7.アイデンティティ
しとしとと雨が降り続いていた。
海原も不機嫌なまま。
袖仕切に凭れる僕は素不知顔で上の空。
昨日の上機嫌は何処へ。
『次は〜「浜名台」〜……』
今日の傘は青。
傘を閉じる。
少女は軽くステップを踏み、ローファーを鳴らす。
元気よく隣に座る少女。
すると、バッグの中を探る。
「……今日、折り紙で鶴を折ってみない?」
ふと、路線図に目をやる。
……終着点までは、まだ時間が掛かる。
鞄から濡れないよう袋に入れられた折り紙の束を取り出しては、ムフフと笑みが溢れている少女。
赤色の折り紙を押し付けられる僕。
でも……。
「え......あまり上手くないかも」
苦手は苦手。
不器用は生まれつき。
「だぁいじょーーぶ!!私が教えてあげる!ほら、まずは真ん中で折って......」
少女の手が、少女の膝の上で器用に動く。
喋りながらも左手で折り目をつけて戻したと思えば、前とは異なる形を成す。
右手は添えるのみ。
青い折り紙が、少しずつ形を変えていく。
「次はここを山折りにして......あ、その折り方違うよ」
「んん、こう......?」
グシャッと紙が悲鳴を上げる。
「うんうん、その調子!ここをもう少しピシッと折るといいかも」
教える少女の聲。
上手くいっていると思える。
とはいえ、僕の手の中の折り紙は思うように形にならない……。
「あはは、その鶴さん、ちょっと羽が曲がってるね」
少女の鶴は、掌で凛々しく自立する。
今にもこの雨空の中を飛んで行きそうだ。
それに比べて、僕の鶴は。
言い訳の代わりに、苦笑い。
「やっぱり難しいな......」
「でも、この子の方が味があるよ?ほら、表情があるみたい」
少女は僕の折った不格好な鶴を手に取り、優しく微笑んだ。
「私ね、美術の先生から教わったの。完璧に真似された作品より、その人らしさが出た作品の方が、ずっと素敵だって」
「その人らしさ?」
「うん。当たり前かもしれないけど、例えばね......」
少女は窓の外を指差した。
「あの雨粒を見て」
「一つ一つ形も色も違うけど、どれも『雨粒』。形とか、色が違っても、やっぱり。みんな一緒」
風で蠢く車窓の雨粒たち。
ぶつかって、弾けて形を作る。
繋がって、そして滴り落ちて、また形を作る。
その一つ一つの雨粒は街の灯りや車のヘッドライトに照らされ、それぞれが違う角度で光を反射していた。
まるで、自己主張をやめない宝石のよう。
「折り紙だって同じだと思うの。同じ形を目指しても、折る人によって少しずつ違う。でもそれが、かえって素敵なんだよ」
鶴を撫でる少女。
僕の折り鶴に対して抱く気持ちが変わる。
少女は僕より、大人だ。
「......て、ことで......今度は一緒に千羽鶴を折ってみない?」
僕を見る少女は、目を輝かせる。
「……千羽も!?」
「ふふっ!じょーだんだよっ!」
口元を手で隠し、クスッと笑う少女。
『次は〜「東立日」〜……』
少女は立ち上がり、少女と僕の鶴を手渡した。
「今日の鶴さん、大切にしてあげてね」
傘を開く音、少女の歩く音、雨音。
いつもと何も変わらない。
ただ、掌にある2羽の鶴が独自の存在を示す。
それぞれが、違う形色を見せながら。
不器用も、一種の才能です。