2.夕空、またいっしょ
今日もまた。
海岸線に沿って走る電車の窓から、どこまでも続く水平線が見える。
いつもの時間、いつもの車両。
『次は〜「浜名台」〜……』
そして、いつもの停車駅。
そこには昨日の少女の姿。
「やっほ。今日は走らなくて済んだね」
息を切らさず乗り込んでくる少女に、座ったまま思わず声をかける。
「うん!今日は早く片付けられたの」
制服の胸ポケットから、絵筆の穂先が覗いている。
きっと今日も美術室で過ごしていたのだろう。
「あのね、今日ね、美術室で面白いことがあったの!」
そう言うと隣に腰かける。
少女は目を輝かせながら話し始めた。
「部長が新しい絵の具セットを買ってきてくれたんだけど、開け方が分からなくて。みんなでワイワイ言いながら四苦八苦してたの」
「結局開いたの?」
「うん!でもね、開けた瞬間に絵の具が飛び出して、部長の白いエプロンが虹色になっちゃった」
くすくすと笑う少女の表情が、夕陽に照らされ優しく火照っている。
「そうそう、今日の給食もすごかったの。えと、じゃーちゃんどーふ?だったんだけど、なんかすっごく辛くて。となりのクラスの子なんて、泣きながら食べてたらしい」
「そんなに辛かったの?」
「うん!でも私、辛いの得意だから平気だったんだ♪」
得意げに胸を張る仕草が、どこか愛らしい。
「あ、それに駅前にね、三毛猫がいたの。すっごくふわふわで可愛くてね......」
話す度に手振りが大きくなる。
嬉しそうに語る姿に、自然と頬が緩む。
「でもね、近づこうとしたら逃げちゃった。明日も同じ場所にいるかなぁ」
「明日も見に行くの?」
「うん!できれば撫でたいな......」
少女は遠く海を見つめる。
そしてまた話し始めた。
「私ね、動物大好きなの。家で犬飼ってるんだけど、すっごい甘えんぼさんなんだよ?」
一つ一つの言葉が、夕暮れの車内に温かな空気を運んでくる。
それは、まるで誰かの心を少しずつ溶かしていくような。
窓の外では、オレンジ色の光が海面を染めていく。
その光の中で、少女の言葉は優しく響き続けた。
「......って、私ばっかり喋ってごめんね」
ふと気付いたように言う少女に、首を振る僕。
「いいよ。聞くの、好きだから」
そう言って遠くを見つめる僕の顔を少女は覗き込む。
「そう?じゃあ......もっと話していい?」
無邪気な笑顔に、どこか安堵を覚える。
「うん。」
遠くを見つめて見えた景色は、夕陽が雲間から漏れ出す光の帯を作っていた。
まるで天使の梯子のように、海面まで届いている。
「わぁ......きれい......」
少女の声に、また僕も車窓に目を凝らす。
確かに、今日の夕陽は特別だった。
『次は〜「東立日」〜……』
いつもの駅名が響く。
少女は慌てて立ち上がる。
「またね!」
少女は下車し、ドアが閉まる。
足音は車輪の音に消されていった。
残された車内で、僕は窓に映る自分の顔を見つめる。
少女の姿は、もう見えない。
でも明日も、この車両で会えるのかな。
夕焼けは徐々に色を失い、闇が迫ってくる。
今日も、また一日が終わる。
後書き、始めました。