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車窓の海、揺られる君と。  作者: びすけ
「私は、この世界を愛したいっ!!」
42/42

41.期待。

 翌日の放課後、私となつきは再び校舎の中を歩いていた。


「今日は文藝部の番だよっ!」


「う、うん……でも、どこにあるのかな……」


 なつきは昨日よりも緊張した様子で、手に持った本をぎゅっと抱きしめている。


「大丈夫大丈夫!昨日みたいに探せばきっと見つかるよ!」


「ん〜……でーもー、昨日みたいに覗くのはダメだよっ?」


 なつきは私の頬をつつく。


 なつきの大人びている整った顔に塗られた不安そうな表情。

 私と背丈の変わらない、そんななつきの小柄な全身に夕影は励ますように照らす。


 私の足元だけに灯る陽は仄かにあたたかさを感じさせた。

 頬に潰されかけている片目は気にせず、微笑みかける。


「分かってるってぇ〜!今度はちゃんとノックして入るから〜!」


 私は元気よくなつきの肩をノックするように叩く。

 なつきは、ふふふと笑いながら頷いた。


「文藝部って、どこにあるんだろう?」


「確か……2階の奥の方だったかな……」


 二人で廊下を歩いていると、いつの間にか職員室まで来ていた。


 日が当たらない使い古された告知黒板。

 授業の告知、部活の活動内容、色んなものが書かれていたり、張り出されている。


 近づくと白く濁っている。黒板消しはもう機能しないくらい、頻繁に使われているのが分かる。


 その黒板に部活動の案内が貼ってあった。


「……あ、あった!文藝部は2階の204教室だって!」


「204……普通の教室なんだね」


 階段を下りながら、なつきの表情を見る。昨日とは違って、明らかに不安そうだった。


「なつき、大丈夫?」


「うん……ただ、ちょっと緊張して……」


 足を止めて、なつきの顔を覗き込む。

 すると、なつきは手に持っていた本で顔をサッと隠した。


「えっと……美術部は彩ちゃんの得意なことだから、一緒にいて心強かったけど……」


「うん」


「文藝部は……私の興味があることだから……なんか、恥ずかしいっていうか……」


 なつきは本を目元まで下げると、頬を赤らめながら俯いてしまった。


「あー、なるほど!」


 私は手を叩いて納得した。


「でも、だからこそ見に行かなくちゃ!なつきが本当に好きなことなんでしょ?」


「……うん」


「だったら、絶対に見に行くべき!私も一緒だから、大丈夫だよっ!」


 なつきの手をぎゅっと握ると、なつきは小さく微笑んだ。


「ありがと。彩ちゃん」


 教室の前に着くと、ドアに「文藝部」と書かれた手作りの札が貼ってあった。

 昨日とは打って変わって、中から複数の声が聞こえてくる。


「あ、今日は人がいる!」


「う、うん……」


 なつきは私の後ろに隠れるように立った。


 そっと小窓から覗いてみると、円形に机を囲んで座っている5、6人の部員が見えた。


「なんか、すごく真剣に話してる」


 ノックの手を用意しても、微かになつきに引っ張られる。


「どんなことを……」


 なつきも恐る恐る覗き込む。

 その時、中で話していた部員の一人が振り返った。


「あ、誰か外にいる?」


「え?」


 慌てて身を隠そうとしたが、間に合わなかった。


「見学の人かな?」


 先輩が立ち上がって、ドアを開けた。


「あ、えっと……」


 私となつきは固まってしまった。


「あら、1年生?文藝部の見学?」


 3年生の部長らしい人が、優しく微笑みかけてくれた。


「は、はい……すみません、勝手に覗いてしまって……」


「全然大丈夫よ!せっかく来てくれたんだから、中に入って見学していって」


「で、でも……」


 なつきが私の後ろに隠れる。


「遠慮しないで。今、部員みんなで作品の読み合いをしてるの。文学に興味があるなら、きっと参考になると思うよっ!」


 部長の優しい誘いに、私はなつきの背中を軽く押した。


「ほら、なつき!せっかくだから見学させてもらおっ!」


「う、うん……!」


 恐る恐る教室に入ると、部員たちが歓迎してくれた。


「わぁ、見学者!ほんと久しぶり!」


「文学、好きなの?」

「どんなジャンルが好き?」

…………


 次々と質問が飛んでくる。

 そんな中、私の目は部室の奥にいる一人の男子生徒に釘付けになった。


 他の部員たちが私たちを歓迎している中で、彼だけは静かに原稿用紙に向かって何かを書いている。


 サラサラした黒髪、細い甘い輪郭。


 ぼんやりと赤く光っている、窓に掛かったカーテンは風に靡く。


 彼はどこか影のある表情をしていて、周りの雰囲気とは少し距離を置いているように見えた。

 でも、その手は止まることなく動き続けている。まるで心の中に溢れる何かを、必死に文字にしているかのように。


「え、えっと……」


 ふと視線を戻すと。

 なつきは緊張で固まってしまっている。


「……あ、この子、本を読むのがすごく好きなんです!いつも分厚い本を読んでて!」


 私が代わりに答えると、部員たちの目が輝いた。


「本当?どんな本が好きなの?」

「最近は何を読んでるの?」


 質問の矛先がなつきに向けられる。


「え、えっと……今は……『銀河鉄道の夜』を……」


「宮沢賢治!いいねっ!」

「あの幻想的な世界観、素敵だよね〜!」

…………


 部員たちが盛り上がる中、私はあの男子生徒のことが気になって仕方がなかった。


 なんだろう、この感じ、あの彼の瞳。


 絵を描いている時の私と同じような……集中した表情。

 でも、私の集中とは違う何かがある。


 もっと深く、もっと切実な何かを抱えているような。


……それで、書くことにも興味があるの?」


 部長が優しく尋ねている。


「あ、はい……でも、まだ人に見せられるほどじゃ……」


「そんなことないと思うけどな〜」


 私が横から口を挟みながらも、またも視線はあの男子生徒に向いていた。


 彼が書いている原稿用紙。どんなことを書いているんだろう。

 どんな世界を、どんな気持ちを文字にしているんだろう。


 私の中の好奇心が止まない。


「だって、なつきの書く文章、すごく気持ちが伝わってくるもん。国語の時の感想文とかさ!それに手紙も好きなんだし、きっと小説も素敵に書けるよ!」


 なつきは恥ずかしそうに俯いた。


「手紙、書くのが好きなの?それも立派な文章だよ」


 部長が微笑む。


「文藝部では、小説だけじゃなくて、詩や随筆、手紙のような散文も扱うの。大切なのは、自分の気持ちを文字にして、それを誰かに届けること」


 部長の言葉を聞きながら、私はふと思った。

 あの人の書いているものは、きっと人の心を動かすものなんだろうな。


 あんなに集中して、あんなに真剣に書いているんだから。


 その時、彼がふと顔を上げた。


 一瞬、私と目が合ったような気がして、目線をすぐ逸らす。

 心臓がドキッとした。


 また彼を横目に見直す。


 彼はすぐに原稿用紙に視線を戻していたようで、また書き続けていた。


……今度、良かったら何か書いてみて!みんなで読ませてもらうからさ」


「あ、でも……」


「無理強いはしないよ。でも、書くことが好きなら、ぜひ挑戦してみてほしい」


 なつきと部員たちが文学の話で盛り上がっているのを聞きながら、私は心の中で思っていた。


 あの人の書いたもの、読んでみたい。

 どんな世界を、どんな気持ちを書いているんだろう。


 きっと、私には想像もつかないような、深くて美しい物語なんだろうな。


「文藝部、毎日ここで活動してるから、いつでも見学に来てね」


 部長の言葉に、なつきは嬉しそうに頷いていた。


 なつきの隣で私は、もう一度あの人に会えるかな、という思いで頭がいっぱいだった。


 教室を出る時、最後にもう一度あの男子生徒を見る。

 相変わらず集中して書き続けている彼の横顔が、やはりなぜか忘れられない気がした。


「彩ちゃん、どうしたの?さっきからぼーっとしてるけど」


 なつきに声をかけられて、我に返る。


「……あ、ああ!うん、なんでもない!文藝部、すごく本格的だったね」


「うん!みんな真剣に文学のこと話しかけてもらえて……私も入ってみたいな」


 なつきの嬉しそうな表情を見て、私は微笑んだ。


「それなら、また見学に行こうよ。今度は、もっとゆっくりさ!」


 今度、また行ったら、あの人ともう一度会えるのかな。


 それぞれの期待を胸に、私たちは校門を出る。


 心の奥では、あの真剣に書き続ける横顔が、まだ鮮明に残っていた。

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