。何も」
「ならば、良い。午後は、どこかへ皆で出掛けるとしようかの」
「やったニャン! ご主人様は、大丈夫にゃ?」
「構わないよ。ツバキは行ってみたいところや、やってみたい事はあるかな?」
「アタシ、お花見がしたいニャ!」
「花見だったら、この間、アマテラス様たちとしたじゃないか」(※注1)
「あのお花見は楽しかったけど……アタシは《ドキドキするお花見》を、やってみたいのニャ」
「花見をしている時には普通、ノンビリうららかな気持ちになるか、ウキウキ弾んだ気持ちになるか、どちらかで……花見でドキドキした気持ちになるのは、意外に難しいと思う」
「そうかニャ~」
考え込んでいるコンデッサとツバキへ、アマテラスが自信満々に話しかける。
「妾に任せておけ。ツバキに《ドキドキするお花見》を体験させてやるぞ!」
「アマちゃん様。出来るニョ?」
「ツバキは、妾を誰だと思っておるのじゃ? 日本神話の最高神じゃぞ。やろうとして、出来ない事は無い」
「その割には、アマちゃん様は、朝に起きるのが弱いみたいニャンね」
「あれは、世の人々のためなのじゃ。妾は太陽神でもあるからな。日が昇るのが遅いほど、人々の起床時刻も後のほうにズレて、睡眠時間を延ばすことが出来る。皆に少しでも長く寝ていてもらおうという、妾の親切心なんじゃ」
「アマテラス様。その言い訳は、さすがに苦しいかと」
コンデッサの発言をスルーして、アマテラスは元気よく片腕をあげた。
「良~し。《ドキドキお花見タイム・体験ツアー》に出発じゃ! 日本の歴史から最適な場面をピックアップして、ツバキ達に立ち会わせてやる。女神パワーを発動! タイムスリップ~!」
♢
「ここは、どこニャン?」
「時代は神代の、南九州じゃ」
「とても美しい女性と、若い男性が話していますね。どうやら、夫婦のようですが……」
女性と男性の話し声が、コンデッサたちのところへ聞こえてくる。
「ニニギ様。貴方の子供を身ごもりました。喜んでください」
「は? たった一晩の契りで、出来ちゃったの? 嘘でしょ?」
「嘘ではありません!」
「もしかして、別の男神との子供なんじゃ……」
「なんですって~!」
「お、怒らないでくれ、サクヤ。突然だったから、俺も動転してしまったんだよ」
「もう、けっこうです。私は、炎に包まれた小屋の中で出産することにします」
「ええ!? 無茶なマネは、やめるんだ!」
「貴方は天孫。天孫の子なら、どんな異常な状況でも、無事に産まれてくるに決まっています。私は命をかけて、己の貞節を証明します!」
「ごめん。疑ったのは、謝るから~!」
「謝罪しても、もう遅い。やります」
ニニギとサクヤが抱えている事情を、アマテラスがコンデッサとツバキへ説明する。(※注2)
「こうしてサクヤ姫は、炎上する産屋の中で、見事に3柱の子を産んだのじゃ。まさに『母は強し』じゃな」
「壮絶な話ですね」
「凄いのにゃ」
「……で、アマテラス様。私とツバキは〝ニニギ様とサクヤ様の夫婦ゲンカ〟を見せられたわけですが、これのどこが花見なんですか?」
「サクヤ姫は《咲き誇る桜の花の女神》なのじゃ。つまり『サクヤ姫の振る舞いを眺めるのは、お花見をしているのと、全く同じ行為』ということになる」
「にゅ? アタシたち、今まで〝お花見〟をしていたにょ?」
「そのとおり。どうじゃ? ツバキ。サクヤ姫の激怒っぷりを目撃して、ドキドキしたじゃろ?」
「アタシがお花見に求めているドキドキは、こういうのじゃ無いにゃん」
「むむ、残念。ならば、次の《ドキドキお花見タイム》に行ってみるのじゃ。タイムスリップ~!」
♢
「ここは、どこニャン?」
「平安時代の内裏、紫宸殿の庭じゃ。桜の花が、優雅に咲いているじゃろ?」(※注3)
「本当にゃん! 奇麗にゃネ~」
「素敵ですね。ところで今、この庭に大勢の人が集まっているようですが……」
「桜の宴が催されておるからな。ここは『源氏物語』の中の【花宴】のシーンなのじゃ」
「ちょっと待ってください! 『源氏物語』はフィクションですよね?」
「妾は神じゃぞ? 当然、物語の中にも自在に入り込める」
「非常識すぎます」
コンデッサが抗議するが、アマテラスは〝どこ吹く風〟と聞き流す。
「ほれ。物語の主人公、光源氏が登場したぞ。春鶯囀の舞を披露しておる」
「光源氏……すごいイケメンですね。絶世の美男子だ」
「そうにゃの? 周りの人達の反応から、人気者さんなのは分かるけど。ニャン」
「ツバキは猫じゃから、光源氏の美貌にドキドキせんのは仕方ないにしろ……どうして、コンデッサもドキドキしておらんのじゃ?」
「イケメンが居ても、その事で、私が得をするわけでもありませんので」
「なんというドライな性格なのじゃ。ドライすぎて、干物女と化しておる」
「失礼ですね! アマテラス様だって、ドキドキしていないでしょう!? 〝永遠の15歳〟であるにもかかわらず、情緒が思春期未満で固定されているって、どうなっているのですか?」
「なんじゃと~!」
「ご主人様とアマちゃん様。ケンカはやめるニャン」
「ま、まぁ、良い。このお花見におけるドキドキポイントは、光源氏の美貌や活躍では無いのじゃ。他のところにある」
「それは、なんでしょう?」
「見よ。紫宸殿の玉座には帝が御座し、その左右に中宮(皇后)と東宮(皇太子)が居られるじゃろ?」
「ハイ。皆様、光源氏の舞の手に見入っていますね。感動されているようです」
「中宮は、光源氏より5つ年上の義理の母。東宮は、光源氏の異母兄にあたる。で、源氏は中宮と、実は愛し合っている。もちろん、帝には秘密じゃ」
「ええ!?」
「ニャニャ!?」
「それから今晩、源氏は東宮妃になる予定だった……要するに、兄の婚約者である女性に手を出して男女の仲になる」
「ええ!?」
「ニャニャ!?」
「源氏は大胆不敵な、恋の狩人なのじゃ」
「『源氏物語』の内容について、そこまで詳しくは知りませんでした」
「イマイチ良く分からないけど、とにかくビックリしたニャン」
「ツバキにはまだ少し、この話は早いと思います。アマテラス様」
「確かに……しかし、ドキドキはしたじゃろう? ツバキ」
「これは、アタシがしてみたいドキドキじゃ無いニャン」
「だったら、次の《ドキドキお花見タイム》じゃ。タイムスリップ~!」
♢
「ここは、どこニャン?」
「西暦16世紀の慶長年間。京都の醍醐寺じゃ」
「満開の桜が、いっぱいですね。建築や人々の衣装も含めて、豪華絢爛としか言いようがない……」
「それもそのはず。太閤である豊臣秀吉が催した、盛大なお花見パーティーじゃからな。招待客は1000人以上。この日のために、わざわざ700本もの桜を植樹したのじゃ」
「秀吉さん、凄いのにゃ」
「皆さん、楽しそうですね。ん? なにやら、アチラで騒ぎが……」
コンデッサの視線の先で、華麗に着飾った2人の美女が口論をしている。
「松の丸殿、お控えなさい」
「これは西の丸殿。なんでございましょう?」
「太閤殿下からの杯を、北政所様の次に受けるのは私です。断じて、貴女ではありません」
「ほほほ。『本日は無礼講である』と太閤殿下も仰ったではありませぬか?」
「黙りなさい。私を侮辱するのは、すなわち若君への侮りに他ならぬ」
「西の丸殿こそ、お言葉を控えなされ」
美女2人が非難し合う様子に困惑しつつ、コンデッサがアマテラスへ尋ねる。
「ええっと……あの方たちは、誰なんですか?」
「秀吉の側室である、西の丸殿と松の丸殿じゃな。どちらが先に秀吉からの杯を受けるのか、順番を争っている」(※注4)
「西の丸さんと松の丸さん、それぞれの侍女さん達も集まってきたニャン。大げんかになりそうニャ」
「繚乱たる桜の下で、高貴な女性たちの意地と誇りが炸裂! どうじゃ? ツバキ。ドキドキせぬか?」
「アタシがやってみたいお花見のドキドキは、こんにゃのじゃ無いニャ~!」
「これも違うのか。ツバキのドキドキへのこだわりは、細かいのう」
「アマちゃん様が、大雑把すぎるのニャン」
「そんな事はない! 次こそは、ツバキの求める《ドキドキのお花見タイム》を提供してやる。〝究極のドキドキ〟じゃ!」
「イヤな予感しかしないのですが」
♢
「ここは、どこニャン?」
「江戸時代の天保年間。お江戸の北町奉行所、お白洲の場じゃな」
「あの……何故、私たちは捕まっているのでしょう?」
「シッ。静かにするのじゃ。お奉行が出てくるぞ」
チョンマゲ頭の奉行が座敷から、地べたのコンデッサたちを見下ろす。
「お前たちが、魔女と黒猫と駄女神だな」
「黒猫のツバキにゃん」
「魔女のコンデッサです」
「妾は、駄女神では無いぞ!」
「アマちゃん様が、一番うるさいニャ」
「ツバキよ。お前は主人であるコンデッサが購入してきたビスケットを数枚、こっそり、盗み食いしたな」
「な! ツバキ!」
「ア、アタシはやってないニャン!」
「コンデッサよ。お前は使い魔であるツバキに『極上のウニを食べさせてやるぞ~』と言っておいて、醤油をかけたプリンを渡したな」
「にゃ? あのウニの味、そう言えば量産品っぽかったにゃん。ご主人様!」
「わ、私は知らないぞ!」
「駄女神アマテラスよ。お前は第六天魔王がこの国に攻めよせてきたときに、口八丁手八丁で騙くらかして、追い返したであろう」(※注5)
「妾は嘘をついてなど、いない! 相手が満足する返答を、適当にしただけじゃ」
「アマちゃん様……」
「アマテラス様。世間では、それを『嘘つき』と呼ぶのです」
「やいやい、お前ら!」
奉行が突然にべらんめぇ口調になり、肩衣と小袖を片肌脱ぎにした。そこには鮮やかな桜の彫り物が。
「白を切るのも、いい加減にしろ! お前らの悪事は、この遠山桜がシッカリと見届けている。この桜吹雪に、見覚えが無いとは言わせねえぜ! 黒猫と魔女、及び駄女神には〝10日間・飯抜きの刑〟を申し付ける」(※注6)
「ニャ~!」
「わ~!」
「ど、ど、どうじゃ? ツバキ。この遠山桜のお花見は……超・ドキドキするじゃろ?」
「これは絶対に、アタシが体験したい〝お花見のドキドキ〟じゃ無いニャ~!」
♢
「ツバキにドキドキな花見を体験してもらおうと思って、張り切ってみたんじゃが……力不足だったようじゃ。スマン」
アマテラスが、しょんぼりする。
「アマちゃん様が頑張ってくれた気持ちは、とっても嬉しかったニャ。ありがとニャン」
「うむ……」
「ところで、ここは何処でしょうか? アマテラス様」
「慌ててタイムスリップしたので、いつの時代か分からぬな。いずれかの山の奥のようじゃが――」
「あ。桜の木が1本だけあるニャ。お花が咲いていて、でも散り始めているみたいニャン……」
「ここは、人が訪れることの無い秘境らしいですね。アマテラス様」
「うむ。この桜は、自然のまま存在し、春になると人知れず咲き、人知れず散っていくのじゃろう」
春の日の光のもとで。
ハラハラと静かに、桜の花が舞い落ちていく。
その情景を、ツバキたちはジッと眺めた。
「……ご主人様。アマちゃん様。アタシ、この桜を見ていると、にゃんだかドキドキするニャン」
「私もドキドキする。ツバキも、そうなんだな」
「眼前の桜の木の佇まい……過去から未来へ、この場所に永遠に、あり続けているように錯覚してしまうのう。そして妾たちは、花の散り際、その一瞬に立ち会っているわけじゃ」
「〝永遠〟と〝一瞬〟を同時に感じる、お花見ですか……」
「ドキドキするお花見を体験できたニャン」
♢
ボロノナーレ王国に戻ってきたツバキたちは、仲良く桜餅を食べた。
「桜餅は美味しいのじゃ!」
「まったくニャ。アタシ、プリンも食べるにゃん! もちろん、お醤油を掛けたりはしないのニャ」
「……ツバキ。棚の中に入れておいたビスケットを確認したら、やっぱり枚数が減っているんだが」
「にゃ~!!!」
・
・
・
♢解説
【※注】の説明です。
①本作の2話目『黒猫ツバキ、【記念写真作製カメラ】を使う』を参照してください。
②アマテラスの孫(アマテラスの子孫である神――つまり天孫)瓊瓊杵尊は南九州の高千穂峰に降臨し、その後に木花咲弥姫と結婚します。
しかし『古事記』にある、このエピソードのニニギの言動は最低で……文字どおりの〝炎上案件〟ですね(爆)。
※ニニギの父であるアメノオシホミミは、スサノオとの誓約の際、アマテラスの勾玉から生まれました(そのため、アマテラスは処女神でもあります)。
③内裏の紫宸殿の南には広い庭があり、儀礼や宴などの場になりました。東に桜、西に橘が植えられていて「左近の桜・右近の橘」として有名です。
あと【花宴】のシーンの光源氏は20歳です。
④西の丸殿とは、淀殿のことです。秀吉の跡継ぎである若君(豊臣秀頼・このとき6歳)の生母です。一方の松の丸殿には、実家の京極氏が浅井氏(淀殿の実家)の主筋であったというプライドがありました(淀殿より先に、秀吉の側室となってもいます)。
どちらも、容易には譲れなかったのでしょうね……。
醍醐の花見で実際に起こった、この争いは最終的に、北政所(秀吉の正室)と、まつ(前田利家の正室)の仲裁によって、おさまったそうです。
⑤日本の中世では、このような「天照大神と第六天魔王」の神話が語られました。『沙石集』(13世紀に成立)などに記されています。
神仏習合思想の影響が強いですね。
⑥史実の遠山景元(金四郎)は1840~43年に北町奉行、1845~52年に南町奉行になっています。
時代劇の『遠山の金さん』のとおりに彫り物(桜の入れ墨)をしていたかどうかは真偽不明ですが、個人的には〝あった〟と思っています(そちらのほうが面白いので)。
・
・
・
『山の奥 幾世の枝の さくら花 音なく舞い散る 春の日だまり』――コンデッサの短歌
~おしまい~
『棚の奥 幾つあるのか 桜もち コッソリ頂く 春のドキドキ』――ツバキの短歌
コンデッサ「あ! 棚の奥に仕舞っていた、お菓子の数が減っているぞ」
ツバキ「桜もち、アタシは食べてないニャン!」
コンデッサ「どうしてツバキは、棚にある菓子が桜もちだって、知っているんだ? まだ教えていなかったのに」
ツバキ「…………」
コンデッサとツバキは、春も毎日、仲良しです!
♢
『黒猫ツバキの春の日々』は今回で終わりますが、コンデッサとツバキの話は、また執筆したいと思っています。ご覧いただき、ありがとうございました。
よろしければ、コメント・いいね・ポイント評価などをしてもらえると嬉しいです!