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車窓の海、揺られる君と。  作者: びすけ
夏至、梅雨、夏中。
32/42

31.パトロン、また今度

 今日は、忘れてはならない日。


 今日も平和な一日が終わる、そんなことにただただ感謝を。


 空高い入道雲は、夕陽を隠す。

 光は覆えない。


 明らかにそこには太陽が存在している。


 祭りが終わった静寂に、雷鳴は遠く。

 夕立が来るかもしれない、そんな帰り道。


『次は~「浜名台」~……』


 ドアが開く。

 雨の匂いが、鼻をくすぐる。


「やほっ!」


 少女はゆっくりと腰を掛けた。

 窓の向こう、海は深く、陽の光で赤黒い。


 青空は逃げる。

 地平線の向こうから曇り。


「ねね、昨日の夜、めっちゃ面白いドキュメンタリー見たんだけど」


 少女は身を乗り出すように話し始める。


「何のドキュメンタリー?」


「海の生き物の!特にクラゲの生態がすごかったの。普通、クラゲって動かないって思ってたけど、実は結構アクティブに動いてるんだって」


 少女は、海の中を泳ぐクラゲの動きを真似る。

 夕暮れの車内、少女の掌が小さな海の世界を作り出していた。


「海の中って、全然静かじゃないんだって。音とか振動とか、いろんな情報が飛び交ってるらしいの」


「へぇ〜、知らなかった」


「うん!海底の世界、すごく複雑なんだよ。まるで別の惑星みたい」


 少女の瞳には、海への限りない好奇心が輝いていた。


「夏休みの作品、海のテーマで考えてるんだ。美術部の先生も、『面白そうだね』って言ってたもの」


「海の何について?」


「海の色の変化!朝と昼と夕方、海の水面と水中と底、同じ海なのに全然違う色に見えるじゃない?」


 少女は窓の外の海を指さす。

 今の海は鉛と蘇芳が混ざり合い、水彩画のよう。


「そういえば、このあいだ美術の先生が面白いこと言ってたの」


「なんて言ってたの?」


「えっと、『色は光が作り出す幻想』って。同じ景色でも、光の角度一つで全然違って見えるんだって」


「あぁ。光って不思議だよね」


 少女は黒髪を軽く揺らす。

 線路を走る音が、少女の言葉を掠める。


 少々の沈黙。

 また遠くで雷鳴。


 青空は薄紅に染まる。


「ねね......」


「ん?」


「あと少しでお盆休みだけど、部活以外何か用事とか......あるの......?」


 少女は僕の顔を覗き込む。


「ん〜」


 僕はスマホを取り出し、カレンダーを開く。

 画面越しに、少女もスマホを見ているのが分かる。


 明日からお盆休み終わりまでの各日にちの見出しには、何も書かれていない。


「あっ、何も無い」


「へぇ〜、明日から部活ないんだ」


 少女は感心するように言う。

 すると少女の声が、少し緊張を含んで変わった。


「じゃあ、明日から会えないんだし......お盆終わり......8月16日の花火大会、一緒に行かない?」


 突然の誘いに、車内は一瞬静まり返る。


「花火。一緒に......見たいなって」


 少女の頬は、夕陽のように柔らかく染まっていた気がした。

 夕焼けが邪魔をする。


「うん。行こ。僕もここら辺のイベント初めてだから、教えて欲しいな」


 少女の表情は晴れてゆく。


「じゃっ、じゃあ!浜名台の次、州港駅前で6時集合ねっ!好きが増えてくれるといいなあっ!」


 少女は手を合わせて、嬉しそうに言う。


『次は~「東立日」~……』


 少女は前を向く。

 アナウンスと共に、少女は立ち上がる。


「それに、やっぱり。あき……──


 車窓は開いている。

 ブレーキ音は車内によく響く。


 少女の声なんかは、いとも簡単に掻き消される。


 少女の後ろ姿だけを眺める、僕。


「……なんか、言ってた?」


 夏風は風鈴を揺らすかのよう。

 そよ風は頬を掠める。


「ううん。大きな独り言っ!」


 少女は僕に手を振り、可愛らしく振り返る。

 ドアが開く。


「じゃあ、また16日に!」


「うん。またね」


 少女は電車を後にする。

 会えない時間がまた、やってくる。


 雷鳴は未だ遠く。

 僕らはただ、電車と共に青空と逃げていた。

 また週末、寒くなる。

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