ファーストコンタクト
ラウンド開始のゴングが鳴る。
リング中央で軽くグローブを合わせる二人。
そして両者とも、すぐにファイティングポーズを取る。
(左ジャブだ!)と孝則。
(先に踏み込む!)と翔太郎。
同時に繰り出された左ジャブが相打ちになる。
(思ったより強い!)と孝則は驚く。
(思ったより速い!)と翔太郎は驚く。
(でも、ここで止まらない!)
間髪入れず手を出す両者。いきなり激しい打ち合いになる。
(オレごときに足はいらないってことか?!)
と、一瞬孝則の脳裏に疑念が過った。
そのタイミングで翔太郎は左フック。同時にピボットターンからのバックステップで、一旦距離を取った。
(やっべーな、こんなのあと4分もやるのか!)
翔太郎は動揺を悟られないよう、ステップを踏んだ。急所にクリーンヒットこそ貰ってないものの、被弾した肩や腕、胸のあたりがジンジン疼く。
改めて見ると、孝則は本当に打つところが無い。極端に半身で、ガードを上げ、顎を引き、前傾なのでボディも遠い。そもそもあの連打をかいくぐってのボディなど至難の業だ。
普通、こんな窮屈な構えからの攻撃は予測しやすいはずなのだが、孝則は驚くほど速く、スムーズで読みにくい。
(やべー、もうあんな位置にいる。今の全く見えなかった)
孝則は動揺を悟られないようにジャブを突きながら近づく。先ほど貰ったのはたぶん左フックだと感触で分かる。しかし見えなかった。そして、姿が見えたと思ったら、予想以上に距離を取られていることに驚く。
孝則のジャブに対し、翔太郎は時には払い、時にはジャブを合わせ、時にはステップで躱す。互いの射程距離以外では静かな動き。
しかし、その距離がじわじわと詰まって来る。
(先に!)
翔太郎の背にロープが触れた瞬間、彼は跳び出した。
そして速射砲のような左右の連打を打つ。孝則は最初の2発を被弾。後続を固いガードで数発凌いだ後、左ストレートを振り出した。そして右、左、右。
だんだん攻守が交代していく。
孝則のパンチは大体が当り損ね。多くは肩だったり、腕だったり相手のグローブだったりに当たる。しかし、止まらない連打はついに一発、翔太郎の水月を捉えた。
(不器用なりの戦法!)
そのパンチは狙ったものでは無かった。翔太郎のような巧者相手に狙っていたら連打が止まる。
ならば狙わない。ぼんやりと正中線あたり。ガードがあろうが無かろうが関係ない。相手の一番動きが少ない部分を打つ。それをどこかに当たるまでやる!
一瞬動きが止まった翔太郎に、孝則の連打が2発、3発と続けてヒットする。
その手が止まらない!
翔太郎の反撃が無くなったのを見て、レフェリー役の顧問が間に割って入った。
「ロープダウン!1、2」
カウントを数える。
どよめく場内。
「やれます!」
翔太郎はファイティングポーズを取り、アピールした。
「ボックス!」
レフェリーの再開の指示に、周りから大きな拍手が沸いた。
しかし、翔太郎にはそれが聞こえない。なぜなら目の前の男から集中を切れないから。
(調子に乗り過ぎた!打ち合いでかなうワケ無い)
翔太郎は短く反省する。
なまじ2発いいのが入った為、このまま行ってしまおうと甘い考えが勝ってしまった。いや、これで終わらせたいという恐怖からもある。
甘い!甘い!と頭を振って自らに活を入れる。
(フックは有効だった。多彩に行けば当たるはず!フルラウンドやってやる!)
翔太郎は覚悟を決めた。