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車窓の海、揺られる君と。  作者: びすけ
夏至、梅雨、夏中。
9/40

8.グランド・カノニカル・アンサンブル

 雨は降らずとも、灰色の雲が低く垂れ込める今日。


 蒸し暑い空気が、じっとりと制服の襟元に張り付く。


 車両の空調は、か弱い声で周りを冷やす。


『次は〜「浜名台」〜……』


 ホームに立つ少女の手には、いつもと違う厚めの教科書が握られていた。


 いつもより1本早い電車。


 なんとなく、予想はつく。


「やっほー......」


 力のない声で乗り込んでくる少女は、ため息をつく。


 隣に腰を下ろした。


「やほ。......テスト、か」


「うん......今日から1週間前......」


「僕もだよ」


「うぇ......そっかぁ」


 しおらしく呟く声に、思わず吹き出しそうになる。


 いつもの饒舌な少女が、こんなにも元気をなくしているなんて珍しい。


「難しい?」


「うん......数学が全然分かんなくて......」


 伏せるように項垂れる。

 黒髪は布を被せるように、少女の顔にしっとりと張り付く。


 そんな少女の様子は、今日の梅雨空のように憂鬱そうだ。


「今日も電車が来るまで、少し勉強してたの。でも全然頭に入ってこなくて......」


 そう言って鞄から取り出した参考書のページには、無数の付箋が貼られている。


 赤や青、黄色の付箋。

 色相環のように色とりどりだ。


「あっ!」


 不意に、少女が僕の肩を揺らす。

 車窓の外では、今日見ることがなかった陽光が雲間から差し込んでいた。


「晴れ間が見えた......!」


 空梅雨が続いていた空に、小さな光が漏れている。


「私も......頑張らなきゃ」


 呟くように言う少女の横顔に、夕陽が優しく触れる。

 曇天の切れ間から覗く光は、まるで励ますように少女を照らす。


 きっと、夕空なりの応援。


「きっと大丈夫」


「......うん!」


 少女は小さく頷くと、参考書に向き合い始めた。


 時折、眉間にしわを寄せては消す。

 顔が晴れたり曇ったり。

 終いには、両足をばたつかせて教科書両手に凭れてきたり。


 仕草が、どこか愛らしい。


 海の向こうでは、束の間の晴れが海面に光の道を作っている。


 快晴には程遠くとも、陽の光は存在を誇示し続けるように。


『次は〜「東立日」〜……』


「じゃあね!今日から......」


 口をすぼます少女。

 目線も渋々とさせる。


「......勉強、がんばる!」


 搾り出した言葉。


 下車する少女の背中には、不思議と力強さが宿っていた。


 明日はどんな表情(てんき)で会えるだろう。


 そんなことを考えながら、残された空席を見つめる。


 参考書を膝に広げる姿も、

 数式と格闘する表情も、


 少女らしい。

 梅雨と言えば、期末テストですね。

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