黒猫ツバキ、【記念写真作製カメラ】を使う
登場キャラ紹介
・チリーナ……伯爵令嬢にして魔女高等学校2年生。コンデッサの元教え子。青い髪をツインテールにしている。身長は低め。コンデッサのことを「お姉様」、ツバキのことを「駄猫」と呼ぶ。コンデッサを過剰に慕っている。
・アマテラス……天照大神。日本神話の太陽神にして最高神。外見は15歳くらい(年齢も15歳)。巫女の格好をしている。1人称は「妾」。ツバキからは「アマちゃん様」と呼ばれている。
・ウズメ……天鈿女命。日本神話における芸能の神。外見は18歳くらい(年齢は20歳)。踊り子風の和装をしている。
用語説明
・古代世界……コンデッサたちが生きている時代より、数億前の地球(つまり、現代の地球)。
・オーパーツ……古代世界から伝わる、謎の器物。用途不明なケースが多い。アマテラスが取り出したカメラは、『一眼レフのインスタントカメラ(アナログ式)』のイメージ。
・柱……神様の数え方。「1人、2人」では無く、「1柱、2柱」と数える。
・岩戸隠れ……日本神話のエピソード。須佐之男命と喧嘩した天照大神が、天の岩戸(岩でできた洞窟)の中へ緊急避難した事件。太陽神である天照大神が引きこもってしまったため世界は闇に閉ざされ、みんな迷惑した。
※今話のお題は「記念写真」です。
♢
ツバキ「記念・疑念・思念・妄念・残念・入念……そして天念なのニャ」
ボロノナーレ王国に、春が来た!
王国の端っこにある、ペンペン村。
魔女のコンデッサは、彼女の使い魔である黒猫のツバキと一緒に、そのペンペン村に住んでいる。
うららかな、気持ちよい春の日……コンデッサの家を、チリーナが訪れた。「お姉様~!」との、元気な声とともに。
同じ日に、日本神話の女神であるアマテラスとウズメも、コンデッサの家へやって来た。
チリーナとアマテラスたちは、それほど親しい関係では無い。けれど、既に知り合ってはいる。
なにより、どちらもコンデッサ(&ツバキ)と仲良しなのだ。
〝せっかくなので、皆で何かをしよう!〟と、全員の気持ちが一致したのは当然の成り行きであると言えよう。
そんなわけで。
魔女2人(コンデッサとチリーナ)と、女神2柱(アマテラスとウズメ)と、猫1匹(ツバキ)は、お花見に出掛けてワイワイと盛り上がった。
「桜は本当に美しいな」
「奇麗ニャン」
「私には桜より、お姉様のほうがはるかに美しく見えます」
「アマテラス様! 御神酒が飲めるのは、20歳になってからです」
「うわ~ん。ウズメが意地悪なのじゃ。妾は神様でズッと15歳じゃから、永遠に御神酒を飲めないのじゃ~!」
・
・
・
その10日後。
偶然に……また皆が、コンデッサの家に集まった。
「〝偶然〟とかじゃ無くて、皆、暇なのニャ」
ツバキの言葉に、チリーナが反論する。
「お黙りなさい! この駄猫。私がお姉様の家に居るのは〝偶然〟では無く〝必然〟なのです」
「妾も、暇では無いぞ。多忙な仕事の息抜きに、コンデッサのところに来ているだけじゃ」
アマテラスの主張を、ウズメはあっさり否定した。
「アマテラス様が一日のうちにしていることの大半は、寝ているか休んでいるか遊びにいっているか……ですけど。少しは、お仕事もしてください」
ガヤガヤ騒ぐ猫と少女と神を、家の主であるコンデッサが宥める。
「まぁまぁ。皆、落ち着いて。それにしても、あの日のお花見は楽しかったですね」
「まったくじゃ。記念写真も撮っておけば良かった……コンデッサは、そうは思わぬか?」
「〝記念写真〟とは、なんでしょう? アマテラス様」
「アマちゃん様の言うこと、アタシも分かんないニャ」
「そうか。コンデッサやツバキは、写真を知らぬのか」
アマテラスは、コンデッサたちにとっての《古代世界の謎の器物》――〝写真〟や〝カメラ〟について、その仕組みや使い方の説明をした。
「……なるほど。理解しました、アマテラス様。しかし残念ながら、あの時、あの場所で、誰も〝カメラ〟というものを持っていなかったので、記念写真を撮れなかったのも仕方ありませんね」
頷きつつ述べるコンデッサへ、アマテラスは不敵な笑みを浮かべ、懐からひとつの道具を取り出してみせた。
「ふっふっふ……そこで、コレじゃ!」
「にゅ? アマちゃん様。それ、ニャニ?」
じゃ~ん!
「これは、妾が発明した【記念写真作製カメラ】じゃ。古代世界においても、人は、いつでもどこでもカメラを携帯していたわけでは無かったのじゃ。『あの時、カメラが手もとにあれば、良い記念写真が撮れたのに』と後悔することも少なくなかった。そこで賢い妾は、このカメラをつくることを考えた」
「アマちゃん様って、賢いニョ?」
ツバキからの当然の疑問を無視して、アマテラスは自慢げに喋りつづける。
「見よ! カメラのここが、ファインダー(覗き窓)じゃ。このファインダーを目視しつつ、記念したい過去の出来事を頭の中で思い浮かべる。そしてシャッターを切ると、その日の光景がそのまま写真となって、カメラの下の部分から出てくるのじゃ。凄いじゃろ!」
「確かに、凄いですが……本当に、そんな事が可能なのですか?」
もの珍しそうにカメラを眺めるコンデッサへ、アマテラスは断言した。
「できる! では、実証してやろう。そうじゃのう……妾が天の岩戸から出てきたときの記念写真を、このカメラでつくってみるのじゃ」
ガチョン。
パシャ。
ジ~。
カメラから、一枚の写真が出てきた。
一同が、その画像を眺める。
そこでは……天の岩戸の前でアマテラスが背筋を伸ばし、偉そ~な態度で立っていた。キラキラと輝くアマテラスを、大勢の神々が伏し拝んでいる。顔を上げている神も居るが、その頬は歓喜の涙で濡れていた。どうにも、嘘くさい光景だ。
「う~ん……ウズメ様」
「どうしました? コンデッサさん」
アマテラスから少し離れた場所へウズメを連れて行き、コンデッサは小声で語りかけた。側にツバキも居る。
「あの写真にあるシーンは、真実なのですか?」
「いいえ。本当のところは、アマテラス様が天の岩戸の中に籠もって、なかなか外に出てこないため、タヂカラオ(天手力男神)さんが、力まかせに引きずり出したのですよ。アマテラス様は戻ろうとしましたが、フトダマ(布刀玉命)さんが岩戸の入り口に注連縄を張って、それを阻止しました。アマテラス様は、泣き出してしまって……そこから更に教育係の高木神(高御産巣日神)様に叱られて、アマテラス様は高天原の神々へ、ゴメンナサイをしました。涙の謝罪会見です」
「涙を流しながら平身低頭したのは、アマちゃん様だったのニャ」
ウズメの話を聞き、ツバキは納得した。
コンデッサはアマテラスのほうをチラチラ見つつ、ウズメへ尋ねる。
「だったら、写真はインチキ……あのカメラの使用結果について、疑念を抱かざるを得ません。【記念写真作製カメラ】では無くて【疑念写真作製カメラ】なのでは?」
一方、ツバキは何を思ったのか、トコトコとアマテラスのもとへ歩み寄った。
「アマちゃん様。そのカメラを、アタシにも使わせて欲しいニャン」
「おお。良いぞ、ツバキ」
「ここが、ファインダー? とかいうところニャのね。ここを見にゃがら――」
ツバキがシャッターボタンを、ガチョンと押す。
カメラの下のほうから、写真が出てきた。
その写真の内容に、コンデッサが興味を持つ。
「どれどれ。ツバキは、何の記念写真を撮ったんだ? ん? これは……?」
その写真にうつっているのは……白亜の宮殿の玉座の上で丸くなっている、黒い子猫。その子猫へ、大皿に盛られた豪華な料理をうやうやしく捧げている魔女の姿であった。
「ご主人様とアタシが出会った、感動のシーンを記念写真にしたのニャン」
「ツバキ、お前……」
コンデッサが初めてツバキを見掛けたのは、王都の道ばたであり、その時のツバキは小箱に入って、お腹を空かせていた。コンデッサは気まぐれにツバキへ、少しの食べ物を与えた。
それが主従の、実際の出会いのシーンである。
「あのカメラは過去に本当に起こった出来事では無く、ツバキの頭の中にある思念を、そのままスケッチして写真にしているのだな。【記念】でも【疑念】でも無く……【思念写真作製カメラ】と呼ぶべきなのではなかろうか?」
ブツブツと呟く、コンデッサ。
ツバキに続いて、チリーナもアマテラスの側へ寄って、お願いをする。
「女神の……アマテラス様。そのカメラを、私も使ってみたいのですが――」
「チリーナか。もちろん、構わんぞ」
アマテラスは快く、チリーナへカメラを渡した。
チリーナは何ごとかを考えながらファインダーを覗き、シャッターボタンを押す。そして、出てきた写真には――
「おい、チリーナ」
「なんでしょう? お姉様」
「いったい、なんだ!? この写真の中の光景は!」
「私とお姉様のデートシーンです」
写真の中では……ピンクの桃の花が咲き乱れる庭園で、チリーナが横になっている。そんなチリーナへ、コンデッサが膝枕をしていた。
幸福感に満ちた表情のチリーナ。
慈愛の微笑みを浮かべながら、チリーナの青い髪を優しく撫でているコンデッサ。
高校生の魔女と、その師匠の魔女――2人の魔女の、愛に溢れた姿であった。
「お姉様、思い出しますわね。2人で将来を固く誓い合った、あの至福の瞬間を」
「イヤイヤイヤ! そんな瞬間は、存在しない!」
「え……! お姉様は、お忘れになってしまわれたのですか? あの、かけがえのない〝桃園の誓い〟を。『私とチリーナは生まれた日は違うが、世を去るのは同じ日、同じ刻だ』と、お姉様は仰ったのに!」
「こら、チリーナ! 妄想もいい加減にしろ!」
「妄想ではありません! 証拠の記念写真が、ここにあるではありませんか!」
自信満々に力説する、チリーナ。どこまで本気なのかは、不明であるが……。
もはや事態が、しっちゃかめっちゃかであるのは間違いない。
コンデッサは慌てて、ウズメへ言う。
「あのカメラはヤバいですよ、ウズメ様。アマテラス様とツバキが撮った写真は……内容は相当にねじ曲がっていますけど、とにかく、そのもとになる事実は過去にあったわけです。でもチリーナの写真は、違う。もとになる事実そのものが無い。あれは【記念写真作製カメラ】ではありません。まさに妄執の念――【妄念写真作製カメラ】です!」
カメラの危険性を訴えるコンデッサへ、ツバキ・チリーナ・アマテラスは――
「ご主人様も、このカメラを使ってみたら良いニャン」
「そうですわ! お姉様」
「遠慮するな、コンデッサ」
「え? 私は別に、撮りたい記念写真なんてありませんから」
拒否する、コンデッサ。
彼女へツバキは、ある提案をした。
「それニャら、ご主人様。昨日の夕御飯のシーンを、カメラで撮るニャン」
「なんでだ? ツバキ」
「良いから、やってみるニャ」
「……分かったよ」
ガチョン。
パシャ。
ジ~。
その写真には――
「昨日のお姉様の家の夕食……お姉様は〝ローストビーフの野菜巻き〟で、駄猫……いえ、ツバキさんは〝ハムとサーモンのホットサラダ〟だったのですね。レアチーズケーキのデザート付き。お洒落なディナーで素敵ですわ!」
「……違うニャン。ご主人様は昨日の夕方、家に帰ってくるなり『疲れた~。夕飯は、ご飯にみそ汁をかけた〝猫飯〟で良いよな? 私もそれを食べるから、ツバキも黙って食え。栄養は豆乳を飲んで補給しろ』って、言ったニャン。そうニャよね? ご主人様」
「ハッハッハ。ツバキは、夢でも見たのかな? 昨日の夕食の献立は、この記念写真に明白にプリントされているじゃないか」
「これは記念写真じゃ無くて、残念な写真――【残念写真】なのニャ」
コンデッサも、ツバキ・チリーナ・アマテラスと同類……残念なタイプなのであった。
ツバキは、その事を簡単に証明してみせた。賢い使い魔である。
結局、10日前のお花見の記念写真は、ウズメが撮ることになった。この【記念写真作製カメラ】を使う上で、最も信用できそうな者は彼女だったのである。
ウズメが己の記憶を元に、念じて――正真正銘の【記念写真】を作製する。
その写真にうつっている光景は……。
満開の桜の木の下でウズメが美しい舞を披露しており、それを他の皆が笑顔で見ている。
とても心あたたまるシーンだ。
「そうそう。こんな風に、お花見をしたのじゃ」
「楽しい一日でした」
「ニャン!」
「見事な記念写真です。お姉様も笑っていて……さすがはウズメ様です!」
アマテラス・コンデッサ・ツバキ・チリーナは、そろってウズメを褒めあげた。
ウズメは慎み深く、言葉を返す。
「いえいえ。皆様に喜んでもらえて、私も嬉しいです」
同じ写真を5枚、それぞれ皆が記念に持つことになった。
ちなみに、お花見のとき、御神酒を飲んで少し酔っていたウズメは、着崩した格好で色っぽく踊ってしまったのだが、写真の中では美麗な衣装をキッチリと着込んで、とても優雅に舞っている。
このあたりの修整は、何食わぬ顔で入念にする。
【入念写真】を撮る――ウズメも案外、ちゃっかりしている神様なのであった。
♢
その後の、コンデッサとウズメの会話――
「しかし、ウズメ様。あの【記念写真作製カメラ】は、扱いに気を付けないとマズいのではないですか? ある意味、捏造のし放題ですから……出てきた写真が、良くない使われ方をされてしまう可能性も――」
「その点は、大丈夫です。コンデッサさん。このカメラの写真を、もう一度、見てください」
「あ! 写真の右上の隅に『天』というマークが入っていますね」
「ハイ。アマテラス――天照様がつくった以上は、念のため……ということで。私たちは【天念写真】と呼んで、普通の記念写真とはハッキリと区別しています」
「……天念」
「アマテラス様は天念……いえ、天然ですから」
「はぁ……」
「でも、そんなアマテラス様のことが、高天原の神々は大好きなんですよ」
そう言って、ウズメは優しく微笑んだ。
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♢解説
コンデッサとツバキが初めて出会う話は、本編の『黒猫ツバキと魔女コンデッサ』の最終回(「黒猫ツバキと魔女コンデッサの出会い」)にあります。
またチリーナとアマテラスたちは、『黒猫ツバキの夏の日々(ご主人様と、いつも一緒ニャン)』の「黒猫ツバキ、〝アイスコーヒーの祝福〟を受けて大迷惑をしている少女と出会う」の回で会っています。
写真撮影に関して、アマテラスはスマホでは無く専用カメラ(しかもアナログ)のほうが好きなようです。やはり神様だから、好みもアナログ……(爆)。
♢
・『黒猫ツバキと魔女コンデッサ』と
( https://ncode.syosetu.com/n0994fw/ )
・『黒猫ツバキの夏の日々(ご主人様と、いつも一緒ニャン)』も
( https://ncode.syosetu.com/n5636hu/ )
ご覧になっていただけると嬉しいです!
♢
次話のお題は「引っ越し」です。