4.雨の悲劇と、喜劇のエチュード
梅雨入り。
車窓は濁った灰色に染まっていた。
今日も雨が降り続いている。
水滴で滲んだ窓越しに見える海は、いつもの輝きを失い、どこか物憂げな表情を見せていた。
心做しか、反射して映る僕自身も。
『次は〜「浜名台」〜……』
青い傘を持った少女が、今日もホームに立っていた。
少し大きめの傘に少女の姿。
軽い足取りとは相反し、制服のスカートの裾が雨に濡れて少し重そうだ。
「ねぇねぇ、見て見て!」
席に着くなり、少女は大事そうに持っていた紙袋から一枚の紙を取り出した。
透明な下敷きで大切に保護された画用紙には、水彩で描かれたどこかの雨の風景。
「今日の美術の時間に描いたの」
画用紙いっぱいに広がる雨の情景。
鉄道と踏切。
傘をさした人々のシルエット。
濡れた道路に映る街灯の光。
そして遠くに霞む海と不機嫌な空。
浜名台駅向かいの山道から見下ろしている事がよく分かる。
「でも......ここの所とか......まだ上手く描けなくて」
海と空を指差す。
少女は少し寂しそうに呟いた。
「どこが?僕にはすごく綺麗に見えるけど」
「うーん、雨の持つ悲しさ切なさみたいなものが、上手く表現できなくて......」
少女は僕の肩に頬を寄せ、外を見つめる。
ほんのり、つめたい。
車窓の雨粒が作る筋は、まるで誰かの涙のよう。
「......不思議とさ、この電車の中で見る雨は、なんだか優しく、楽しく感じるの」
雨の印象が悲感だった僕は少し驚いた。
「雨って、雲と一緒に太陽を隠すし、時々すごく寂しい気持ちにさせるでしょ?でも......」
少女は少し考え込むように言葉を選ぶ。
「でも、薄暗い車両でも、ここの中で見る雨は、なんか楽しく踊って歌ってるみたいで......心が温まるの」
確かに、規則正しく......まるで催し物をするように窓を打つ雨音には、不思議と心が安らぐような響きがあった。
「なんか......劇?、みたいだね!」
心を読んだかのように、少女の言葉は僕の想像を突き刺す。
通りかかる人や風に煽られ、雨は舞う。
その舞に合わせるように街灯が反射する。
車輪の音に混ざり、誰かの雨音が耳を撫でる。
『次は〜「東立日」〜……』
「あ、もう降りなきゃ」
少女は慌てて立ち上がる。
でも、その表情は先ほどより明るかった。
「鑑賞、楽しんで!」
青い傘が開く音が、車内に響く。
雨の袖幕を通り抜ける。
そして少女は、舞台の向こうへと消えていった。
車窓の外では、まだ雨が降り続いている。
僕と雨の共演も、もうすぐだ。
ある意味、表現の自由。