5.メディウムと傘、今日のキャンバス
梅雨の真っ只中、街には色とりどりの傘が。
線路脇に咲く紫陽花の横で、人々の傘が小さな花のように並ぶ。
『次は〜「浜名台」〜……』
今日の少女は、昨日とは違う、透明な傘を持っていた。
「ねぇねぇ、面白いこと気付いた!」
少女は傘を閉じる。
乗車すると嬉しそうに話しかけてきた。
「透明な傘越しに見る景色って、まるでアクリル画みたいなの」
「アクリル画?」
「うん!」
傘を軽くはたく少女。
「傘って、邪魔に思う人がほとんどだと思うけど、私は結構好きなの」
「どうして?」
「だってね、傘って見方を変えれば、動く絵画の額縁なんだよ?」
少女は熱心に説明を続ける。
「赤い傘の中にいる人は、きっと暖かい色の世界を見てて。青い傘の人は、涼しげな世界を見てるの」
「なるほど......」
なんとなく、詩的だ。
僕は考えもつかなかった。
「私、いつかは傘の中から見える景色を集めた絵を描きたいな」
少女は立ち上がる。
誰もいない、この動く車両で足音だけが響く。
対岸の席に膝を付く。
ローファーが片方脱げ落ちては、車内にまた楽しい足音が。
お構い無しに、少女は車窓に張り付くように手をかざす。
車窓には少女の手の体温で出来た結露と吐息の結露。
その先には、変わり変わりで映る曇った街並みと変わらなく映る今日の表情を魅せる大海原。
車窓に反射して見える少女の表情は、春から見ているであろうこの景色を、初めて見るかのように熱心に輝かせていた。
「......どんな絵になるんだろう」
「うーん......きっと、いろんな人の見てる世界が一つの絵になるはず!」
反射する少女の表情は、まるで夢見るかのよう。
不意に振り返る少女。
薄暗い蛍光灯の下、肩につかないくらいの髪を揺らしては耳にかける。
「あ!それとね、この前の放課後に見たの」
「うん」
「傘がないおじいちゃんを、知らないお姉さんが自分の傘に入れてあげてたの」
また車窓に身体を向き直す。
反射して映る少女の、海を眺める目が優しく柔らかくなる。
「その時思ったの。傘って、人と人を繋ぐ小さな屋根なんだなって」
その言葉に、僕も思わず微笑んだ。
『次は〜「東立日」〜……』
「あ、もう降りる時間だ!」
少女はローファーを履き直すと、そそくさと荷物を持ち透明な傘を開く。
「じゃあね!」
傘越しに手を振る少女の姿が、雨のカーテンに溶けていく。
車窓の外では、まだ色とりどりの傘が飾られていた。
この車両も僕たちを繋ぐ、傘なのかもしれない。
傘って正直、邪魔ですよね。