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車窓の海、揺られる君と。  作者: びすけ
夏至、梅雨、夏中。
38/42

37.評価とか、結果とか、才能とか。

 八月、最後の日。

 夏休み終了を惜しむ夕暮れの電車。


 窓の外では、いつもの海が少し寂しげに光を反射している。


『次は〜「浜名台」〜……』


 少女が飛び込んでくる。


「やっほー!」


 少女は軽やかな足取りで隣に座った。


 制服には美術部の活動を物語る、わずかな絵の具の跡。


「今日、海、見るよね」


 少女の瞳には期待が輝いていた。


「そうだね。あの海」


「うん。夏の終わりに、あの場所でもう一度」


 少女の声には、懐かしさと切なさが混ざり合う。


「いいよ。行こう」


 僕の返事に、少女は嬉しそうに微笑んだ。


 僕は少女の体温を肩肌に感じる。


『次は〜「音関海岸」〜……』


 駅を出ると、潮の香りが風に乗って二人を包み込んだ。


 少女は少し早足で歩き始める。


 あの日、僕が少女の小さな手を引いて歩いた道。


 群青は際立ち、臙脂は同化する。

 碧空に唐紅染む、溟海が天道を具現する。


 音関海浜公園へと続く小道は、時間が止まったように何も変わらなかった。


 海に近づくと、夕陽が水平線に沈もうとしていた。


 オレンジ色の光が波の上で踊っている。


 僕は少女の手を引いていない。


「あの時と同じ。誰もいないね」


 少女が笑顔で振り返る。


「夏、終わる気がしないな〜っ」


 少女の少し伸びた髪が風にそよいで、金色に輝いていた。


 あの日と同じように荷物を堤防に置き、靴と靴下を脱ぎ捨てる。


「ほら、行こう」


 見蕩れる残陽、窄める瞼。

 少女の背は陰る。


 今度は少女が僕の手を取った。


「ほーら!行くよっ!」


 乾いた温かい手のひらに、僕の手が温まる。


 砂は二人の足を温めた。

 潮風は生暖かかった。


 波押し寄せる海岸、砂浜に腰を下ろす二人。

 波が静かに寄せては返す音だけが、静かな海岸に響いていた。


 街の喧騒から切り離された、二人だけの空間。


「私の独り言。気にしないで」


「うん」


 海は足を濡らす。

 夏の暑さを、海も感じるようだった。


 薫る空気に、冷たく見えない何かが通り過ぎる。

 それは優しく二人の頬を撫でた。

 少女は目を瞑り、下唇を吸う。


「私、ここで泣いちゃったんだよね」


 少女は波を見つめながら独り言。


「あの時は、絵が好きかどうか分からなくて......でも今は、ここに連れてきてもらってからはっきりと分かるの」


 少女の顔を覗いた。


「私、絵が好き」


 ニッと笑った横顔は、夕にぼんやりぼやける。


「結果、評価、関係ないの。絵は、私の心、同然」


 少女、左手で砂を弄る。

 陽と風に靡く髪。


「とゆーか、私を曝け出す手段、これしかないんだけどね」


 ううん。あるだけ立派じゃん。


 砂浜にはカニの小さな穴が。


 あの日と同じように、二人はまた何かを見つけた。


「ねね、知ってる?カニは巣穴に帰るとき、同じ道を通るんだって」


 足を長く伸ばす少女。


 潮風は少し冷たくなり、波は少しずつ僕たちに近づいてきていた。


「あの日から、いろんな海の表情を描いてきたんだ」


 遠くで砂埃が舞う。


「毎日同じように魅せる海は、毎日どこかの表情が違うの。海の中は季節が巡るごとに変わってるんだろうけど、それを私たちには悟らせない」


 少女は砂浜に円を描いた。


「誰だって、何だって、隠したいことの一つや二つ、あるよね」


 暫く海を眺め、少女は立ち上がる。


「ねぇ、ちょっと遊ぼうよ」


「うん。いいよ」


「じゃあ、砂浜に絵、描いてみよっ!」


 空は次第に暗くなり、最初の星が空に瞬き始めていた。


 ここに辿り着いてから、何時間話して遊んだのだろう。

 夕凪はとっくに終わっている。


「……そろそろ帰ろうか」


 座り込んでいる少女は名残惜しそうに立ち上がる。


 砂を払い、洗い流す。

 靴を履き、荷物を手に取る。


「うん......」


 帰り道、来た道を戻る。

 その二人の距離は、以前よりも近かった。


『まもなく到着いたします……』


 丁度よく到着する電車に乗り込む。


 帰りの電車の中で、少女は窓の外を眺めていた。


 薄暗い蛍光灯。

 いつもと時間が違う、同じ景色が僕らを照らしている。


「あのね」


 少女は突然、小さな声で言った。


「ん?」


「実は......私の絵、コンクールの予選通ったんだ」


 少女の瞳が、夕陽より明るく輝いた。

 少女は意気込んだ表情に上目遣い。


 驚いて少女を見る僕の目と合う。


「えっ?!おめでとっ」


「えへへ、ありがと。んでね、来週から市の展示会に飾られることになったの」


 少女の声には、喜びと達成感が溢れていた。


「絶対見に行くよ」


「うん。見て欲しい」


 少女は照れたように微笑んだ。


「この夏の思い出が、全部詰まってるから」


「そっか」


「それに私には、そう見えてたの。それを一番伝えたい人が、私の隣にいるから」


 八月が、終わった。

 4月、みんな忙しないですね。

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