黒猫ツバキと風の精霊
登場キャラ紹介
・コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
・ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
※今話のお題は「春一番」です。
本作のキャラ達が住んでいるボロノナーレ王国にも、現代の日本と同様に、春一番は吹きます! ……そうなっています~!
♢
ツバキ「春一番って、初鯛とか初鰹とか初ホタルイカの事じゃないのかニャ?」
ボロノナーレ王国に、春が来た!
王国の端っこにあるペンペン村に、春一番が吹く。
春一番とは……春先に南から吹く、暖かい強風のことである。春一番があった日は気温が上昇し、王国の人々は〝冬の終わりと、春の到来〟を実感するのが毎年の常なのだが――
その年の春一番は、例年と違った。
ペンペン村に住む魔女コンデッサと、彼女の使い魔である黒猫のツバキは、驚いた。
「今年の春一番は、おかしいぞ。いくらなんでも、風の勢いが強すぎる!」
「ニャ~! まるで台風みたいニャン!」
「『強風』というより、これは、もはや『暴風』だな。ツバキ! 飛ばされないように、何かモノにつかまっていろ!」
「ご主人様!」
ツバキはヒシッ! とコンデッサに、しがみつく。
「私はモノじゃ無いぞ。……まぁ、別に私に引っ付いていても、構わないけどな」
♢
数日後。
コンデッサとツバキは、村の中を散歩した。
「春一番が強風すぎたので、村のアチラコチラが荒れた印象になっているな」
「今年の春一番は、困ったさんだったのニャ。村の皆が、迷惑したのニャ」
「人的被害や、物的被害が無かったのは、幸いだったが……」
と。
道ばたに、10歳くらいの少女がしゃがみ込んでいる。うつむいていて、ションボリした様子だ。
「ご主人様。あの女にょ子……」
「ああ。身体が半透明で、しかも少し地面から浮いている」
「幽霊さんかニャ?」
「いや。おそらくは……」
コンデッサとツバキは、少女へ優しく声をかけた。
「お嬢さん。どうしたのかな?」
「……あ。魔女さんと猫さん。あたし、風の大精霊様に怒られちゃったの」
「大精霊様? つまり、キミは――」
「あたしは、風の精霊。今年、ついに念願だった《春一番の担当》に選ばれたわ」
「ニャン? だったら、あにょ台風みたいな春一番を吹かせたにょは……」
「あたし。『素敵な春一番にしなくちゃ!』と張り切り過ぎちゃった」
「ふむ。なるほど」
「春一番だからこそ『あたしがつくることが出来る、一番に強い風を!』と思ったんだけど」
「春一番の〝一番〟は、そういう意味じゃないニャン」
「失敗しちゃった。春一番を吹かせて以降、風の精霊みんなからの、あたしへの風当たりが強いの。皆は風の精霊なだけに!」
「…………」
「……ニャン」
「それで、風の大精霊様にも『強風といっても、限度がある。加減を考えろ』と叱られて――」
「風の大精霊様の言うとおりだと、アタシも思うニャン」
「大精霊様は、あたしに『今年の春は、お前はもう出番なしだ。そして夏は寒風、秋は無風、冬は暖風の担当となるように』とキツく仰った」
「それは……実質的に、風の精霊としてのキミの出番は、一年中なくなったってことなのかな?」
「夏に寒風は吹かないし。もちろん、冬に暖風も。秋は無風の担当で……人生が逆風まみれになっちゃった! あたしは風の精霊なのに!」
嘆く精霊の少女へ、コンデッサが言う。
「キミは精霊だから『人生』では無くて『精生』か『霊生』という表現のほうが、適当だと思う」
「ご主人様。ツッコミを入れるべきところは、そこじゃ無いニャン」
♢
更に数日後。
またまた村の中を散歩していたコンデッサとツバキは、その途中で再び、風の精霊の少女と出会った。
精霊の少女は前回に話をしたときとは打って変わって、元気になっている。
「魔女さんと猫さん!」
「キミは、この前に会った風の精霊か。元気そうだな」
「ニャニか、嬉しいことでもあったニョ?」
「そうなの! 聞いて! 風の大精霊様が、あたしに『反省したか? 風を吹かせるときは、調整を間違えるな。今年、お前は春夏秋冬、微風の担当になれ。しっかりとやるように』と仰ってくださったの。これで一年中、働けるわ!」
「良かったな」
「おめでとうさんニャなのにゃ」
「人生が追い風でいっぱいよ。あたしは風の精霊なので!」
「キミは精霊だから『人生』では無くて『精生』か『霊生』……」
「ご主人様。ツッコミを入れるべきところは、そこじゃ無いニャン」
「あたし、頑張る。まずは春の間はズッと、人様の頬を張るような風を送り続けることにする」
「イヤイヤイヤ! 人の頬を張っては……ビンタしたら、ダメだ! そこは人の頬を撫でるような風にしなさい」
コンデッサの言葉を聞いて、精霊の少女が不満そうな顔になる。
「今は、せっかくの〝ハル〟なのに」
「ハルは『春』であって『張る』では無いぞ」
「〝ハル〟違いニャン」
「風の大精霊様のご期待に応えるためにも、あたしは全力を尽くさなくちゃいけないの!」
「キミが担当するのは微風なんだから、あまり張り切りすぎないほうが良い。もっと、肩の力を抜くことを勧めるよ」
「ううん! 肩で風を切る勢いで、働くわ。あたしは風の精霊だし!」
「こら!」
「な、なに? 魔女さん」
「少しは、私の話も聞きなさい。微風とは〝そよ風〟のことなんだよ。分かってる?」
「えっと……そよ風……そよ風……どんな感じの風を吹かせるのが、最適なのかな?」
考え込む精霊の少女に、ツバキがアドバイスする。
「そよ風である以上は『そよそよ』と吹かせるべきだと、アタシは思うニャン」
「分かったわ。『そよそよ』ね。任せて!」
自信満々に答える精霊の少女を、コンデッサとツバキはジッと見つめた。
「本当に分かっているのか? 不安だ」
「微風を担当するには、元気すぎる精霊さんだニャン」
♢
その年
春も夏も秋も冬も
ボロノナーレ王国では、微風が
そよ!
そよ!
そよ!
……と吹いた。
コンデッサとツバキは屋外で微風にあたり、顔を見合わせた。
「確かに微風で……そよ風であることに、間違いは無い。間違いは無いんだけれども……」
「ニャン」
「なんか、勢いや感触が微妙だな。微風なだけに」
「あにょ、風の精霊さん。やっぱり、張り切りすぎちゃってるのかニャ?」
「ツバキ」
「にゃに?」
「……出来れば私の発言――微風と微妙の〝微〟の重なりに、ツッコミを入れて欲しかったんだが」
「ご主人様のボケが〝微妙〟だから、アタシがスルーするのも仕方ないのニャ」
「使い魔が厳しい……」
「アタシはご主人様を甘やかさない、賢い使い魔なのニャン」
コンデッサとツバキは、今年も順風満帆――とっても仲良しです!
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♢解説
ツバキが「ご主人様。ツッコミを入れるべきところは、そこじゃ無いニャン」と言っているのは『逆風や追い風が吹く事態になっているのと、発言主が風の精霊であることには、何の関係もない』な点にこそ、コンデッサはツッコミを入れるべきだ……という意味です(一応、念のため)。
ツバキ「初タケノコも美味しいのにゃ」
コンデッサ「ツバキにとっての〝春一番〟は、食べ物ばっかりだな……」
♢
次話のお題は「記念写真」です。