39.端っこ。
夕焼けが海面を照らしている。
車窓に映る光が、水面で砕けて輝く。
波は赤と青が混ざって、地平線は紫っぽい帯に伸びている。
今日は美術部の準備が長引いて、いつもの電車に乗れなかった。
先輩と会えなかった。
展示会まであと二日。緊張で胸がドキドキする。
私の絵、伝わるかな。
車窓から見える海と、窓に映る私の孤独。
毎日同じ景色なのに、表情がどこか少しずつ変わっていく。
そんな変わりゆく情景に、今はたった1人。
私に見える目の前にポッカリ空いた白紙に、みんなだったら何を思い描くんだろう。
彼なら、きっと。
"暁"先輩だけは、私にも分からない、この心の靄を読み取ってくれるはず。
そんな淡い希望が、胸の奥でほんのり灯っている。
いつも1人になると、東京でのことを思い出す。
揺れる車体。照らす太陽。晒される私の身体。
ヒカリばかりに身を包まれ、私は目を瞑った。
────
春だ春だ!
散り際、桜の花弁が舞っている。
親の転勤で田舎から飛び出した。
東京の中学校の門をくぐった瞬間を忘れない。
宮間 彩。
私は新しい制服に袖を通しながら、鏡の中の自分に向かって小さく頷いた。
──普通の中学生に。
目の前のものが全部が輝いて見える。
心の中で歓びを叫びながら、私は校舎を見上げた。
辺鄙な田舎の小・中学校より断然大きくて、綺麗な窓がキラキラ光っている。
靴箱で上履きに履き替えて、教室を探す。
扉を開けると、まだ誰もいない教室。机と椅子がきれいに並んでいる。
歓迎の黒板が使い古された白墨と朝の光との濃淡を現した。
6列、30席程ある中から「ま」行を探しては自分の席を探す。
私は窓際から2列目、後ろから2番目。
席に座って左を見ると、桜の木。
花弁がひらひら舞う。まるで雪のよう。
カバンからスケッチブックを取り出して、さっそく桜を描き始めた。
──ピンクと白が混ざった花びらを表現するには......薄いピンクに少し白を混ぜて......。
そうして早く来すぎた私のひとりの時間を潰す。
扉の向こうから声が聞こえる。
クラスメイトがぞろぞろ入ってきた。
元々友達であろう人たち。1人で何かをしている様子の人たち。自己紹介をしている人たち。
クラスが賑わったり、時に静寂が訪れたり。
私は恐る恐る顔色を覗く。
みんな、ちょっぴり顔が硬い。
──私は大丈夫。別に人見知りしない。
そんな中、前の席に女の子が座った。茶色い髪をおさげにしていて、すごく真面目そう。
本を大事そうに抱えてる。
私も……!と、無意識につんつんと肩をつつく。
「お......はよう......?私、宮間彩、よっ、よろしくね……」
自分でも恐ろしい程にたどたどしい声。
だんだん恥ずかしくなって、小さくなる。
その子はびっくりしたように目を丸くした。本をぎゅっと抱きしめて、顔が真っ赤になる。
「あ、え、あの......」
声が小さくて、蚊の鳴く声で喋り出す。
「えと、名前、とか?」
「あっ、えと、保科......です......」
「保科さん……!下の、名前は?」
「なっ......奈月です......!」
「……なつきちゃん!素敵な名前〜!月って字がついてるなんて、なんだか神秘的!」
なつきは後ろを向いたりそっぽを向いたりとモジモジしながら、でも小さく微笑んでくれた。
私の方をしっかり見ると、すぐにスケッチブックに視線が行くのが分かった。
つられるようにして私も手元に目を向ける。
「あ、私、絵を描いてたの!窓外の桜がきれいだから!」
スケッチブックを見せると、なつきの目がパッと輝いた。
「すごい......上手......」
「あ、ありがとう……!なつきも絵、好き?」
「あ、えっと......好きです......!でも上手じゃなくて......」
「……絵は上手い下手じゃないよっ!」
「そうかな......」
なつきは恥ずかしそうに首を傾げた。
その時、抱えてた本が見える。
「それ、何の本?」
「あ、これは......小説で......」
「本、好きなの?」
「うん......!字を読むの好きで......。それと、書くのも好きだよ......!手紙とか......」
「手紙?」
話題が見つかったのか、たどたどしかった感じから一変。
「……あっ、えっとね!私、お手紙を書くのが好きで......!」
「わぁ!お手紙書くの好きなんだっ!」
「そうなの!」
「へぇ〜、私なんて字下手だし、手紙なんてそもそも書いたことないかも」
「こんなに絵が綺麗なら……字が下手なんて、そんなことないと思うな......!」
「そうかな?」
私は少し誇らしげに照れる。
「……友達……でいいのかな……?」
なつきは小さく呟く。
その言葉に、私は大きく目を見開く。
「うん!私、友達できて嬉しい!」
2人でくすくす笑い合う。
「……じゃあ、宮間さ......」
「彩でいいよっ!ねっ!なつき!」
「ん、うん!……よろしくね!彩!」
私はスケッチブックを強く握った。
始業のチャイムが鳴る。
お久しぶりです。
とうとう専門学生になりました。
勉強は難しいですね……。
本格的に不定期更新になりそうです。




