黒猫ツバキ、引っ越してくる狐の脅威から王国を守ろうとする
登場キャラ紹介
・国王……ボロノナーレ王国の国王。40代。国民から人気がある。王妃との仲も良好。
・ミミッカ……ボロノナーレ王国の第8王女。17歳。とても賢い。
・高木神……高御産巣日神。アマテラスの後見役にして教育係。白いヒゲを垂らした、威厳のある老人(老神?)の姿をしている。
※設定の豆知識……コンデッサたちが暮らしている世界は、現代より数億年ほど経ったあとの地球です。
※今話のお題は「引っ越し」です。
♢
ツバキ「狐さんから王国を守るのニャ!」
ボロノナーレ王国に春が来た!
何ごとかを始めるのに相応しいシーズン、それが春。
引っ越しするのに最適な時期ともいえる。しかし……。
魔女コンデッサは、王国の端っこにある村に住んでいる。
春の日。コンデッサの家に、旧知の仲である日本神話の女神アマテラスが訪ねてきた。
「コンデッサ。大変じゃぞ! この王国に、恐ろしい妖怪が引っ越してくる。警戒するのじゃ!」
「これは、アマテラス様……。〝恐ろしい妖怪〟とは、どんなヤツなのですか?」
「九尾の狐じゃ!」
興奮ぎみのアマテラスへ、コンデッサの使い魔である黒猫のツバキが問いかける。
「狐さん? 尻尾が九つもあったら、お手入れするのに凄い時間が掛かりそうなのニャ」
「そんなノンキなことを言っている場合ではないぞ、ツバキ!」
「それで、アマテラス様。九尾の狐が来ると、ボロノナーレ王国では何が起こるのですか?」
「聞くが良い、コンデッサ。九尾の狐は絶世の美女に変化して、その国のトップ……皇帝や国王を誑かすのじゃ」
「絶世の美女……」
と、美女のコンデッサが呟く。
「そうじゃ。九尾の狐は、権力者の寵愛を受け、贅沢三昧をする。そのため、九尾の狐に狙われた国は必ず財政破綻に陥り、そこに住む民衆は大迷惑を被るのじゃ」
「狐さん。トラブルメーカーなのニャ」
「まったくじゃ。古代世界において九尾の狐は、まずインドという国に現れ、そこで好き勝手して、人々を困らせた。挙げ句に『もう出て行ってくれ』と言われ、中華の地へ引っ越していった。そして中華でも、やりたい放題をして、人騒がせな存在になった」
「厄介な妖怪ですね」
「うむ。結局、九尾の狐は中華からも追い出され、今度は妾の愛する日の本へ引っ越してきたのじゃ。アヤツ、日の本では、その時の朝廷を支配していた鳥羽上皇に贔屓にされて、連日連夜パーティーを催して浮かれまくった。おかげで貴族も官吏も食べすぎ・飲みすぎ・睡眠不足となり、日の本の政治は滞った。ついに優秀な陰陽師や高名な武将が退治に乗り出して、それでビックリした九尾の狐は日の本から逃げて行ったのじゃ」
「良かったニャン」
「あれから数億年。九尾の狐はズッと姿を隠しておったのじゃが、そろそろ、ほとぼりが冷めたと考えたのじゃろう。活動を再開したんじゃ。《神々ネットワーク》から妾がキャッチした情報によると、近いうちに、このボロノナーレ王国に引っ越してくるらしい」
「それは、緊急事態です! 対策を立てなくては」
「ニャン!」
「妾も協力するぞ!」
アマテラスが勇ましく叫んでいると……そこに、彼女の教育係である高木神が現れた。
高木神は「アマテラス様。いつまで、遊んでいるんですか? ちゃんと機織りの仕事をしてください。太陽神としての務めも、いっぱいありますよ」とアマテラスを叱りつけ、彼女を空の上へと引っぱっていく。
「いやじゃ~。働くのは、いやじゃ~」
と、天上より聞こえるアマテラスの声は段々と小さくなっていき、やがて消えてしまった。
コンデッサとツバキは、互いに何とも言えない表情になって見つめ合う。
「……ま、いいか。九尾の狐の脅威について教えてくれたアマテラス様に、感謝しよう」
「アマちゃん様、ありがとうなのニャ。お空の上で、一生懸命に、お仕事をするのニャ」
「では、王城へ行こう!」
「了解にゃん」
王城の謁見の間にて。
国王は快く、コンデッサたちに会ってくれた。これまでコンデッサはイロイロな事件で国王を助けてきたため、とても信用されているのである。
国王の側には、王妃と第8王女のミミッカが居た。
ミミッカも、コンデッサやツバキと仲良しな関係である。
「安心してくれ、コンデッサ殿。余は王妃を深く愛しておる。どのような美女が現れようと、この気持ちが揺らぐことは無い」
「…………」
「お父様、ご立派ですわ」
国王の堂々たる宣言を聞き、王妃は黙ったままウンウンと頷き、ミミッカ王女は称賛の言葉を述べた。
「あの……コンデッサ様」
「なんでしょう? 王女殿下」
「女神様が話された内容では、その妖怪である九尾の狐は〝魅了の術〟を使うのですよね。お父様は大丈夫なのでしょうか? もし万が一、妖怪に操られてしまうようなことになったら、お父様には退位してもらわなければなりません」
「…………」
「お、おい。ミミッカ!」
ミミッカ王女の親孝行(?)な発言を聞き、王妃は黙ったままウンウンと頷き、国王は焦った声をあげた。
国王からの〝コンデッサ殿。娘を説得してくれ~!〟との眼差しを受け、コンデッサはミミッカへ返答した。
「ご心配は要りません、殿下。九尾の狐が国王陛下と対面する場には、私も同席いたします。狐が妖しい術を放ってきても、私が阻止しますので」
「ご主人様は、頼りになる魔女なのニャ」
コンデッサたちが話し込んでいるところへ、王城に勤めている家臣が大慌てで駆け込んできた。
「一大事です、陛下! ものすごい美女が訪ねてきて『王国に引っ越してきたので、ご挨拶に伺いました。王様に会わせて』と言っています。どうしましょう?」
「さっそく、現れおったか。面倒ごとは、早めに片づけてしまおう。すぐに通せ」
「ハ!」
謁見の間に、1人の女性がやって来た。素晴らしい美女だ。
「はじめまして。ボロノナーレ王国の王様。私の名前は九尾……では無くて、キュービーです。ぜひ、私を王様の公式な愛人――〝公妾〟にしてください」
「良し、承知した!」
国王は即座に受諾した。
満足した美女は「では明日、また参ります」と言って、帰っていった。
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直後、謁見の間では。
「…………」
「待て、王妃。話を聞いてくれ!」
スパーン!
王妃は国王から王冠を取り上げるや、その頭をハリセンで叩いた。いい音がした。
ミミッカも国王へ軽蔑の視線を向ける。
「お父様、最低です。今日のうちに退位してもらいます」
「いや、違うのだ! ミミッカ。あの時、余の口が勝手に動いたのだ」
「言い訳は見苦しいです、お父様」
追い詰められる、ボロノナーレ王国の国王!
そんな国王を、コンデッサが庇った。
「王女殿下。国王陛下が仰っていることは、本当です。陛下は狐の美女に惚れ込んだり、魅了されたりしたのではありません。あの狐の妖怪は、どうやら目の前に居る人間の身体を自由に動かせる、そのような妖術を心得ていたようです」
「つまりお父様は、その術に掛かってしまったと?」
「ハイ。咄嗟のことで、私も防げませんでした。陛下の心のほうに働きかけてくると考え、そちらにばかり注意を払っていました。まさか、身体のほうへ仕掛けてくるとは……。申し訳ありません」
「いや。これは、コンデッサ殿だけの責任では無い。『精神への干渉は断じて許さぬ!』と強く意識している間に、肉体の操作をアッサリと許してしまった……余も油断しておった」
悔しげな表情になる、国王とコンデッサ。
「二度と私は、このような失態を犯したりはしません。明日、狐が来ても、陛下の精神にも肉体にも妖術が掛けられることは決して無いと、魔女の誇りをもってお約束します」
「にゅ? 明日、狐さんに『昨日の件は、無しになった』と伝えればいいだけニャン。それで解決しないにょ?」
「む。それは……」
国王が苦しそうな声を出す。
ミミッカが、ツバキへ説明をした。
「ツバキさん。残念ながら、事はそう簡単では無いのです」
「どうしてニャン? 王女様」
「『綸言、汗の如し』という古語があります。一国の君主が発した言葉は重く、むやみに取り消すことは出来ないのです。安易に発言を訂正していては、王の権威が損なわれてしまう……」
そう言って、ミミッカは考え込む。
王妃はブンブンとハリセンの素振りをして、その様子を国王は恐る恐る眺めつつ冷や汗をかいていた。
「ニャン……ねぇ、ご主人様?」
「なんだ? ツバキ」
「アタシは、カツオブシが好きニャ」
「『猫にカツオブシ』と言うからな」
「だったら、あのキュービーさんも、油揚げが好きなはずニャ」
「『狐にアブラアゲ』と言うからな」(←言いません)
「それにゃら……」
ツバキの提案に、皆は賛同した。
王妃は、やっとハリセンを仕舞った。国王は安堵した。
♢
翌日。
再び、美女に変化した九尾の狐が王城にやって来た。
謁見の間で前日の4人(+1匹)が出迎える。
「王様~! 貴方の公妾であるキュービーが参りましたよ~。可愛がってください♡」
「キュービーか。そなたはどうしても、余の公妾になりたいのじゃな?」
「もちろんです! 『綸言、汗の如し』――まさか、王様。昨日の前言を翻したりは、しませんよね?」
「当然じゃ。ただ公妾以外に、そなたに勧めたい職があってな。どうじゃ? 気にならぬか?」
「興味ありません。王様の公妾こそ、私に最もピッタリな〝職〟ですから。公妾以上に、贅沢できる仕事や地位があるはずも無いし」
「そうか。そなたには《油揚げ製造工場の責任者》になってもらおうと思ったんじゃが……」
「え!?」
ビ!
「ニャン? 狐さんの尻尾が1つ出たニャ」
「ああ。九尾の狐め。ついに正体を現し……尻尾を出したな」
コンデッサとツバキが、ヒソヒソと話す。
一方、国王とキュービーは――
「あのぉ……《油揚げ製造工場》というのは?」
「ふむ。キュービーは、公妾になることにしか関心は無かったのでは?」
「そ、そうですけど……少しくらいは、話を聞いても良いかな~って」
ビビ!
「狐さんの尻尾、2つめが出たニャ」
「どんどん尻尾を出すな」
「その工場では、文字通り〝油揚げの大量生産〟をやっておるのじゃ」
「た、大量の油揚げ」
ビビビ!
「工場の責任者になると、そこで製造している油揚げを、いつでも定価の2割引きで購入できる」
「2割引き!」
ビビビビ!
「工場内にある食堂では、どんなメニューを頼んでも、おかずに油揚げが1つ、必ず無料でついてくる」
「無料……」
ビビビビビ!
「工場でつくる油揚げは〝外はカリカリ、中はジューシー〟で有名なんじゃ」
「カリカリでジューシー」
ビビビビビビ!
「味も最高じゃぞ!」
「ごっくん」
ビビビビビビビ!
「ちょうど前の責任者が別の職場へ行くことになり、代わりの者を探しておったのじゃ」
「えっと……公妾と工場の責任者を、兼務するわけにはいきませんか?」
「ダメじゃ。国王の公妾は、れっきとした公務員じゃ。わが国では、公務員が副業を行うのは禁じられておる」
「え……あ……」
ビビビビビビビビ!
「とても残念じゃが、そなたがどうしても、余の公妾になりたいのなら仕方ない。工場の責任者には、誰か他の者になってもらうことにしよう」
「ま、待ってください! 私は《油揚げ製造工場の責任者》になります! 公妾には、なりません~!」
ビビビビビビビビビ!
「狐さんの尻尾、9つ出たニャン。いっぱい尻尾を出すにょネ」
「九尾の狐だからな」
キュービーは、いまだ人間の姿ではあるが……尻尾の他に、キツネ耳をピョンと生やし、口からはヨダレを……全くもって『絶世の美女って、誰のこと?』な状態になっている。
キュービー自らの辞退によって、公妾の話は〝無し〟になった。
国王は王妃と王女からの信頼を取り戻し、退位せずに済んだ。
♢
一ヶ月後。
コンデッサの家に、またアマテラスが訪ねてきた。
「……で、今このボロノナーレ王国で、九尾の狐は何をやっておるのじゃ?」
「《油揚げ製造工場の責任者》になって、楽しく仕事をしていますよ。工場の隣に《九尾庵》という名の自宅を建てて、そこに引っ越したそうです」
「九尾庵……」
「転居してきた際には、近所の方々に、引っ越し蕎麦を配ってまわったと聞きました。もちろん、油揚げが入ったキツネ蕎麦です」
「…………」
「相変わらず絶世の美女に化けていますが、現在では食い気に全パワーがいった分、お色気パワーはゼロになりました。なので無害です」
「お色気ゼロ……もはや、それは『絶世の美女』と呼べぬのでは?」
「九尾の狐は〝愛欲の美女〟から〝食欲の美女〟に変化したみたいです。アッハッハ」
「…………」
「……そ、それで、ツバキも、九尾の狐と仲良くなったんですよ。アマテラス様」
「ニャン。アタシが王様に『狐さんに《油揚げ製造工場の責任者》になるように勧めたら?』って言ったのを知って、キュービーさんは喜んでくれたのニャ。『君主に取り入って贅沢するより、今の三食油揚げの生活のほうが幸せ』とアタシに話したニャン。お礼として、しょっちゅう油揚げをプレゼントしてくれるニョ。嬉しいニャ」
実は九尾の狐に負けず劣らず、黒猫も油揚げが大好きなのである。
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♢解説
九尾の狐には様々な伝説があり、「神獣・瑞獣」とされるケースもあります。そのため、今後はボロノナーレ王国に幸運をもたらしてくれることでしょう。
次話のお題は「高校・大学デビュー」です。