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黒猫ツバキ、ご主人様の親友が高校デビューしたときの話を聞く(亡国女王の物語)

登場キャラ紹介

・バンコーコ……コンデッサの友人。魔女高等学校の同期。模範的な秀才タイプ。

・プリン……バンコーコの使い魔の黒猫(やっぱりメス)。ツバキのともだち。


※お題は「高校・大学デビュー」ですが、今話では「高校デビュー」について扱っています。



ツバキ「バンコーコ様の高校デビューは、とてもインパクトがあったのニャ」

 ボロノナーレ王国に、春が来た。

 王国の端っこにある魔女コンデッサの家に、バンコーコが遊びに訪れた。遊びに……といっても、目的は軽いお(しゃべ)り程度であるが。


 バンコーコは、コンデッサと仲の良い友人である。同じ年齢の魔女であり、つまり魔女高等学校においても同期なのだ。

 ちなみにバンコーコの使い魔である黒猫のプリンも、コンデッサの使い魔であるツバキの友達だ。今回はプリンもバンコーコと一緒に、コンデッサの家に来ている。


 魔女2人が楽しく話をしている、そのすぐ(そば)で、黒猫2匹もノンビリごろごろしている。


 春の日の穏やかな時間……。


「それでな、バンコーコ。この間、まだ春になる前の冬の日に、妖怪ヒツジ男に会ったんだ。カミソリ魔法でソイツの上半身の毛を()ったら、そこのところのモコモコがヤセヤセになった。上が貧相(ひんそー)で、下は福々(ふくふく)……すごい妙な姿だった」

「可哀そうなことをするのね、コンデッサ」


「ヒツジの野郎が『俺様の彼女になれ。知らないのか? ヒツジやヤギと、魔女はお似合いなんだぞ』とか、しつこく迫ってきたんだよ。上半分をツルツルにしたら、寒がってブルブル震えて『メェ~、メェ~、(さめ)ぇ~』と鳴きだし……もとい、泣きだした。なので、()った羊毛で即席セーターを魔法で編んで、贈ってやった。喜んで着てたよ。私って、本当に親切だよな」

「ヒツジ男が上半身の毛を刈られて、その毛で出来た羊毛セーターを、当のヒツジ男が着用する……一周まわって、振り出しに戻っているような……不毛な話だわ」

「〝不毛(ふもう)な話〟じゃ無いぞ。〝羊毛(ようもう)な話〟だ」

「そういう意味じゃ無いわ」


「こりずにアプローチしてくるんで『私の知り合いにオオカミ男が居る』と言ったら、逃げて行った」

「ヒツジにとってオオカミは天敵だから、当然ね」


 魔女たちの会話を聞いて、黒猫たちもお喋りをする。


「コンデッサ様って、面白い方にゃんネ」

「ご主人様は面白いけど……同時に非常識でもあるのニャ。バンコーコ様は、ご主人様と違って、とっても常識があるニャン。プリンが(うらや)ましいニャ」

「わたしのご主人様は、いつも落ち着いているニャ。優しくて、おかげで、わたしは平和な使い魔ライフを送れているニャン。でも時々、ちょっぴり刺激が欲しくなったりもするから、わたしはツバキの暮らしも楽しそうで良いと思うニャ」

「プリンは贅沢(ぜいたく)にゃん。何ごとも、トラブルが無いのが1番ニャ」


「確かに……ご主人様は上品で理知的で、どんな時でも冷静にゃん。変なことを言ったり、おかしなトラブルを起こしたりは、絶対にしないニャ。その点は、すごく安心にゃ」

「アタシのご主人様とは、正反対ニャンね」


 プリンとツバキのやり取りを小耳に挟んだコンデッサが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「バンコーコが、常識人? 理知的? 変なことは言わない? ふむ。そんな〝分かってない〟ツバキたちに、バンコーコの高校入学時のエピソードを語ってやろう」

「ちょっと、コンデッサ!」


「ご主人様が高校へ入ったときの話? わたし、聞きたいニャン!」

「アタシも!」


 プリンとツバキが大喜びする一方、バンコーコは(あわ)てた。


「やめて~。コンデッサ!」

「やめない」



 数年前の春。

 魔女高等学校の入学式の日、1年生の各教室では、新入生それぞれの自己紹介が行われていた。


 教壇(きょうだん)に立つ担任の先生が、告げる。


「では次、コンデッサさん」

「コンデッサです。よろしく」

「……なにか他に、皆へ言うことは無いの? コンデッサさん」

「仲良くしてくれると、嬉しい。仲良くしてくれなくても、構わない」

「……まぁ、良いわ。次はバンコーコさん」


「ハイ。私の名前は、バンコーコです。前世は、パルミラ王国の女王ゼノビアでした。砂漠の中の都市国家である故郷を、頑張って大きな王国にまで発展させたのですが……より強大な勢力の西の帝国によって滅ぼされました。無念です。生まれ変わったとしても、前世における為政(いせい)者としての失敗が消えるわけではありません。皆様。どうぞ、私のことは『栄光と悲劇の亡国女王』とお呼びください」


 深沈(しんちん)とした声で、涙ぐみつつ新入生のバンコーコが語る。


 クラスが、シーンとする。

 担任の先生は、どう対応すべきか迷い……結局はスルーした。


「では、次」



 高校に入学してから、バンコーコは他の生徒から遠巻(とおま)きにされる状態が続いた。

 別に、クラスメートたちも仲間はずれにするつもりは無かったのだが……「良いのです。亡国の女王である私が、皆様から()けられるのは当然です」などと発言するバンコーコに、どの同級生も、上手く接する方法が分からなかったのである。


 しかし。

 そんな微妙な空気を全く意に(かい)さない生徒が、1人だけ居た。


 コンデッサだ。


「えっと、名前はバンコーコさん……では無くて……〝迷走(めいそう)と喜劇のポンコツ女王様〟だったかな?」

「〝栄光と悲劇の亡国(ぼうこく)女王〟です!」

「そうだった。栄光と悲劇の亡国女王様、黒板の字を消しといてくれ」

「……良いですよ」


「栄光と悲劇の亡国女王様、教室の掃除(そうじ)を手伝って欲しい」

「分かりました」


「栄光と悲劇の亡国女王様、魔法の訓練を一緒にやろう」

「……ハイ」


「栄光と悲劇の亡国女王様、次の授業は何だったかな?」

「魔法のトレーニングです!」


「栄光と悲劇の亡国女王様、お昼ご飯は食べたか?」


「栄光と悲劇の亡国女王様、うどんとソバは両方とも美味しいよな」


「栄光と悲劇の亡国女王様、昨日の宿題の答え合わせをしよう」


「栄光と悲劇の亡国女王様、ゴミ箱の中身を焼却()まで運んでくれ」


「栄光と悲劇の亡国女王様、(ひま)そうだな」


「栄光と悲劇の亡国女王様、なんか面白いことを言ってくれ」


「栄光と悲劇の亡国女王様、これが《逆立ちしても、絶対にスカートが乱れない魔法》だ。私が発明した。()めてくれ」


「栄光と悲劇の亡国女王様」


「栄光と悲劇の亡国女王様」



 とうとう、ある日。


「ごめんなさい! コンデッサさん! もう、私を〝栄光と悲劇の亡国女王〟と呼ばないでください!」

「そんな! どうしてだ? 栄光と悲劇の亡国女王様!」

「どうしても……です! お願いします!」

「そこまで言うのなら。分かったよ。バンコーコさん」


 一呼吸、置いて。

 コンデッサを見つめつつ、バンコーコは静かに語りはじめる。


「……前世がなんであろうと、それは今世とは、関係ない。今の私は、ただの魔女高等学校の1年生であるバンコーコ。その事実を、コンデッサさんは『栄光と悲劇の亡国女王』を連呼(れんこ)することで、私に教えようとしてくれたんですね。ありがとうございます」

「いや。特に、何も考えてはいなかった」

「…………」


「私のことは〝コンデッサ〟で良いよ」

「コンデッサさん……いえ、コンデッサ。私のことも〝バンコーコ〟で……」

「ああ。改めて、よろしくな。バンコーコ」

「はい、コンデッサ」



 そして、現在。


「こうして、私とバンコーコは友達……いや、親友になったんだよ」

「そのあと(ほど)なく、私は、クラスの皆にも受け入れてもらえました」

「バンコーコは優しいし、頭も良いし、すぐにクラスの人気者になったな」


 コンデッサに褒められ、バンコーコは少し照れた。


「そんな事……魔法の成績は、いつもコンデッサが学年でトップだったじゃない」

「まぁね。魔法については、女王様にも負けられない」

「もう! それにしても、プリンやツバキちゃんに私の高校デビューの話をするなんて、ひどいわ! コンデッサ」

「ごめんごめん。あんまりツバキたちが、バンコーコのことを『落ち着いている』『理知的で冷静』『刺激がない』とか言うもんだから――」


 10代に戻ったかのように楽しそうに騒ぐ、バンコーコとコンデッサ。

 主人である魔女たちを、使い魔の黒猫2匹は見上げる。


「バンコーコ様に、意外な過去があったのニャ」

「わたしは、ご主人様の昔の話を聞くことが出来て嬉しいニャン。ちょっと、ビックリしたけど……もっと、ご主人様を好きになったニャン!」

「ありがとう、プリン」

「これからは、亡国女王様の使い魔として、いっそう頑張るニャ!」

「その呼び名はやめてー! プリン」


 思わず、バンコーコが叫ぶ。

 クスクスと笑いつつ、コンデッサがバンコーコへ尋ねた。


「そもそも、どうして、バンコーコは自分のことを『パルミラの女王ゼノビア』なんて言い出したんだ?」

「だって私、中学生になった頃から、そういう夢を頻繁(ひんぱん)に見るようになっていたのよ。仕方ないじゃない。今にして思えば、あれは思春(ししゅん)期にありがちな衝動(しょうどう)で、自分を〝特別な存在〟と勘違いしていただけなのよね。いったい私は、どこから『パルミラ』だの『ゼノビア』だの、おかしな固有名詞を引っ張り出してきたのか……不思議だわ」

「思春期……10代の頃の想像力って、すごいよな」

「恥ずかしい」

「良いじゃないか。そのご利益(りやく)で、バンコーコは鮮烈な高校デビューをすることが出来たんだろ?」

「言わないで! コンデッサと友達になって〝女王である自分〟の夢は見なくなったわ。高校生としての毎日が、充実したからかな? ありがとう、コンデッサ」

「こちらこそ、私と友達になってくれて感謝しているよ。バンコーコ」


 コンデッサに続いてツバキも、バンコーコへ礼の言葉を口にする。


「ご主人様とお友だちになってくれるほど寛容(かんよう)な人は、めったに居ないのニャ。使い魔として、アタシもバンコーコ様に、お礼を述べさせてもらうニャン」

「ツバキちゃんは〝ご主人様を、とっても大事に(おも)っている〟使い魔なのね」

「そうニャ」


 得意げなツバキを、コンデッサはジッと見て、口角(こうかく)を上げる。


「私も〝使い魔を、とっても大事に想っている〟ご主人様だぞ。今日のツバキの晩ご飯は、煮干(にぼ)しオンリーだ」

「ニャ~!!!」


「コンデッサ様とツバキは、お似合いの魔女と使い魔ニャン。もちろん、わたしとご主人様もお似合いだけど。にゃん!」


 そう言って、プリンはバンコーコの(ひざ)の上にピョンと跳び乗った。



 後日。

 古代世界の遺産(オーパーツ)のひとつ――歴史関連の書籍の内容を、コンデッサは解読していた。


「……おい、ツバキ」

「どうしたにょ? ご主人様」

「この古代世界の文献に……『西暦3世紀に、女王ゼノビアが統治するパルミラ王国は、ローマ帝国の攻撃を受けて滅亡した』という記述があるんだが」

「にゃ!? 〝パルミラ〟……〝ゼノビア〟……ご主人様。もしかして、バンコーコ様の前世は本物の女王様だったニャンてことは……?」

「う~ん……『ゼノビアは強く、賢く、美貌(びぼう)の女性であった』とも書かれているな」

「にゃん。バンコーコ様は、強くて賢くて美人さんニャ」


「……いや。深く考えるのは、やめよう。『前世がなんであろうと、それは今世とは、関係ない』……だ。分かったな? ツバキ」

「り、了解にゃん」


 ツバキは、こっくりと頷いた。

 もしも、前世があるとして……バンコーコが女王なら、コンデッサは……女帝? 


(それニャら、ご主人様の普段の〝唯我独尊(ゆいがどくそん)傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶり〟にも納得がいくニャン)


 そう思ってしまう、ツバキであった。



♢解説


 ヒツジ男が「ヒツジやヤギと、魔女はお似合い」と言っているのは、バフォメット(キリスト教における悪魔。ヤギの頭に人間の体を持つ。魔女から崇拝された)の存在が理由です。ただしキリスト教では「ヒツジは善」で「ヤギは悪」という観念もあり、ヒツジ男の台詞(せりふ)は矛盾しているような……。

 もっとも本シリーズの魔女は、キリスト教の魔女とは基本的に無関係ですので、どちらにしろ、コンデッサとしては知ったこっちゃありません。モコモコは()るのみです。


 3世紀のパルミラ(現在の中東、シリア砂漠にあった)で女王だった人物の名前は、ラテン語だと「ゼノビア」で、パルミラ語だと「バト=ザッバイ」になります。ローマ帝国と戦って敗れましたが、政治・軍事の能力に優れ、すごい美女だったそうです。

 次話のお題は「桜(お花見)」です。

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