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車窓の海、揺られる君と。  作者: びすけ
夏至、梅雨、夏中。
7/40

6.海のメタフィジカ、僕らはアポリア

 週末明け。


 快晴。


 梅雨には珍しく、陽炎揺れる強い陽射し。

 今日(こんにち)様はこの日最後の主張を始めている。


 それを、涼しい車両で見つめる僕。


『次は〜「浜名台」〜……』


 今日の車窓には、一冊の本が映り込んでいた。


 乗り込み、隣に座る少女。


 少女の膝の上で開かれた文庫本。


「今日はね、これ、学校の図書室で見つけたの」


 足をパタパタさせる。

 四肢を大きく広げると、少女は嬉しそうに本のページをめくる。


「海の生き物の本なんだけど、すっごく綺麗な絵が載ってるの」


「へぇ、どんな生き物が載ってるの?」


「うんとね......ほら、このクラゲ。透明な体に光が当たると、まるで宝石みたいに輝くんだって」


 本にはパステル画で描かれた、光の反射を受けたクラゲの挿絵。

 少女は目を輝かせながら説明を続ける。


「それでね、美術部でも海の生き物を描くことになったの。でも、単に写すんじゃなくて......」


「写すんじゃなくて?」


「......その生き物が、どんな気持ちで泳いでるのかなって想像しながら描くの」


 少女は車窓の外の海を見つめた。


 今日の海の浅瀬に点々と浮く、人と思しき点描。

 夏の風物詩、序章の序章。


「例えばイルカは、きっと楽しそうに波を飛び越えてるはず。カニは慎重に砂浜を歩いて......」


 話しながら、少女はいつの間にかスケッチブックを取り出している。

 左利きの少女は軽くメモを取る。


 そのメモを覗き込む僕。

 雑書きな絵と雑記。

 でもラインを捉える線画と達筆な丸文字。


「あ、でもウミガメは難しそう......」


「どうして?」


「だって、ウミガメってすごく長生きなんだよ?何十年も生きてきた目で見る海は、きっと私たちには想像できないくらい深いはず......」


 耳に髪をかける。

 ペンを口元に触れさせる。

 上目遣いで海を見つめる瞳。

 整ったフェイスラインの先、口先は何かを囁く。


 誰にも邪魔できない、少女の真剣な面持ち。


 ペンに、なりたい。


「......んっ!」


 不意にスケッチブックを抱える。


「見て!カニ!可愛くない?」


 丸々としたカニが描かれたスケッチブックを押し付ける少女。

 歯を見せて砕けた笑顔を魅せる。


 不意をつかれた僕は「かわいい」の一言。


「......でも不思議だよね」


 本を手に取る少女。

 本のページを優しくなぞる。


「この電車から毎日見てる海の中に、こんなにたくさんの生き物がいるなんて」


 いつも見ている海の景色が、急に違って見えてくる。


「次は何の本、借りてくるの?」


「うーん......」


 少女は少し考え込む。


「星の本かな。夜の海に映る星空も、きっと素敵な絵になりそうだからね!」


『次は〜「東立日」〜……』


「あ、もう着くのか」


 慌てて立ち上がる。

 手を振る少女。


 最後までスケッチブックと本は大切そうに抱えていた。


 去っていく後ろ姿を見送りながら、僕は久々に車窓の夕陽が溶ける海を見つめた。

 お日様、お天道様、今日様、太明、天陽…太陽にも沢山のお名前、あるんですね。

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