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すききらい

 小学生低学年のとある期間、私はぷちトマトが嫌いだった。時を同じくして初めて苦手だなという人ができた。食べ物の好き嫌いは直したほうがよくて嫌いでも食べてみて克服することを続けた。その苦手だなと思う人も一週間に数回話す時があって、苦手だなと思いながらも好き嫌いを克服するように無視などはしないで話していた。そのころは当然のように人に対しても嫌いになってしまってはいけないと思っていた。みんなは陰口を言うけど、それはなるべくしないようにと思っていた。

 私はひそかに崇拝していた人がいた。その人は物知りで、私なんかとは違くて落ち着いた女性だった。そして、誰とでも仲良くしていて嫌いな人なんかいないと思っていた。私が苦手としている人にもだ。

 その人、ここではSさんとしよう、このSさんとは同じ図書委員を担当していてカウンターで隣になって座ることが多かった。日を重ね仲良くなってきたときに彼女が転校してしまうことを知った。家族の都合とかで。

 私は悲しかった。それと同時に気になっていたことを聞かなくてはと思った。

 春休み前に学校全体の大掃除が行われた。委員会ごとで掃除場所を決めていき、Sさんとは体育館の倉庫の掃除を一緒にすることとなった。私は思い切って聞いてみることとした。

「Sさんって苦手だなって思う人、嫌いだなって思う人がいなくて、だれとでも仲が良くてすごいよね」

 Sさんの手が止まって、私のほうに振り返る。

「どうしてそう思ったの」

「クラスでの様子を見てだよ。いやな顔を一つもしないで。ほら陰口とかもしないでしょ」

 雑巾をきれいにたたみ、片方の手に乗せると言葉を少し考えるように私の顔を見た。

「私も嫌いだなって思う人いるわよ」

「そうなの!?」

「ええ」

 私は拍子抜けした。

「あなたのことも少し嫌いだったわ。何も考えていないような適当な子苦手だったの」

 少しショックだった。

 目の周りに熱いものが集まる。

「そんな顔しないで。あなたとは図書室で何度か会って話をするたびに見た目ではそう見えても、その子なりに色々考えているんだなって思えてきて、嫌いだった感情も薄らいできたわ」

 溢れそうになった涙は少し引き。彼女は言葉をつづけた。

「だから転校するのが悲しいわ」

「私も寂しい、もっと話したかったから」

「そう言ってくれて嬉しいわ」

「どうかな転校しても文通とかしてみない?」

 「あら」と声に出して、私のほうに近づく。Sさんは私の手をやさしく握って体の前に並べてだした。

「私そういうのは受け取らないの」

 とSさんは笑った。



 それから何年もたち私は社会人となった。

 今は同僚のお別れ会、ハイボールを飲みながらSさんとのことを思い出していた。この違う部署に移ってしまう同僚は苦手で嫌いな人だった。だから内心ガッツポーズをしながら、にこやかに見送った。

 嫌いだったぷちトマトは嫌いではなくなり、食べ物に関しては嫌いなものが一つもなくなった。でも人間関係に関しては嫌いな人はぽつぽつと出てきた。陰口をするのは苦手でそれは相変わらずしないけど、嫌いな人は嫌いなままでもいいということを学んで、私は無理に合わせないようにしていた。

 そう気づかせてくれたSさんはとても物知りだった。全然関係ない話だけど、あの頃の私はこんな感情を抱いていたこともわからなかっただろう。最後の言葉も今の私なら理解ができる。私にとってSさんは初恋の人だったと思う。

 Sさん元気にしているかな。

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