第11章 グラゼスとその仲間
硬直状態が続く。
逃げようにも、数が多すぎる。
ヘリーネが低く呟いた。
「動けない……。隙を与えれば、フェルナンドとミレアがやられてしまう」
その瞬間、グラゼスが不気味に笑った。
「言い忘れてました。
あなた方が相手にしているのは――私が操っている隣村の住人です」
――何?
「殺せば殺すほど、あなた方は本当の犯罪者になるのです」
言葉を失った。
振り返ると、倒れた人々が血に染まっている。
……すでに13人。殺していた。
その沈黙を破るように、新たな敵が現れる。
グラゼスの背後から、屈強な男が姿を現した。
「グラゼス、お前……また勝手な真似をしたのか」
大柄な体に、大剣を持った男。
「巻き込むなって言っただろ。ボスにどう説明するんだよ」
「今しか味わえないスリルを楽しまないともったいないでしょ?」
「……はぁ、お前の考えはやっぱり理解できない。で、どうするんだ? 目をくりぬいた奴、気持ち悪かったから布をかけといたけど」
二人がそんなやり取りをしている最中、俺は異変に気づいた。
「……馬車の後ろ!」
粉々になった馬車の残骸。
その向こうで、ゆっくりと誰かが立ち上がる。
「コメル!」
急いで駆け寄り、肩を支えた。
「すまんな、フェルナンド……気づいたら、あいつにやられてたぜ」
その顔を見た瞬間、背筋が凍った。
片目が、ない。
眼窩の奥にぽっかりと空いた空間。
そこから、どくどくと血が溢れ出していた。
「……っ!」
何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
その間にも、ヘリーネは次々と黒マントの男たちを無力化していた。
しかし――数が多すぎる。
このままでは、ジリ貧だ。
次の瞬間、ルナがグラゼスたちに飛びかかった。
剣同士が激しくぶつかり、火花が散る。
ルナの一撃がグラゼスの剣を粉砕した。
「っち、よけたか」
「ルナって言うのかな? 君の一撃は素晴らしいね。魔法省研究部門が作り上げた最高級の剣を一撃で破壊するとは、ひひっ! 気に入った。あの女の子を目の前で引き裂いた後で、実験体になってもらおう」
グラゼスが愉悦に満ちた声で言う。
だが、その瞬間――
ルナは鋭い蹴りを繰り出し、グラゼスを弾き飛ばした。
「ルナ、こっちに戻れ!」
ヘリーネの声に反応し、ルナが一瞬視線を逸らす。
その刹那、大柄な男が襲いかかった。
「くっ!」
とっさに防御の構えを取る。
斬撃はかすったが、肩から血が流れた。
ルナがこちらに戻ると、ヘリーネが素早く魔法陣を描き、詠唱を終える。
次の瞬間――
僕らの足元が光に包まれ、空へと投げ出された。
知らぬ間に、魔法の力で縛られ、繋がっていた。
「少し距離を取った。急いで逃げるぞ。障害物がなくて助かったよ。転移魔法っていうのは、超高速移動をし、反動を打ち消すものなんだ。もし途中で何かにぶつかっていたら……ペシャンコだったよ」
ヘリーネがそう言いながら、僕らを地上へ降ろした。
「ペッチャンコねー……そんな危ない代物を使ってたのかよ」
つい本音が漏れる。
「体力尽きて共倒れするよりマシだろ。そんなことより、ルナ、傷口を見せて」
ヘリーネはルナの傷を診る。
「かなり深いな。動かせるか?」
「肩を上げるのが精一杯……いてて……手に力が入らない」
ルナの腕をちぎれた服で巻き、痛みを和らげる魔法と殺菌消毒を施す。
続けてコメルの処置をしようとしたヘリーネだったが――
ふいに立ち上がり、近くの森へと入っていった。
「ヘリーネさん?」
驚いて後を追うと、彼女は膝をつき、荒い息をついていた。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫。でも、目の奥を見てしまうと……さっきのを生々しさを思い出してゾッとする」
無理もない。
俺だって、コメルの顔を見たとき腰が抜けた。
むしろ、さっきまで平然と治療していたことのほうが驚きだった。
「そんなことを言ってる暇はない。3kmしか離れてないから、すぐ追いつかれる」
僕らが戻ると、コメルが言った。
「この近くに町がある。そっちへ向かおう」
「応援を呼ぶのもありだな」
「でも、グラゼスが指名手配に出したって言ってたぞ。それはどうするんだ?」
ルナが問いかける。
「本当に指名手配されてるのか、まずは確かめるんだよ」
「でも、みんなで動くとバレやすい。二手に分かれよう」
ヘリーネが言った。
「フェルナンドとミレアは私と。コメルはルナと一緒に。いいね?」
そうして、僕らは町へ向かった。
道中僕らは別れて村に入る。
取りあえず酒場へ行き情報を集めようとした。運が良いことに隣の席の人たちがその話題をしていたのだ。
「聴いたか?隣の国の大魔法使いがよ。指名手配されてるってよ」
「それは大変だな」
「噂によると村全員を皆殺しにしたってさ。しかも3つ離れた村でよ怖くないか?」
「近すぎだろ、そいつはいつぐらいに捕まるんだ?」
「一番ヤバいのがさ、回りにいるかもしれないってことだよ」
「やば。つまりこの酒場にいる可能性も...」
グラゼスの言っていたことは本当だった。指名手配にされ村の件も...僕らに逃げる場所はないのだろうか不安が襲った。
酒場を出て僕らは、食料確保を任したルナたちと合流した。
「どうだった二人とも」
「クチャクチャ、特に何もなかったです」
ルナが言うとコメルがあきれていった。
「嘘つけー結構あったぞ。まずこの小国の軍が魔法省と連携し捜索を始めるらしい」
「そう言うことです。クチャクチャ」
ルナはそう言って、チキンを口にくわえていた。
「何でお前は負傷してるくせに呑気に食えるんだ?」
「腹はすくんだ仕方ないだろ。あーうまかった」
ルナは続けて妙なことを言った。
「ウルティレジス町からなんか妙なものを感じるんだよな、何なのかいまいちわからないが」
この一週間起こること多すぎる。