交鎖十字・花名連想・後編
大変申し訳ございません。
自分でも、まさかと思うミスでした。
タイトルですが歌名連想ではなく、花名連想の誤りです。
例の副反応で頭がぼうとしていたとはいえ、これはあってはならないミスです。
この場をお借りして、心より謝罪いたします。
ヒルカが『使役』のコードに『隠蔽』の概念を纏わせお香に放ったのは間もなくの事。
仮にこの戦術が成功すれば、ヒルカの勝利は確実だ。お香の頭に『使役』のコードが刺さった時点で、彼女の意識はヒルカの思うが儘になる。この早期決着を狙って放たれた業は、計算通りお香の額にまで届く。だがその時、ヒルカは、大きく眼を広げた。
《そう。そういう能力ですか》
《なッ?》
一瞬にして――自分の『使役』が消滅する。
しかも――お香は手足を動かす素振りさえ見せていない。
(なら、それこそが観根羽お香の能力! 彼女の力は、現象媒介さえ消失させる!)
現象媒介とは『異端者』がレベル四以上の力を振う時、具現する物質である。彼等はこれを媒介に、人知を超えた能力を発揮する。確かに『皇身』ならばソレさえ破壊してみせるが、前述通りお香は身じろぎ一つしていない。ならばヒルカの読み通り、何らかの能力を発動させたと考えるのが妥当だろう。
(だとしたら、迂闊には近づけない。なら、こういうのはどう?)
ヒルカが自身の『オーラ』に、『使役』のコードを付加させる。その数、実に一万ほど。それをお香に向け発射し、彼女は吼えた。
《おおおおおおおおお――!》
《ほう……!》
それが、ヒルカ・トリメクトの本領の一つ。
彼女は『使役』のコードに刺した物体に、自分の全情報を付与できる。膂力から運動性に、耐久力等を投影可能だ。言わばこの状況は――ヒルカが一万人にまで増えたのと同じである。
この圧倒的な物量を前に、今度はお香が奥歯を噛み締める。一万もの弾丸が自分の躰に届くのを、彼女はただ傍観した。
《……なッ?》
けれど、ヒルカは見た。己が放った必殺の一撃でさえ――全て消失するその様を。
(やはり物体を消去する能力! なら、ここは持久戦よ。どっちが先に力尽きるか、勝負と行きましょう――観根羽お香!)
そう。自分はどれだけ時間を費やしても、構わない。何故なら、あの彼が自分の代りをしてくれているから。彼は間違いなくイシュタル達の所に、援軍に向かっている。なら今自分がするべき事は、お香をこの場に足止めする事だ。そう確信して、ヒルカは絶え間なく己が弾丸を撃ち放つ。その度にソレは消失していくが、ヒルカの意思は揺るがない。
(ええ。正直、私も自分達の記憶は惜しい。私達がどう生き、どう過ごして、どんな関係を築いていたのかは、何が何でも知りたい。二瀬さんの記憶が戻れば、私達の記憶も戻ると気付いた時には、心が揺らいだ)
そのまま、彼女は徹底して、時間を稼ぐ。この怪物を他の戦場に行かせまいと、命を懸けてこの場に留めおくと決意する。
(でもそれはそれだけの事。字壬が二瀬さんの味方をするというなら、私達は真逆の道を選ぶしかない。だから、扇妃は自分を奮い立たせる為に、思ってもいない事さえ口にした。〝自分の感情は誰かに刷り込まれた物だ〟と、〝字壬を嫌っている可能性さえある〟と、そう言い切った。その時一瞬思った物だったわ。〝コイツには勝てないかも〟って。あそこまで自分を追いつめ、使命を全うしようとするアイツはとんでもないヤツだって素直に感じた。……ええ。私はこれでも扇妃達がどれほど字壬を好いているか知っている。どれだけ自分の物にしたいかわかっている。そのアイツが、字壬をきり捨てる為に、あんな事を口にした。自分の立場を明確にする為の覚悟を、平然と示した。果たして私に、そんな事が出来る?)
尚も攻勢を強めながら、ヒルカは自問する。
まるで敵はお香ではなく、自分自身であるかのように。
(……いえ、多分、無理だわ。私にはそこまでの覚悟は、きっとない。現に、私は何も言えなかったし、その想いを行動に移す事が出来なかった。ラーシュやイシュタルは率先して字壬を攻撃したのに、私はただ見ていただけ。扇妃がああ告げた時も、頷く事さえ出来なかった。多分、それほど私は彼奴に嫌われる事を、恐れていた。でも――アイツ等は違ったのよ。自分達の行動に責任を持ち、その事に誇りさえ感じている。アイツ等はきっとこれからも、字壬が出来ない事を字壬の為にし続ける。だから、皆、私にもその誇りを分けて欲しい。例え彼奴に嫌われようと、自分の道を進める強さを。今の私に欠けているその想いを、どうかこの私にも与えてちょうだい)
故に、何が何でも観根羽お香だけは、ここに釘付けにする。誰の為でも無く、ただ自分自身の矜持の為に。それだけが今、自分に出来る事だから。そんなヒルカに、お香は問うた。
《一つ、訊き忘れていました。あなた達は二瀬栞奈の記憶さえ戻れば、自身の記憶も戻るかもと考えているのでしょう? なのに彼を裏切る事に、何の未練もなかった?》
この愚問に対し――ヒルカは思わず微笑んだ。
《言うまでもないわ。そんなの、あるに決まっているでしょうが。でも、それでも、私は今の関係もけっこう気にいっているのよ。イシュタルの惚けた所や、扇妃の非常識な所とか、ラーシュのあの強がった態度とかも。多分、それは皆も同じだと思う。過去の自分に未練を抱きながらも、今の自分達でもいいやって、笑って毎日を送っている。だから私達は彼奴の為に彼奴の出来ない事を、何度だってし続ける。彼奴が間違えていると思ったら何度だって裏切ってやるわ。ええ、そう。今あなたに問われて、漸く私も覚悟が決まったわ。私は彼奴が大好きだからこそ――見世字壬を裏切った》
だから、彼女は笑う。いま初めて心から微笑み――彼女は目の前の大敵を直視した。
《成る程。やはり、あなた達は強いのね。それこそ、心身共に。本当に残念だわ。そんなあなた達を殲滅しなければならないという、この立場は》
《く……っ!》
ヒルカが言いしれぬ怖気を覚えたのは、この時。彼女は思わず後退しそうな自分を、必死に押しとどめる。だが――無情にもソレは発動した。
(な、はッ? 私の『使役』が、消えた……っ?)
腕を組んだお香が、気迫を込めただけで、ヒルカの〝アード・ワード〟が消滅する。いや、今の感じは違う。
《……まさ、か! 私と能力自体を切り離し、遠方に飛ばした……ッ?》
《正解。流石ですね》
それが、観根羽お香の能力。彼女の『種別』は――『残す物』と、『飛ばす物』を切り分ける。この場合、彼女はヒルカの躰と能力を分離して、後者を遠方に瞬間移動させた。ある一定の時間が経てば飛ばされた能力も帰ってくる筈だが、この機を逃す彼女ではない。
《そうね。実は私――自分自身が瞬間移動出来ない事がこの上ないコンプレックスなんです》
《つ……っ!》
お香が、初めて前進する。ならば、ヒルカは今度こそ後退するしかなかった。
(恐らく彼女は自身が触れた物を、遠くに飛ばす。なら、私が直接拳を叩きつければ、その腕は彼女に触れた時点で切り離される!)
故にヒルカは、間合いを広げるしかない。肉弾戦になれば間違いなく敗北すると悟っているが為に、今は後ろに下がり続ける。
《……ほう? 大分警戒されていますね。やはり手の内を明かし過ぎたでしょうか? それとも、あなたの覚悟はその程度だったというだけ?》
《……また、安い挑発をッ!》
だとしたら、それに乗ろうとしている自分は何者か? やはりそう自問しながら、ヒルカは上方へ飛ぶ。誰かの様に天に昇り、奥歯を強く噛み締めた。
(ねえ、字壬。扇妃達の事は、ちゃんと助けてくれたんでしょうね? 出来れば私の事も助けて欲しかったけど、今回は、もういいや)
無理やり微笑み、ただ一点を見据える。そのまま彼女は『皇身』と〈外気功〉を以て、己が精神昇華を最大限高める。彼女の切り札――『強弱』を以てヒルカ・トリメクトは最後の攻勢に出た。瞬間――〈被気功〉を展開した彼女の前には、九つの巨大な鏡が列をなす。
『その鏡を外側から潜った物は、性質が弱る』
『逆に内側から潜った物は、性質が強化される』
それだけの力を持った物が、彼女の目の前には九つも存在していた。
彼女は、ヒルカ・トリメクトは――その全てを潜り抜け、自身を強化する。お香に向かい蹴りを放ち、ただ一本の巨大な矢と化す。
《おおおおおおおおおおおおおお………!》
正に必殺の一撃。彼女にとってはこれ以上ない、攻撃。或いは、お香が対象に触れた瞬間発動する『種別』より速く、彼女の躰を打ち砕く程の業だ。それを前にして、お香は呆然とした様に口を開く。
《そう、ですね。この勝負、あなたの勝ちです、ヒルカさん。仮に、私が直接触れた物体しか瞬間移動出来ないのなら》
《な……ッ?》
《ええ。あなたは少し、この戦いに時間をかけ過ぎました。私の『オーラ』があなたの躰に一定時間触れ、条件を満たす程に》
つまりはそういう事で、観根羽お香は自身のオーラに長時間触れた物さえ切り離すのだ。
故にヒルカの〈被気功〉と強化と言う概念はこの時点で飛ばされ、生身の彼女だけが残る。
そのままヒルカの躰は止める事さえ出来ず、お香へと一直線に落下した。
(……ほんとうに、こんなくやしいことは、ないッ! ごめん、みんな、あざみッッッ。わたしは、けっきょくだれのやくにもたてなかったぁあああ―――ッ!)
お香が彼女の足に触れた途端、ヒルカの躰と心臓は、分断される。彼女の躰は太陽に飛ばされ、その場にはお香と、ヒルカの心臓だけが残されていた。彼がその事に気付いたのは、扇妃の死を直感した後だ。扇妃達を羨望し――それに倣って自身も命を懸けた少女がこの上ない未練を遺し、絶命する。その気配を察し、遂に見世字壬はタガが外れていた。
《……駄目だぁ。頼むから、もうよしてくれぇ。これ以上、俺の前から誰もいなくならないでくれええええッッッッッッッッッ!》
その絶叫と共に、彼は呼吸する事さえ、忘れた―――。
5
《……あ、あ》
死ん、だ? 死ん、だ? 皆、死んだ?
イシュタルも、扇妃さんも、ヒルカも、三人共、誰一人助けられず?
《あ、あ……》
俺なんかを、好きだって言ってくれていたヒト達だったのに、絶対に守らなければならかったのに。
俺はそんな彼女達さえ、救う事が、出来なかった?
《あ、あ、あ》
何が〝神〟だ。死んだニンゲンを生き返らせる事もできないのに、何が〝神〟だ。
そんな事も出来ない俺は、ただのクズじゃないか。
《あ、あ、あ、あ》
もう、自分を嗤う事さえ、出来ない。完全に、心が、折れた。
髪も白く染まり、意識は黒く染まる。
彼女達の好意に、一生返事が出来ないと思い知った時点で、見世字壬は完全に、終わっていた。
それは、ラーシュや、刻羽も同じなのか、誰一人として、声さえ上げられずにいる。今はただ、苦しくて、悲しくて、涙さえ出なかった。いや、それ以上に、息が止まり、本当に、このまま、死んでしまいそうだ。いや、このまま死ねたら、どんなに楽かと、思い知る。
自分を好いてくれた誰かが居なくなるのがこれほど苦しい事だと、俺は今漸く思い出していた。
《……本当に、なんて、無知、だ……》
これが、殺し合いの、実情。
ただ苦しくて、悲しくて、無意味なだけ。なのに、この無価値な行為を、何千年も繰り返しているのが、ニンゲン? 彼女達が、命を懸けてまで守ろうとしたモノの正体だとでも言うのか?
そんな危険な所にまで考えが至りそうな時、二瀬栞奈は感情の無い声でこう告げた。
《いえ、全て、私の責任だわ》
彼女はそのまま、続ける。
《けど、何より許せないのは〝それでも私はまだ死ぬ訳にはいかないと思っている〟事。ならせめて私はこうするしかない》
《……待て。何を、何を、する気、だ、オマエ……?》
《決まっているじゃない。橋間言予を――殺しに行く》
《な……?》
振り向きざま、当然の様に、彼女は告げる。
彼女その表情は、初めて見る物で、感情というものがまるで無かった。
その宣言を聴いて、漸く見世字壬は僅かながら、我に返る。
自分がこれ以上悲しねば、栞奈を追い詰めるだけだと漸く気づいていた。
けど、それとは別に問わなければならない事がある。
《………それは、何故? 彼女達は、オマエを裏切ったのに》
《そんな事は、知らない。私が覚えている彼女達は、ただ自分の信念を貫こうとした気高いニンゲンという事だけ。逆の立場でも、私は彼女達ときっと同じ事をしたと確信している。……でも、その誇りを橋間言予は踏みにじった。君を裏切る事がどれほど辛い決断か知っている癖に、彼女はイシュタルさん達を裏切った。なら、相応の報いを受けてもらわないと、割に合わない》
《……あ、あ》
《だから、後の事は私に任せて、君達は少し休みなさい。だってもう、あなた達は心身共に、ボロボロじゃない。今にも死にそうな貌をして、髪も真っ白に染まって、呼吸さえ上手くできていない。君達のその姿を見るだけで、彼女達がどれほど大切な存在だったか理解できる。私にはただ想像する事しか出来ないけど、君達が死ぬほど苦しいんだって事だけはよくわかる。ええ、そう。本当に今までありがとう、見世君。そして、本当にごめんなさい。私なんかに関わらなければ、君達は、こんな事にならなかった――》
《あ、ああ、あ》
涙しながら、抱きしめられる。
記憶もなく、自分の素性さえわからない彼女は、ただあのヒト達の為に、頬を濡らしてくれた。――けれど、それで、俺の決意も固まる。
《……ああ。本当に、ごめんな。イシュタル、扇妃さん、ヒルカ。どうやら正しかったのは、俺の方だったみたいだ。君達三人が俺を見限った事を誇りに思うなら、俺は彼女を守ると決めた自分を誇りに思う。俺達は死に別れた後でさえ道を違えたけど、今は栞奈の味方になれて良かったって心から思えるんだ。でも、だからこそ――俺は君達の死を絶対無駄にはしない》
確かに記憶が戻る前の人間だった頃の俺なら、ここで終わっていた。
けど――今の俺は町保局員だ。
例え仲間が倒れようとも――その遺志を引き継ぎ前に進む責任が、俺にはある。
いや、もうそれしか君達に酬いる術を、俺は知らない。
故に俺は――地球に向けて直下する。
《待ちなさい……アザミ君!》
ラーシュの制止の声を聴きながらも、俺はその場所へ落ちていく。大気圏を突破し、雲を突き抜け、その町に辿り着いて屋根を破壊しその場所に至る。
俺の目の前には、自分の家が破壊されたというのに悠然とソファーに腰かける彼女が居た。
「ええ。こんにちは、字壬クン。待っていたわ」
彼女――橋間言予は喜々としてそう告げたのだ。
◇
目の前には、眼鏡をかけ肩付近まで髪を伸ばしたロングスカートの女性が居る。
前述通りソファーに座り、身じろぎ一つしない彼女の名は、橋間言予と言った。
紛れもなくイシュタル達の仇である彼女に、俺はただ問う。
「――何故だ? 橋間言予ともあろう者が、なんでこんな真似をした?」
「それこそ意味不明ね。〝橋間言予ともあろう者が〟? 寧ろ君が思い描いていた言予象というのは、真逆の物だったんじゃない?」
「それ、は」
「そう。冷淡で、冷酷で、敵と定めた存在に対しては一片の情も抱かない。それが見世字壬が考えていた、橋間言予でしょう? つまりはそういう事で、私は君が想像する橋間言予象通り振る舞っただけよ」
「……な、に?」
「ええ。本来ニンゲンというのは、そのくらい弱い物なの。他者に忌み嫌われれば、本当にそう言った存在になろうと考えてしまう。見かけが醜いから心も醜いと決めつけられ隔離されたニンゲンは、本当にそういう存在に傾斜する。世の中がそう肯定するのだから、そうするのが自然だとさえヒトは考えてしまうの。私も――その例に倣っただけ。今の私は、見世字壬が思い描いた理想の橋間言予。目的の為には手段を選ばない――本物の悪鬼羅刹よ」
「つまり、全ては俺の責任だと……? 俺の敵対心におまえはただ応えただけだって、そう言うのか?」
「そうね。仮に私が弁護士なら、そう主張したかも。見世字壬は、明らかに橋間言予を敵視している。なら機を見て、彼をその派閥ごと潰すのは当然の流れでしょう? それともコレは私の誤解だった? 見世字壬は橋間言予になんの悪意も抱いていなかったと? 私の反応は過剰な物で、実は私を好いていたとでも言う気かしら、君は?」
「おまえ、は」
「ええ。私の立場も、君と大差ないわ。ただその範疇が微妙に異なるだけ。私は橋間派さえ鴨鹿町の主権を担えば、これ以上の被害は出ないと確信した。君はただ見世派を守りたかった。でもその反面、君は私に幾つもの口実を与えてしまったのよ。私に敵意を抱いている事を、私に知られた事。そして、あの二瀬栞奈という少女の事。この二つが揃った時点で、私は見世派を潰す口実を得た」
「……ああ」
「故に、本来呪うべきは、君のその脇の甘さ。私がどういう存在なのか知っていた筈なのに、今日までその事を考慮しなかった浅慮よ。この無知が、君からイシュタルさん達を奪った。君は戦場に立った時点で、もっと大人になっておくべきだったの。子供じみた敵意を示さず、腹芸が出来る位に」
「そう、か」
それが、俺の大罪か。確かに、橋間言予が言っている事には、なんの矛盾も無い。俺は言予を快く思っていなかったのに、警戒さえロクにしていなかったのだから。この二律背反が、イシュタルや、扇妃さんや、ヒルカを殺した。
やはり真に憎むべきは、他の誰でも無い、この――見世字壬自身だ。
「俺は、当主代理さえ失格、か?」
「問うまでも無いわ。君に――他人を率いるだけの能力は無い」
それは軽蔑からは遠い響きだったが――俺にとっては決定的な止めだった。
「扇妃さん達のもとに刺客を送りつつ、ラーシュちゃんや刻羽ちゃんは放置したのはその為。確かに彼女達でも、私達を倒すのは難しい。でも逃げる事はそれに比べれば容易いわ。実際、君はシトラウゼ司祭から逃げてみせたでしょ? 故に先ずは、イシュタルさん達を始末させてもらった。そこまでされれば流石の君達も〝逃げる〟という選択はしない筈。現に君は感情に焼かれ、こうして私の前に現れた。そこで一つ確認しておきたいのだけど、これは私と戦うという意思表示ととって構わない? 見世字壬は自身の派閥を総動員して――橋間派と争う?」
「……まさか降伏する、という選択もあるとでも言いたいのか?」
感情の無い視線を彼女に向けながら、訊ねる。
だが、前にも言ったが橋間言予は一度だけなら、敵に降伏勧告をする。それを無視した敵に対して、彼女は容赦がないのだ。
なら……これはその降伏勧告だと?
「そうね。私達に服従すると〝ルール〟に誓ってもらえるなら、それにこした事はない」
泰然と、彼女は告げる。イシュタル達の命と引き換えに助けてやっても良いよと、彼女は平気で言い放った。なら――俺の答えは決まっている。
「言予。あんたは確かに正しい。少なくとも俺よりは。けど、一つだけ勘違いしている」
「ほう?」
「ああ。確かにイシュタル達は、俺とは真逆の道を進もうとした。彼女達が死んだ今でもその道は二度と交わらない。でも、だからこそ俺は一度決めた道を引き返す事はできないんだ。そうだ。おまえの言う通りだよ。俺はまだガキで、その事はずっと前から認めていた。その所為でヒルカ達が死んだって言うのも、本当だろう。ラーシュ達の命を考えるなら、ここで折れるのが見世派の当主代行としての責務だ。けど、そんな資格は二瀬栞奈の味方をすると決めた時点で既に失っていたんだよ。俺は地球消滅のリスクを知りながら、それでも栞奈の側についた時点で終わっていた。でも、それは俺だけの話だ。栞奈はまだ何も諦めていない。それどこか俺が手助けしたいと思った彼女は、おまえを殺すとまで言っている。なら、そんな彼女と俺以外の誰が共に歩めるって言うんだ? そうだ。見世字壬は、確かに終わった。けど、二瀬栞奈はまだ終わっていない。なら、アイツが諦めない限り――俺も諦める事はできないんだ」
「だから、それが子供じみた駄々だと言っても、無駄?」
「ああ。見世派は揃ってガキの集まりだ。俺が今ここであんたに屈したら、それこそ栞奈達に殺されかねない。俺はおまえに殺されるのならまだしも、今の栞奈達に殺されるのだけは御免だ。故に見世派は――これより全力を以て橋間派を殲滅する」
「――上等」
橋間言予が、俺に視線を向けたまま手を掲げる。
直後、シトラウゼ・ルーベンとティナシュ・オルグ、ガアラ・ネブラが姿を見せた。
「では、君は今ここで始末させてもうらわ。まさかここまで来て、逃げる気ではないでしょう?」
「それこそ、冗談。さっきも言った通り、俺が勝たせたいのは俺じゃなく、栞奈だ。その為なら、どんな卑劣な真似もしてみせる。例えば、自分の力にラーシュの力も上乗せしてこの場から逃げるなんて事もな」
「へ、え?」
見世字壬は無理やり喜悦し、橋間言予は初めて笑みを消す。
その頃には俺の姿はこの場から消失しかけ、その前に俺は最後に告げていた。
「けど、おまえの企みだけは叶えてやる――橋間言予。こんな俺でも、それだけはわかっているんだから。今こそ――見世派と橋間派が決着をつける時がきたと」
その宣戦布告だけを言い残し、見世字壬は橋間言予から無様に逃げ出したのだ――。
◇
彼の姿を見送った後、橋間言予は目を細める。
「成る程。ここまで来て、彼も少しは成長した訳ね。てっきり特攻覚悟で私に挑んでくると思ったのに、徹底して逃げに転じるとは。仮にこの変化をもたらしたのが、イシュタルさん達の死だとしたら、実に皮肉だわ。字壬クンは勿論、私にとっても」
そう。自分は扇妃達の死を利用して、字壬を焚き付けようとした。だがその実、彼は自身の怒りより〝彼女達の死を無駄にしない〟事を優先している。
この心境の変化を読み切れなかった自分を、橋間言予は嗤ったのだ。
だが、シトラウゼは当然の様に言い切る。
「ね、言ったでしょう? 彼は昔のアナタに似ていると。青臭い理想を掲げながらも、誰かが死ぬ度に変化していった山村バソリーに彼はソックリ。でも、だからこそ彼の行動を見切るのは簡単。単に昔のアナタならどう考えるか想像するだけで、彼の動きは読み取れるのだから」
けれど、言予は喜々として首を横に振る。
「いえ、そうでもない。何故なら、仮に私が彼等の立場なら、あの手を使う。そうなるとデータ不足である私は、後手に回るかも。それでも彼等の第一目標を予想するなら、間違いなく私達の分断を図ってくるでしょうね。問題は、その手段だわ」
「そうですね。向こうに私の様な能力者が居れば、事は容易いでしょうが」
ヒルカ・トリメクトを仕留めた、観根羽お香が橋間邸に帰還してくる。
嘗て鴨鹿村に押し入った賊と村民達を分け、かの村を救った彼女は肩をすくめた。
「確かにお香の能力は利便性に富んでいる。貴女が私の敵でなくて良かったと、思える程に。それで、やはり彼女達は手強かった? 明らかに格上である、兆卯やザンジムさんと引き分けてみせた彼女達は?」
「はい。それはもう僅かな油断が死に繋がる程に。彼は、自分はまだ子供だと言っていた様ですがそう侮るのは愚考です。ヒルカさん達の死でさえ心が折れなかった彼は、もはや手負いのケモノと思うべきでしょう。決して彼等を格下だと侮る事だけはお止め下さい、お姉様」
「誰が? 私が?」
途端――お香は思わず後方へ飛びのきそうな程の悪寒を覚える。
必死にそれを堪え、彼女は前言を翻した。
「……いえ、そうでしたね。失言でした。お姉様は例え相手が子供でも、それが敵なら全力で殲滅する。そこに一切の情けや遊び心は無く、敵が死に絶えるまで攻勢を止めない。そんなヒトに、私は何を言っているのやら」
きっとこのヒトは例え自分が敵に回っても、変わらない。笑みさえ浮かべて、始末する事だろう。そう確信するが故に、お香は彼女に憐憫に近しい感情を覚えていた。
「で、結局、俺等はどうするってんだ? つーか、まさかオマエの下で働く事になるとはあの頃は思ってもみなかったぜ?」
金の髪を逆立てた、痩身の男性が問う。言予は、心底不思議そうに、首を傾げた
「おかしな事をいうのね、ガアラさんは。アナタは単に、シトラウゼ司祭の味方でありたいだけでしょう? 私の部下になったつもりは、全く無い。アナタはあの頃の様にどこまでも自由人で、他人に屈する事は皆無だわ。事と次第によっては、私に牙をむく事さえ辞さない程に」
「なら、一つ訊こう。オマエは、兆卯とザンジムの死を予測していたか? アイツ等が死ぬとわかった上で見世派にぶつけた? ああ。オマエと違い、俺は兆卯達とつき合いが長くてな。そんなアイツ等に、僅かながら情さえ覚えている。そのアイツ等を捨て駒として使ったとしたら――俺も身の振り方を考えなくちゃなんねえ」
ただならぬ緊張感を孕みながらも、ガアラ・ネブラは喜悦しながら問う。
言予は、ただ普通に返答した。
「まさか。私は彼等の力を適評していた。けどイシュタルさん達は、そんな私の予想さえ上回ってみせた。だからこそ、私はアナタ達に注意を喚起するしかないの。決して見世派を十数年しか生きていない、経験不足の集まりだと思わない事だと」
逆に窘められ、ガアラは眉をひそめる。彼はそのまま、ティナシュに目を向けた。
「嘘は言ってないゲス。姉様は本気でザンジムっち達の死を、悼んでいるでゲス」
「へえ? 確かに変わったな、オマエ。昔の面白味が、まるで無くなったと思える程に」
「褒め言葉と解釈しておくわ、ガアラさん。後、ティナシュ、その呼び方はお香と被るから、いい加減改善して」
が、それには答えず、ティナシュ・オルグは別の事を訊ねる。
「で、姉様はどうするつもりでゲス? 戦うならともかく、逃げに転じられたら流石のオデ達もあざみ君達には敵わないゲスよ?」
「そうね。なら、こういう手で行きましょうか」
片目を瞑りながら微笑み――橋間言予は提案した。
◇
瞬間、見世字壬は栞奈達が居る宙域に戻る。ラーシュの力も借り転移した俺は、自分だけでなく見世派の全住人も転移させる。
いや、彼等だけでなく俺はバルゴ達もここから八十万光年先の惑星に強制移住させた。
《サンキュー、ラーシュ。これで、最悪の状況だけは避けられそうだ》
橋間派は、見世派や俺の友人達を人質に使うという手は封じられた。
今後はバルゴ等の存在を憂える事なく、振る舞う事が出来る。
《そうね。それは良い。けど、約束して》
ラーシュが、何の迷いも無く俺の襟首を掴む。
《二度と特攻紛いの無茶はしないと。もう事態は君の命一つで片付くほど簡単じゃないって、しっかり頭に叩き込んで》
《――わかった。すまない。軽率な真似をして。けど、俺の宣戦布告は見世派の総意と考えて良いんだろ?》
この問いに、ラーシュは襟首から手を離しながら、返答する。
《そうね。ここまで来た以上、私も腹をくくるしかない。その為にも、二つ策があるわ。第一に――今後の全権は栞奈さんに委ねる》
《は、い? 私に? ……って、まさかそういうつもり?》
俺よりはやく、栞奈がラーシュの意図を読み取る。ラーシュは、朗々と説明した。
《ええ。恐らく私やアザミ君の思考は、橋間言予に読まれている。どんな手を打とうが、必ず先手をとられるでしょう。ならこっちも――橋間言予が全く知り得ないファクターを前面に押し出すまで。橋間言予といえどもまだこの星に来て間もない栞奈さんの事は良く知らない筈。そんな彼女が私達のトップに立てば、少なからず橋間派を混乱させる事ができると思う。私はそう確信しているのだけど、栞奈さんはどう感じている?》
《……その前に一つ確認しておくのだけど、君達はまだ戦う気? アレほど打ちひしがれていたのに、全ての責任を私にとらせようとしないの?》
《その答えは、イエスよ。私も気持ちはアザミ君と一緒。橋間派の裏切りを見抜けなかった自分は、許せない。けど実際にイシュタルさん達の命を奪った橋間言予は、もっと許せない。例えこれが子供じみた駄々だとしても、私はこの怒りを生涯忘れるつもりはないわ》
ラーシュの決意を耳にし――栞奈は目を大きく開いた。
《……そっか。わかった、良いよ。アナタ達の覚悟は、確かに見届けたわ。なら、私も全力でアナタ達をサポートする》
《ええ。そうしてもらえると助かる。で、さっそく栞奈さんに質問なのだけど、アナタ、記憶の方はどれほど戻っている?》
《……記憶? 私の?》
《そう。あの感じからしてイシュタルさんと扇妃さんは、各々の敵と相打ちだった。なら橋間派を二人倒した事で、アナタの記憶にも何らかの変化が生じたと思うのだけど?》
確かに、ラーシュの言っている事は正しい。
あの黒い塊は、橋間派さえ倒せば栞奈の記憶は戻ると言った。イシュタル達の活躍でそれを果たした以上、栞奈の記憶は幾分戻ったと考えるのが妥当だ。
そして――栞奈の答えはというと、こうだった。
《……悪いのだけど、どうやら私の記憶はパズルのピースみたいな物らしいの。だから一つピースをはめ込んでも、それはそこまでの事ね。全てのピースを埋めるまでは、どんな絵が描かれているかはわからないわ》
《そう。なら、それを踏まえた上で、私の推理を聞いてもらえる?》
《ラーシュさんの、推理?》
唐突に、ラーシュはそんな事を言いだす。
俺と刻羽と栞奈は、ただ彼女を見つめるしかない。
《ええ。つい数十分前、君達を追いかけ、まんまと逃げられた私の推理。アザミ君は、何で私が栞奈さんに逃げられたと思う?》
《それはラーシュが栞奈の攻撃を受けたからで……って、アレが何なのかオマエわかったのか?》
が、ラーシュは首を横に振る。
《いえ、よくはわからない。よくはわからないけど、あの時、私は全力でアレを打ち消そうとしたの。でも、完全には消滅できず、何割か精神攻撃じみた物を受けた。今の私達にそんな真似が出来る存在は、やはり限られているわ。つまり彼女の正体は――やはり『アレ』で間違いないという事》
《……『アレ』だって? 栞奈……が?》
そう疑問符を並べる俺に、ラーシュ・ラーマは断言する。
《ええ。この世界を歪めし者――即ち『歪曲者』が彼女の正体よ》
《……わいきょく、しゃ?》
そうして二瀬栞奈は――意味不明と言った体で首を傾げた。
◇
《……って、わいきょくしゃって、何?》
基本的な事を、栞奈は訊ねてくる。
ラーシュは一度だけ視線を逸らした後、説明を始めた。
《えっと栞奈さんは、この宇宙が元々は一個の知性体だという事は知っていて?》
《は、い? 知性体って、私達ニンゲンみたいな?》
《そう。但し〝彼女〟は、私達より高次元の存在よ。この宇宙の外で活動し、ある日その〝彼女〟は敵と遭遇して殺されかけた。世の科学者さん達がビッグバンと呼んでいる物で焼き尽くされ、今や死に体と言って良い。でも、死にきれなかった〝彼女〟は自分の脳である宇宙に生命体を誕生させた。その生命体に、ダメージを受けたとき分散した様々な情報を復元させている。人間やニンゲンが文明や文化を発展してきたのはその為ね。〝彼女〟は自分が失った様々な知識を、私達を使って再生しているの。やがてヒトは自然発生では決して生まれない上位種を生み出し、滅びると知っていながら。私達『第五種知性体』は何れ『第四種知性体』にとって代わられる為に、存在しているの」
《……ああ。そう言えば昔そんな事、言ってやがったな、オマエ》
確かに子供の頃、ラーシュはそんな妄想を恥じらいも無く口にしていた。
だが今は茶々を入れるべきではないと思い、それ以上は何も言わない。
《で、その『第四種』は何れ『死界』の宇宙を内包し、『第三種知性体』へ進化する。やがて世界の目的に適う存在に上り詰める事になる筈なの。以後、彼等はこの宇宙その物と融合して完全なる知性を復活させ『第二種知性体』へと復元する。……いえ、本来ならその筈なのだけど、実際は事情が少し違っていてね。身持ちが固いらしいこの世界は〝元の自分〟以外は受け付けないらしいの。その他の人格が融合を行っても、その時点で世界は終わってしまう。その所為で――今や七十兆個にも及ぶ『死界』が生まれたという訳》
《はぁ……》
俺と同じ心持ちなのか、この電波話を前に栞奈は生返事をする事しかできない。
《そこで『第三種』は考えた訳。或いは世界さえ歪め、異常な状態にさえすれば、手っ取り早く〝彼女〟を生み出せるのではと。この七十兆回にも及ぶ不毛な繰り返しに、終止符を打てると『彼女』は考えた。私達『異端者』は――その産物よ。故に『彼女』はこう呼ばれている。世界を歪めた存在――即ち『歪曲者』と》
《……えっと、つまり私がその『歪曲者』、だと? でもそれだと少し合点がいかないわ。だってそんな大それた存在がヒトと同じ知的レベルな訳ないもの。多分だけど『第三種』と銘打つなら、その知性は私の想像を遥かに超えていると思う》
《そうね。だから正確に言えばこの場合、栞奈さんは『第三種』の端末と呼ぶべきだと思う。ヒトと『第三種』には知的レベルに大きな差がある為、それを補う存在が必要だった。ヒトとも『第三種』ともコミュニケーションが取れるファクターが必須だったのよ。その為に地球に派遣されたのが、アナタ。『歪曲者』――スタージャ・ペルパポスよ》
《……スタージャ、ペルパポス? それが……私の本当の名だと?》
《ええ。そう考えると、説明がつくのよ。私を退けるだけの力を持ち、その事になんの疑問も抱かないアナタという存在の説明が。アザミ君も、そこら辺は私と同じ意見なのでしょ?》
《ああ。その辺りの事は、栞奈と遭遇した時点で考慮していた。……ただ、その時ラーシュは言っていたよな? 〝じゃあ、誰が彼女をこんな状態にしたのか?〟って》
つまりそれは『歪曲者』とさえ互角以上に渡り合えるナニカが居るという事。
仮にソレが敵だとしたら、洒落にならないどころの騒ぎじゃない。
俺がそう危機感を募らせる中、ラーシュは思いもかけない事を言いだす。
《ま、それは身に覚えがありそうなヒトに、訊いてみましょう。と言う訳で二つ目の策よ。いえ、策というより〝お願い〟と言った方が正しいかしら? ね――刻羽のフリをした誰かさん? いい加減――正体を明かしてもらえると助かるのだけど?》
《……な、に……?》
《は、い?》
俺と栞奈が、驚愕の声を上げる。
同時に、間違いなく黒理刻羽の姿をした少女は舌を出し、一言告げた。
《あら――漸く気づいてくれた訳》
《な――っ?》
この僅かの間に――比喩なく周囲の世界は一変したのだ。
◇
先ほどまで広大な宇宙だった其処は、今や真っ白なナニカに変わる。
俺と栞奈とラーシュと、そして刻羽は、明らかに別空間に隔離されていた。
だが――今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「……コイツが、刻羽じゃない?」
ここには酸素があるので普通に喋る。言いだしっぺのラーシュに視線を向け……問い質す。彼女は……平然と応対した。
「私が疑問に思ったのは、極些細な事なの。あなた、アザミ君達と合流した時、私達より先にイシュタルさんの気配を掴んだわよね? 〝今の状態〟のあなたが、私達よりもはやく。そんな事が可能かなと検証してみたら、一つ突拍子もない発想に至った訳。即ち――〝彼女は私達が知る、黒理刻羽ではない〟と」
言われてみれば……そうだ。
何故だか知らないが、今、戦闘時に発生する隔離空間は壁が厚い。俺やラーシュでも、中の様子が殆どわからない程に。
けど、刻羽はあの時、一瞬にしてイシュタルの居場所を察した。〝神〟に達していない黒理刻羽が、何の躊躇も無くイシュタルの居場所を発見した。
だとしたら、確かに答えは一つだろう。
「そうね。これで漸く私も表舞台に立てるわ」
「刻羽が二人――? ……つまりオマエが本物で、今まで接してきたのは偽者って事かっ?」
彼女は、普通に頷く。
俺はただ、唖然とするしかない。
「ええ。そういう事よ。実は私も厄介な〝ルール〟に縛られていてね。この世界の誰かに正体を見破られない限り、事実を語れないという訳なの。しかも、その為のヒントも一度限りしか提示できない」
「その一回が、アレという事ね。それで、あなたは一体何者? 刻羽が黙って協力していたところをみると、敵ではなさそうだけど?」
ラーシュが、根本的な事を問い掛ける。
つーか……コイツやっぱり頭いいな。
情報戦に限って言えば、偶にレベルの違いを感じさせる時がある。
「そうね。では自己紹介から。私は――『葬世界師』と言ってね。アナタ達と同じ『異端者』で、『歪曲者』が世界を歪めた事で発生した反作用体なの」
「『葬世界師』?」
その名を聴いた時――今まで忘れていたある事柄を急に思い出す。
「……そうだ。扇妃さんは元々――その『葬世界師』を倒す為に鴨鹿町にやって来たんだ」
じゃあ、彼女はやはり俺達の敵? 思わず警戒するが、栞奈は首を横に振る。
「いえ、多分だけど違うと思う。このヒトの立ち位置は、もっとこうスケールが大きい感じがするの」
「ま、正解だと言っておきましょうか、二瀬栞奈。結論から言えば、君達がさっきまで居た世界は――現実ではないわ。私がつくり出した――亜世界よ」
「あ、あんたがつくり出した、亜世界? ちょっと待て。それはどれだけの規模で? まさか俺達がさっき会ったメイラムさん達も、本物じゃないって言うのか?」
が、刻羽の姿をした少女は、首を振る。
「いえ、彼女達は本物。何せ私の能力範囲は、ほぼ全宇宙だもの。ほぼ全ての宇宙を対象に、私の術は発動している。いえ、正確には発動している最中と言うべきかしら?」
やはり要領を得ない事を、彼女は語る。
俺はこの時点で、お手上げと言った感じだ。
「……ダメだ。全く意味がわからない。悪いけど、もっと具体的に言ってもらえないか? あんたは一体どういった立場で、何をしようとしている?」
話が停滞していると感じ、核心に迫る。『葬世界師』は、クスリと微笑んだ。
「そうね。私が何者かは別の物語で語る事にしましょう。今、君達に関係がありそうなのは、私の目的の方だから。そう。端的に言えば、私の目的は――皆がハッピーエンドを迎える世界をつくり出す事。その為だけに私達はこの術を発動させ、漸く今に至っているという訳」
「……皆が、ハッピーエンドを迎える世界?」
「ええ。残念ながら楔島の侵略者やキロ・クレアブルと対峙した場合、見世字壬は必ず何かを失くす。仲間だったり、恋人だったり、親友だったり、見世字壬自身の命さえ落してきた世界があるの。今例を挙げた通り、君は完全なるハッピーエンドを迎えた事は、一度も無い。だから――私は考えたのよ。一体どうすれば、この不毛なる因果から抜け出せるかと。結果、私はある発想に至った。――仮に私が想像した世界をそのまま現実世界にあてはめる事が出来るなら、それも可能だと」
「――あ、あんたが、想像した世界を、現実にあてはめる……?」
話が大きすぎて実感が出来ない俺は、やはり彼女の言葉をオウム返しするしかない。
彼女は、平然と俺に応じた。
「そう。本来『葬世界師』は『死界』から一定の情報をとり出し、現世に投影する術者なの。『死界』の未来から字壬君の情報をとり出し、ソレを今の君にインストールする。それだけで君は『未来の見世字壬』の力を得る事が出来るわ。でも――適合率一グーゴルプレックスパーセント越えであるこの私は、ソレさえ超越している。どの『死界』にも無い情報を、自身の力でつくり出す事が可能なの。それを一個人ではなく、世界自体に投影する事さえ私には可能だわ。簡単に言えば――私はキロ・クレアブルを誰の犠牲も無く倒した世界も創造できるの」
そこまで聴き、余りの衝撃で……俺は全身に鳥肌を立てながら亜然とする。
「……ああ、そういう事か。つまり、ここはあんたが想像した世界なんだな。あんたがキロの存在を抹消したからこそ、俺達はやつを倒したと確信していた――?」
「そういう事ね。妄想を現実化させる、大能力者。それがこの世界の『葬世界師』よ。君達の記憶に欠落があるのは、まだその辺りの情報がダウンロードされていないから。仮にこの術が完成すればキロは完全に消滅し、君達もそれに見合う力を手にする。記憶も完全に戻る筈よ」
「でも、じゃあ……あの言予達はなんなんだ? 本当にハッピーエンドの世界をつくり出したいならあいつ等は明らかに邪魔だろ? 実際、あいつ等の所為でイシュタル達は命を落とした。その時点であんたの術は、完全に破綻しているじゃないか――?」
僅かに息を切らせながら、問い詰める。
依然、黒理刻羽の姿をした彼女は、真顔で頷いた。
「そうね。でも、それがこの世界を生み出す為の条件だったのよ。明らかに見世字壬を敵視しそうなニンゲンも、この世界に招くというのが。この世界の橋間言予が過剰なまでに君達を追い詰めているのは、だからかもしれない。彼女は自分に課せられた役割を自覚していて、それを実行しているのかもしれないわ」
「待て。じゃあ、あいつはこの世界の事に気付いている? ここが亜世界だと知った上で俺達にケンカを売った?」
「その可能性は高いわね。ま、本当の所は言予本人に訊いてみるまでわからないけど」
ならば、俺はこう判断する他ない。
「……要するに、あんたの試みは失敗したんだな? キロは消滅したが、代りに言予っていう大敵が生まれ、そいつは俺達の仲間を殺した。その時点で、この世界もハッピーエンドを迎えられなかった、と……?」
この悲惨な結末を提示する俺に対し『葬世界師』は首を振る。
「いえ、そういう訳でも無いわ。実は全ての情報をダウンロードし切るまでは、死人は死人として扱われないの。後二時間以内に橋間言予と決着をつけ、もう一つ条件をクリヤーすれば扇妃達は蘇るわ」
「なにぃいいいいいい………ッ!」
イシュタル達が、蘇る?
あの彼女達が、皆、復活すると言うのか――?
「――マジか、それはッ? もし嘘だったらあんたの左胸を、フルパワーでブン殴るぞっ?」
「……予想以上の反響ね。ま、良いけど。そうよ。嘘は言っていない。だって私は子供が思い描く様なハッピーエンドを迎えたくてこの世界を生み出したんだもの。あらゆるバッドエンドを嘲笑う様な世界をつくり出すのが、私の目的。でも――ここからが本題なのだけど、実はこの世界に揺らぎが生じつつあるの」
「揺らぎ、ですって?」
ラーシュが眉をひそめる中、彼女は淡々と続けた。
「ええ。実は、この術は『歪曲者』のバックアップも受け初めて成し得る業なの。あのヒト、どの世界でもキロに狙われていたから、いい加減うんざりしていてね。そのキロを始末できるなら、という事で手を貸してもらった訳。でも――何があったか知らないけどその『歪曲者』の力は途中で途切れてしまってね。このままだと、この世界が完成するまで維持できるかわからないの。この問題を解決しない限り、下手をするとこの術は破綻しかねない。キロも復活して、全てが振り出しに戻るわ」
「マジでか……?」
「マジよ。で、ここからは私の希望的観測なのだけど、恐らく二瀬栞奈は完全なイレギュラーなの。この世界には、組み込まれる筈の無い存在よ。その彼女がこの世界にやって来た事も、この術を不安定にしている一要素だと思う。故に――私達の選択肢は二つ。第一に、彼女の記憶を取り戻してこの世界から離脱してもらう。第二に、彼女を殺して全てを無かった事にする。そのどちらかを成しえない限り――私の能力は消滅するわ」
この『葬世界師』の結論に、俺は些か辟易した。
「あのさ……それって結局、出だしに戻っただけじゃないか? あんたの正体を暴く前から俺達、その事に関しては散々議論してきたよな?」
「そうね。結局、見世派は栞奈の命を優先する事を選んだ様だけど。実を言うとね、私もそれが正しいと思う。というのも『歪曲者』の力が途切れたのと、彼女がこの世界に現れたのはほぼ同時期だから。即ちそれはラーシュの予想通り、彼女が『歪曲者』である事を示している。そんな彼女を殺せば、この術の施行は困難になると言わざるを得ないわ」
「それに関してはすこぶる同感だけど、じゃあなぜ栞奈の記憶を戻さなければならない? このままこの世界の外に、お暇してもらう事は出来ないのか?」
すると、彼女はハッキリ告げた。
「無理ね。だって私――この世界に誰かを出入りさせる事とか出来ないもの」
「……え? それは本気で言っている?」
「当然じゃない。私が実現できるのは、字壬君とその周囲のヒト達を存命させる事。それから君らがキロを倒したという私の妄想を、現実化させる事だけ。それ以外の事は何が起こるかわからないから、試す事さえ出来ないわ。けど――栞奈はそんな世界にやって来る事が出来た。恐らく記憶が分散する前なら、彼女はこの世界に侵入する術を知っていたのよ。故に彼女の記憶さえ戻れば、同じ方法でこの世界から離脱する事も可能な筈。そのとき世界はやっと私が心底願ってやまない――ハッピーエンドを向かえられるの」
「……成る程」
果たして、彼女が言っている事は本当か否か?
今こそイシュタルやヒルカの出番なのだが、彼女達が居ない以上、答えは一つだ。
「――わかった。俺はあんたの言う事を信じるよ。てか、あんたの言う通りじゃなかったら、余りに救いが無さすぎる」
現時点でイシュタルと扇妃さん、それにヒルカが逝っているという状況だ。
けど、彼女はそんな地獄の様な現実を覆せると言った。
なら、俺としてはその話に縋る他ない。いや……だからこそ罠になり得るとは思うが、今はヒルカ達の命を優先したい。
「そうね。最悪、実は私達が倒したキロを復活させる為に、この術は起動している可能性もある。でも、そういった可能性も考慮した上で、私もあなたのプランに乗るわ。というか仮にそうだったら、私と刻羽達でもう一度キロをブチのめすから、それで良い」
俺達がそう断言すると、彼女は今までとは趣の違う笑顔を浮かべてきた。
「なら、私は感謝するしかないわね。こんなにも容易く、私の言葉を信じてくれた貴方達に対しては。では、話はここまでという事で。というより制限時間は後二時間しかなく、しかも私はこれ以上貴方達と接する事は出来ない。次に会えるのは、この術が完成した時ね。と言う訳で必ずまた会いましょう、四人共。私がユメみた世界を――実現した後で」
「いや、それは違う」
俺は大きく首を横に振り、彼女は眉をひそめる。
俺は、見世字壬は、恥じらいも無く断言した。
「それは――〝俺達がユメ見た世界〟だ。どうかその事を、忘れないで欲しい」
この時、初めて彼女は驚きの表情を俺達に向けたのだ。
「……そう。そう、ね。やはり貴方は変わらないわ、字壬君。じゃあね、皆。貴方達が私を信じてくれた様に、私も貴方達を信じているから―――」
ついで俺達は白く染まっていた世界から、元の大宇宙に帰還する。
その頃には――既にあのもう一人の黒理刻羽の姿は無くなっていた。
◇
そして、俺は吼えた。
《うおおおおおおおおおお―――っ!》
扇妃さんやイシュタルやヒルカが――復活する!
扇妃さんやイシュタルやヒルカが――復活する!
もうご都合的だと言われてもかまわん! 今の俺にとっては、それだけが全てだ!
改めてそう決意を固めながら、俺はある事に気付いていた。
それは、なぜ宇宙の檻がこれほど強固なのか。
《……ああ。それは多分、地球を担当する『歪曲者』に何かあり、その代役を本体が熟しているから。本体の強すぎる力で空間遮断が行われているから、俺達は結界の中を窺い知る事ができない》
俺がそう推理すると、刻羽(本物だと思いたい)は首肯する。
《きっとアザミの言う通りでしょうね。そう考えると、やはりこの星の『歪曲者』に何かがあったのは、ほぼ確定的だわ。で、その『歪曲者』というのが、誰であるのかも》
当然の様に栞奈に視線を送りながら、刻羽は言い切る。
栞奈は困った様に、貌を曇らせた。
《でも、そう考えると、避けては通れない問題が生じるよね? だとしたら、それほど強大な存在を、誰が追い詰めたかという》
《だな。キロが消滅している今、一体誰が何の目的でそんな事を?》
動機や、事実関係さえも、今は謎だ。
けど、或いは、言予ならそれさえ知っている……?
いや、今はその言予達を倒すのが先決だろう。
五日あった俺達の猶予期間は、既に二時間にまで短縮されているのだから。
《問題は、どう攻めれば有利に戦況を進められるか。あいつ等が固まっている間は、隙なんて微塵も無いだろう。そのまま戦えば、被害も大きくなるばかりだ。あいつ等を分断して各個撃破していくのが理想的だけど、そう上手く良くか……?》
と、その時――地球の真上に居る俺達四人に思念波が届いてきた。
地球から送られてきたそのテレパシーは、声高にこう告げたのだ。
《あー、あー。聞こえている? 聞こえているわよね、見世派の皆? 私、橋間言予よ》
《――言予ッ? あいつ、俺達の居場所に気付いたっ?》
《いえ、正確には把握していない筈よ。これは私達が地球を監視していると読んだ上での、呼びかけだと思う》
刻羽が冷静な面持ちで、断言する。多分それは事実なので、俺も頷かざるを得ない。
《というか、仮に聞こえて無かったら、かなり悲惨な話ね。何せ私達は今、あなた達にとって人質になりそうなヒト達の身柄を押さえているから》
《……人質だと? 何ハッタリかましているんだ、あいつ?》
見世派の町民やバルゴ達は、安全な場所に転移済みだ。その状況で尚、あんな寝言をほざくと言う事は、ブラフ以外の何物でもない。俺がそう確信しかけた時、彼女は問うた。
《……というか、アザミ、水紗さんの事も転移した?》
《はっ?》
しまった。記城水紗。第五十九回ミス鴨鹿のクイーンで、見世派町保の予備役。
そんな目立った存在である彼女の事を、俺は今まで失念していたっ?
《まずい、まずい、まずい。完全にアイツの事を忘れていた! と言う事は当然、人質っていうのは水紗の事……?》
だとしたら――とんでもないミスだ。致命的と言える程のヘマを、俺はおかしてしまった!
が、そう絶望感に苛まれる最中、言予は思いがけない事を言い始める。
《ええ。このままいくと、扇妃さんとイシュタルさんとヒルカさんの『魂魄』が消滅するわ。後五分以内に、君達が揃って私達の前に現れない限り》
《ヒルカ達の、『魂魄』、を……?》
まさか、そんな事が? というか……水紗、言予達にさえ存在を忘れられている? もしそうならラッキーだが、それ以上に今の宣告は不吉過ぎた。
仮に俺に『魂魄』の知識が無ければ〝何言っていんだあのボケババア?〟で終わっていた。けど、今の〝神〟となった俺は知り得ている。この世には『魂魄』と言う物が、確かに存在していると。
物体には、それを形作る超極小のヒモが存在している。それ等は十一にも及ぶ別次元より、固有の振動情報を得る事で特定の事象となる。
重力や斥力が発生しているのも、この超極小のヒモが存在し、振動しているから。俺達は、そのヒモの振動情報を――『魂魄』と呼んでいる。即ち、俺達を俺達足らしめている、存在情報の様な物だ。これが無くなれば、当然の様に、俺達は存在できなくなる。多分だが、『葬世界師』が言っていた蘇生の範疇からも、外れる事になるだろう。
端的に言えば『魂魄』を消された時点で、ヒルカ達は、今度こそ完全に死ぬ―――。
《という事は、やはり『葬世界師』の言う通りね。橋間言予はここが亜世界で、まだ扇妃達が完全に死んだ訳じゃないと知っている。でなければ、あんな事は言いださない》
《刻羽の言う通り、だな。問題は俺達がこの脅迫にどう対応するか。やつ等の目的は恐らく、俺達の無条件降伏だ。〝ルール〟にあいつ等への絶対服従を誓う事が、向こうの狙いだろう》
加えて俺達には今、この最悪の状況を覆す手が無い。
今になって言予がミスを犯すとは思えないし、俺達ではやつを出し抜くのは無理だ。
俺達が考え付きそうな事は、大凡あいつも読み切っていて、対応策も巡らせている。
この戦況を覆す事が出来るとしたら、恐らく一人しか居ないだろう。
《……え? 私?》
俺とラーシュと刻羽が、揃って一人の少女に注目する。
その二瀬栞奈は、何とも言えない貌で俺達を見た。
《ええ。さっきも言った通り、今戦力になりそうなのは栞奈さんだけ。新参者であるアナタの思考だけは、橋間言予も読み切れない筈よ。勿論向こうもその事に気付いている筈だけど、あっちが栞奈さんの為人を知らないのも確か。今有効なのはアナタが思いついた策に乗るという事だけなの。ヘタなプレッシャーを与えたくはないけど、それが私達にとっての現実なのよ》
《……いや、いや、いや。ラーシュさん、それ十分プレッシャーだよ? 私のやり様一つでアナタ達やイシュタルさん達の命まで不味いって、それは無いよね……?》
ほぼ完全に怖気づきながら、栞奈は告げる。
当たり前と言えば、当たり前だ。何せ彼女には、過去と言うバックボーンが無い。自分が誰かも知らないニンゲンが、あの橋間言予を出し抜く策を思いつけと迫られている。
これほどの無茶ブリも、他に類をみないだろう。
けれど、俺達に代案が無いのも事実だ。今は栞奈の秘策、いや、奇策が上手く機能するのを願う他ない。
そう期待する中、栞奈はあからさまに嘆息する。その上で――彼女は要求した。
《……わかった、良いわ。じゃあ何とかしてみせるから、一つだけご褒美をちょうだい》
《ご褒美?》
思わず、首を傾げる。彼女は半ばヤケクソ気味に、こう言った。
《この作戦が上手く言ったら――見世君は私とつき合って》
《はっ? なに言っているんだ、オマエッ?》
全力で……驚愕する。今までそんな前振りは無かったから、俺の驚き様も半端ない。いや、自分で言っているのだから、これほど正確な情報もないだろう。
この俺の様子を一瞥した後、栞奈は苦笑いする。
《というのは、もちろん冗談で》
《おい……?》
コイツ、マジで状況わかっているのか?
いくら扇妃さん達が死んでいないっていっても、言って良い事と悪い事があるんだぞ?
《もし私の記憶が戻ってヒルカさん達が復活したらでいいわ。私も見世派に加えてくれる?》
《は、い? そんな事で良いのか?》
思いがけない事を言われ、眉をひそめる。
彼女は俺達から視線を逸らし、どこか照れくさそうに口を開く。
《ええ。そんな事で言いの。というのも私、何かもうずっと長い間友達と呼べるヒトが居なかった気がして。きっと長い間、果ての無い旅をしていたのね、私。でもそんな自分にウンザリしている部分もあって。そろそろ何処かに、根を下ろしたいと思っていたの。丁度そんな時だったわ。君達に出逢ったのは。見世君はどう思っているか知らないけど、私は確信している。イシュタルさん達は、きっと君の事を想って、見世字壬を裏切ったんだって》
《……ああ》
《そう、その通りよ。君にはどう足掻いても私を殺す事は、出来ない。例え期限である五日目を迎えようとも、絶対に。でも、その時が来たら誰かが必ず手を汚さなければならない。驚いた事にね、君以外の全員がその汚れ役を買って出たの。ともすれば無抵抗のニンゲンを殺さなければならないというこの上ない汚れ役に、全員が立候補した。その時思った物だわ。ああ、このヒトは本当に皆から愛されているんだなって。私とは真逆の人生を歩んできたんだって思ったら、今までの自分が少しバカみたいに思えて。〝過去の私〟より〝今の二瀬栞奈〟を優先してもいいかなって、心から思えたのよ。本当バカな話よね。私は彼女達に殺されかけた立場なのに》
《そう、だな。それが本気なら――オマエはバカなのかもしれない》
心底そう思いながら、それでも俺は続ける。
《でも、俺はそんなバカな二瀬栞奈の方が、良いと思う。俺は、栞奈の過去を何も知らないけど、今は心からそう思えるんだ。……って、これじゃあバカなのは俺も一緒だな》
《かもしれないわね。なら、そんな見世君にもう一つ、提案よ》
彼女が俺の耳元に口を近づける。
その上で微笑みながら、彼女は告げていた。
《よければ本当に、私も君の恋人候補になって上げても良いわよ?》
そして、誰かは言った。
その時の、彼女の冗談めかした笑顔を、自分は一生、忘れなかった、と。
そんな未来など知る由もなく、俺もただ溜息を洩らす事しか出来なかった。
《だから今はそんな冗談を言っている時じゃねえっての。本当にわかっているか、オマエ?》
《ええ、そうね。では、極めて勝ち目の薄い大博打といきましょうか? 私達の希望に溢れたハッピーエンドの為に――》
こうして数々の事を置き去りにして――第六次鴨鹿町大戦の最終幕は開こうとしていた。
6
俺達四人が地球に降り立ったのは、きっちり五分経った頃。
場所は、鴨鹿町。目前には、橋間派の連中。
橋間言予、シトラウゼ・ルーベン、ティナシュ・オルグ、ガアラ・ネブラ、観根羽お香という面々が、油断なく此方に視線を向ける。
先に口を開いたのは、言予の方だった。
「悪いけど、つまらない無駄話をする気は無いわ。では、決着といきましょうか。私達に従うと〝ルール〟に誓ってもらえるかしら? それでこのゲームも、終わりを迎えられる筈だから」
「で、その後は俺達に自害しろとでも命じるつもりか? そうなったら、イシュタル達はもう二度と蘇らないと俺達はわかっているって言うのに?」
目を怒らせながら詰問すると、言予は嬉々として反論する。
「いえ、そういう時間稼ぎはもういいの。君達は私の言う通りに動くだけで、全て丸く収まるから。というのも、このゲームは多分どちらかの派閥が全滅した時点で、死者は生き返る」
「な、に? じゃあ俺達が全滅しても、ヒルカ達は蘇る?」
「恐らくね。だからこそ、私は試してみたかったの。今の橋間派と見世派が殺し合えば、一体どうなるかを。この世界が普通では無いと気付いた時点で、私はその誘惑から逃れられなかった」
ちょっと、待て。こいつ、今、なんてほざいた?
それが、あの橋間言予が言う事か?
「……それだけの理由で、おまえは、俺達と殺し合った? だからそういう所が、俺の知っている橋間言予じゃないっていうんだ」
「かもしれないわ。普通なら所属する派閥こそ分かれているけど、身内も同然の鴨鹿町の住人同士で殺し合わない。つまり、君達に記憶の欠落がある様に、どうも私さえ今は正気でないのかも。故に今の私は、こうする事さえ躊躇を持たない」
言予が手にしたナニカを握りつぶそうと、力を込める。
それを見て、俺は絶叫する様に叫んでいた。
「――止めろっ! ……わかった。人質なんて橋間言予には似合わないしみったれた手だが、確かに俺達には有効だ。仮に俺達が死んでも、また生き返れるって言うなら、是非もねえ。おまえの望み通りにしてやるさ」
息を大きく吸い込み、それを言葉に変えて、吐き出そうとする。
自分達の〝ルール〟に橋間派に絶対服従という項目を加えようとした。
その時点で、俺達はその通りに動くしかなくなる。
つはりは――これで見世派の敗けだ。
俺達は橋間言予の策を見抜けなかった時点で――やつに敗れ去った。
「ほ、う?」
そう。誰もがソウ確信した時――地中から五つの腕が飛び出て、言予等の足を掴む。
そのまま俺とラーシュは――転移を発動。扇妃さん達の『魂魄』は地球にとどめ、ニンゲンだけを別の星に移動させる。五人を五人共別の惑星に飛ばし、ヒルカ達の『魂魄』の確保と、橋間派の分断を図る。
同時に俺達四人はシトラウゼが居る惑星に転移し、やつと対峙した。
「成る程。そういう事ですか。字壬君は自分の腕を事前に切断し、再生した後もそれを五回繰り返した。それを地面に潜り込ませ、隙を見て私達を別々にとらえた。その腕を媒介に転移を発動し、こうして橋間派を分断してみせたと?」
「そういう事だな。ぶっちゃけ、普通の人間にはなんの参考にもならない〝神〟だから出来る手だ。そう言った意味じゃ下策なんだろうが、驚くなよ。これを思いついたのは、まだ記憶さえ戻ってない――この二瀬栞奈なんだぜ」
が、驚くかと思ったシトラウゼは、しれっとした貌で首肯する。
「でしょうね。君達とつき合いが長い言予なら、君達の思考は大体読める。仮に不確定要素があるとすれば、それはその彼女だけ。なら私としては見事だと称賛する他ない。で、もちろん君達は、今から四人がかりで私を葬るつもりなんですよね?」
「……だな。見世派が誰の犠牲も出さず、橋間派に勝利するにはそれしかない」
要するに人質と言うせこい策を用いた言予と、同じ様な手を使っている俺は大差ない。
どちらも効率よく敵を倒そうとしている点においては、間違いなく俺と言予は同類だ。
「けど言予が言っていた、どちらかの派閥が全滅したら云々の話がデマの可能性もある。もしそうなら最悪の状況なんで、こっちも容赦をしている余裕はない。だからせめて恨んでくれ、シトラウゼ・ルーベン。見世派全員で――あんたを倒そうとしている卑劣な俺を」
「……いえ、あの、この作戦考えたの、私なんだけど? それってやっぱり、私は卑怯者って事かな……?」
だが、今はこの栞奈の訴えはスルー。俺と刻羽とラーシュは臨戦態勢をとり、三人がかりでシトラウゼを討とうとする。栞奈の策は見事に成功し、後は別々の星に飛ばされた橋間派を各個撃破していけばいいだけ。
そう奥歯を噛み締めた時、あの橋間言予の声が脳裏に響く。
《そうね。確かにこれは、見事な手だわ。では私も返礼に、少しだけ良い物を見せましょう。あなた達はお香の能力が、『種別』である事を知っているわよね? 字壬クンは昔、お香と戦った事がある訳だし。けどこの能力は本来敵と味方を分断する為に使われていた術なの。なら一体どうなると思う?》
そうか。そう来たか。だが俺はその理屈の穴を、淡々とついていた。
《仮にそうだとしても、無駄だぜ。お香さんには全宇宙を能力範囲に収めるだけの力は無い。宇宙の端に分断したお香さんでは、その能力はここまで届かない》
俺は、ハッキリと言い切る。だが――彼女は続けた。
《ええ。お香には、無理でしょうね。でも、仮に私の能力が、それを補う物だとしたら? 私の能力が『全ての暴力の歴史を具現する』物だとしたら、どうなるかしら?》
《な、に……?》
現に、ソレは起こった。左半身の皮が向け、『融合型現象媒介』を露わにする言予の姿が頭の中を過ぎる。ニンゲンの形をしたソレが、レベル六に相当する物だとしたら確かに不味い。
レベル六の力は術者に未来の情報を提供する。この場合、言予が得た未来の情報とは宇宙さえ消せるようになったお香さんの力だ。この宇宙全域を網羅する程の力を持った――『種別』だろう。
故にこの瞬間、俺達四人も分断される。ラーシュはこの場に留まり、刻羽はティナシュのもとへ、栞奈はガアラのもとへ飛ばされ、俺の前には――かの橋間言予が居た。
「ようこそ――見世字壬クン。此処こそ――紛れもなく君の死地よ」
「く……っ!」
即ち、ラーシュ対シトラウゼ、刻羽対ティナシュ、栞奈対ガアラ、そして見世字壬対橋間言予と言う事。
というか……栞奈がガアラと戦う羽目になっている?
そう理解した時点で、俺は思わず卒倒しそうになっていた――。
◇
両者が向かい合っていたのは、一瞬の事。
黒理刻羽とティナシュ・オルグは、対峙した時点で互いの力量を読み取る。
その上で刻羽は己の敗北を察知し『頂成帰結』を為したティナシュは自身の勝利を確信した。
(……レベルが違う。何者かは知らないけど、正に歴史に名を残すだけの怪物。ヒトの姿を装った――真正のケモノだわ)
実際、ティナシュが放った最初の一撃で、刻羽達が居る宇宙は全壊する。一度に十もの宇宙を消滅させ、帯の様な布だけで局部を隠す矮躯の少年は喜悦した。
(恐らく姉様と同じ年齢に達していれば、オデとも互角に戦える潜在能力の持ち主ゲス。それだけの凄惨なナニカを、彼女は潜り抜けている。それはオデの毛が、ビンビンに逆立っている事が証明しているでゲス。けれど、間が悪かったゲスな。今の〝メディス・メディナ〟では――オデには勝てないゲス)
だが、その看破とは裏腹に、黒理刻羽は生き残る。
空間がガラスの様に砕け散るが、彼女の周辺だけは異常がない。
この超常を前に、ティナシュは喜々とする。
(青い翼が生え、髪も青くなった? あれが彼女の『媒介化』でゲスか?)
彼の読みに、誤りはない。
現に刻羽の背中にはヒト型をした『原象媒介』が這い出て、ただならぬ力場を発する。その数億にも及ぶ青い羽根を、彼女はティナシュに向かって撃ち放つ。
この言語を絶する呪いを前に、彼はもう一度、嘲笑した。
その直後――刻羽はその異常に気付く。
(……まさか。私の『痛界』を――『のみ込んだ』?)
これでも、刻羽は自分の能力に絶対的な信頼を寄せている。この能力を得る為に、それだけの過程を辿って来たと言う自負がある。
けれど、その全てをティナシュ・オルグという怪物は食い尽くす。
ヒトでは決して不可能な真似を、彼は平然と熟していた。
(悪いが、当然でゲス。何故ならオデの正体は――神獣皇グリムクテ。己が内に数億にも及ぶ世界を内包するケモノ達の神。例え〝メディス・メディナ〟の『痛界』と言えど、世界がそれを許容したなら、オデには通用しない。オデに通用する術は、この世界そのものを否定し切る能力のみ。果たしてそれだけの力が――あんたにあるゲスか?)
(なら!)
途端、刻羽は秘技を披露する。
この宇宙はビッグバンから百億分の一秒後、千兆度の高温に包まれていた。そして彼女は自分が受けた痛みを、現実世界で再現する。
故に刻羽は自分の周囲一億キロを――千兆度に及ぶ灼熱に変える。この世界で生き残る事が出来るのは、その痛みを味わった事がある自分のみ。
刻羽はそう願いながら彼方を見据え――ソレは嗤う。
《な、に……?》
並みの『異端者』なら、千兆人がかりでも自分に傷一つ負わせられまい。今の一撃で間違いなく全滅している筈。
だが、あろう事かティナシュ――いや、神獣皇グリムクテはその世界を上書きする。
『自分の世界で上書き』し、何も無かった事にしていた。
(今の業を、無力化する? やはり、真正の怪物。……こんなのを相手に勝てと? どこまで無茶ブリをかましてくれるのよ――アザミとラーシュは)
(ほ、う? 今のを防がれ、なお笑うと? どこまでメンタル強いんでゲスか、このヒト?)
が、精神論だけで彼を降すのは、余りに困難だろう。
何故なら彼はこれでも、齢数万歳を超える。地球に初めて『歪曲者』が降り立った時、その姿を見た事で超常に至ったのが彼だ。
故にそれは原初のケモノであり、大陸や空間さえのみ込んできた怪物である。
『悪食』という概念を纏う、地球でも指折りの存在だ。
丹来兆卯やザンジム・ペソ、シトラウゼ・ルーベンにガアラ・ネブラを自身の空間に取り込んだのも、彼。
彼は、かの四人を百数十年間行方不明にし、地獄の様なサバイバル生活に追い込んだ。
それはただの余興だったが、彼にも一つ誤算が生じる。
(そうゲスな。まさかシトラウゼ司祭やガアラ君があれほど強くなるとは思わなかったゲス。故に哀れでゲスよ、見世派は。あんな二人とも、戦わなくてはならないというのだから)
彼の計算では、見世派に勝ち目と言う物は、皆無だ。
あの二人に加え、必ず橋間言予が要因となり、見世派は敗北する。仮にここで自分が敗れたとしても、それは変わらない。
だが、そんな万が一になど目もくれず、ティナシュは空間自体が内包するエネルギーを解放する。摂氏一グーゴルプレックス度にも及ぶ高熱を発する。
(くッッッ!)
これを前に、刻羽は今度こそ、自身の死を直感した。
強く奥歯を噛み締めた時、彼女は思った。
(皆がハッピーエンドを迎えられる、世界、か。そうね。だから、私は今も生きているんだ)
彼女の想定では自分はキロと戦った時、最高と最悪の両端とも言える展開を迎える筈。だというのに、彼女は今もこうして笑って生きている。決して口には出来ない恋慕を胸に秘め、あの少年と日々友情を育んでいた。
それがどれほど尊い未来か、彼女は良く知っている。自分がどれほど渇望した世界か、彼女はわかっていた。
それは、或いは、奇跡とも言える毎日だ。自分一人では、絶対に迎えられなかった終焉の形である。そう想った時――彼女は心からあの少女に感謝した。
(そうね。今は、アイツの傍に居られるだけで十分。だから、ちゃんとお礼くらい言いたいんだから、名前くらい教えてよね――『葬世界師』)
全てが白く染まる一瞬、彼女はそう願い――笑みを浮かべながら消滅していく。それを見届け、自身の勝利を確信したティナシュが背を向ける。何とか仲間の位置を特定し、援軍に向かおうとした時、彼は気付いた。
髪が白く染まった黒理刻羽が――その場に佇む様を。
《まさ、か?》
《これが――〝モード・スタージャ〟です。ええ、とくと見て下さい、神獣皇グリムクテ。これこそ――『痛界帝女』黒理刻羽の奥の手ですから》
《自身が受けてきたダメージエネルギーを己の躰に還元して〝神〟レベルに上り詰めた……? それがあんたの奥義でゲスか、黒理刻羽――?》
《フ――っ!》
が、その問いには答えず、白い髪をした死神が跳躍する。拳を放っただけで、彼女は一度に十もの宇宙を消し飛ばす。
空間そのものの強度を高め、それを何とか受け切りながらティナシュも突撃する。互に十の一グーゴルプレックス乗光年×五億もの巨人を纏い、それを五十メートルにまで圧縮する。
ここに攻防力を極限まで高めた両者は衝突し、その度に世界が消えていく。
《やはりオデにはわからないゲスな! なぜそこまで生に執着するんでゲスか――あんたは? あんたにあるのはきっと地獄の様な過去だけで、それ以外は何もない筈ゲス! それでなお戦う理由は何? もういっそ――楽になりたいと思った事は、ないんでゲスか?》
《つらない事を訊くんですね、あなたともあろう者が。そんなのあるに決まっています。でもそれでも、あのヒト達は私が間違いを犯す前に、そのあり方を正してくれた。私が最悪の人類になるのを、その身を挺して覆したんです。私は、それがどれほどの奇跡か良く知っている。どれだけの痛みと犠牲を伴った愚行だと、良くわかっている。なら、いま私が躰を張らずいつ張れと言うんですか――?》
《とどのつまりは、あざみ君の為ゲスか? 全く揃いも揃って、一人の男にうつつを抜かすとは! 所詮あんたも、ただの女という事ゲスか!》
が、黒理刻羽は心底からナニカを言おうとし、その前にそれは来た。
《く……ッ?》
神獣皇グリムクテは、この世界そのものを十次元化する。生物では何者も存在できない真世界へと変化させる。
ならば、詰みだ。さすがの黒理刻羽も、万物全てが否定されたこの痛みは経験していない。
ティナシュはそう確信し、そして、彼は驚愕した。
《ええ、そう。あなたは一つ、誤解しています》
《よもや、十次元化した世界そのものを〝相殺〟してッ?》
白い髪をした少女が、眼鏡をとる。結わえていた髪を解き、後ろに流しながら彼女は前進する。
その絶世の美貌に見蕩れながらティナシュはただ眼を開き、彼女は謳う。
《ええ、そう。私、アザミことなんて――大嫌いよ》
《な……っ?》
その言葉が意味する所を、グリムクテは知らない。彼女は、ただ笑顔でそう言い切るのみ。
しかし、この圧倒的な迄の潔さを見て、彼は初めて後退する。いや、後退しかけ、彼女のその様を見たティナシュは初めて怖気を覚えながら吼えた。
《おおおおおおおおお! 黒理刻羽ッッッ!》
《フ――っ! ティナシュ・オルグっっっ!》
ティナシュは世界の十次元化を継続し、刻羽はそれを〝相殺〟しながら拳を振り上げる。
いや、その手には確かに白い剣が握られていて、その瞬間、全ては終わった。
(なぜ、ここまでオデの術に耐えられる……? そう、か。オデは、万物を蹂躙する快楽しか知らない。でも、彼女は違う――?)
《そう。私は、あなたが知らない痛みの結晶。この世界全ての痛みをこの身に受け続けた宇宙でも類を見ない悪夢の一人。その私が敵一人を屠れずに、終わる訳がないでしょう――?》
それは―――イシュタルや扇妃が当然の様に行ってきた事。
ならば、この自分がどうして誰も打ち倒せず逝くことが出来ようか? その想いと共に発せられた袈裟切りは――事もなくティナシュの躰を両断する。
《ぎッッッッ?》
《は――っ!》
同時に、刻羽の躰も消滅を始める。その最中、両者は告げた。
《……そう。そうでゲスか。あんたはその大嘘を最期まで貫き通すつもり、何でゲスね? そんな大バカは、姉様くらいだと思っていたでゲスよ……暗黒聖女――黒理刻羽》
《そうですね。私は本当にただの嘘つき。でも、その嘘をつき続ける限りきっと誰も何も失わないで済む。なら――それがどれだけ過酷な選択でも、私がとるべき道は一つです》
ティナシュが哀れむ様に、問う。刻羽は、とびっきりの笑顔でそれに答える。
その笑顔を見た時、彼は初めて自身の敗北を認め、ただ遠くを眺めて落命する。
彼女も微笑んだまま自身の躰の崩壊を認め、ここに両雄の戦いは決着したのだ―――。
◇
その少し前、ラーシュ・ラーマは確かに見た。
(な……っ?)
今まで筋肉質だったシトラウゼの姿が――変化する。
彼女は限界まで膨張させていた筋肉を、標準レベルまで収縮する。肩まで伸びた菫色の髪をなびかせ、仮面をとる。
そこにあったのは、妙齢の女性の貌だ。その彼女の美貌は、恐らく千人が千人とも、美しいと評するに違いない。
この余りの変化に、ラーシュは息を呑み、思わず問うた。
「……というか、女性だったのね、あなた?」
「ええ。よく間違えられるんですよ、私」
微笑みながら、告げる。
ついで――シトラウゼの『頂成帰結』が起きる。
それだけで宇宙が一つ消え、ラーシュは周囲の空間を硬化させ耐え忍ぶ。
見れば、目前には貌こそ変わっていないが、黒いドレスを身に纏う絶世の美女が居た。
ならば、ラーシュとて遠慮はしていられない。彼女も『頂成帰結』を為し、二人は同時に〈被気功〉を纏う。十の一グーゴルプレックス乗光年×五億規模の巨人を、五十メートルにまで圧縮する。
両者は完全な臨戦態勢をとり、髪を後ろで纏めたラーシュは一つだけ疑問をぶつけた。
《ちょっと解せないわね。それだけの戦闘力を持って、なお橋間言予に仕える? あなた程のヒトが、何で誰かの風下に立つ様な真似をしているの?》
刀化させた〝スタージャ・メルト〟を振り下ろしながら、ラーシュは目を細める。
それを避けながら、美貌の自称司祭は答えた。
《それは当然でしょう。司祭とは、絶えずナニカに仕える物。この場合は最も神に近い存在に従っているだけの事です。見た所、今は橋間言予が私の理想に近いから。ですがそうですね。確かあなたも――〝神〟と銘打つだけの力を持っているんでした》
《くっ?》
その司祭の目を見た途端、ラーシュは言い知れぬ怖気を覚える。
まるで自分を値踏みする様なこの視線に、ラーシュは素直な悪寒を感じたのだ。
或いは、それも当然か。
前述の通り、キロ・クレアブルという暴君は〝神〟を求めた。彼女は実存する〝神〟に世界の支配権を譲渡し、悠久の平和をつくりだそうとしたのだ。
だが最初にその構想を抱いたのは、キロでは無い。いや、キロとは元々、ある多重人格者が内包する人格の一つに過ぎなかった。
その主人格とも言える存在の名は――エルカリス・クレアブル。
彼こそ真っ先に〝実存する神〟を求め、世界を放浪した『異端者』だった。その旅は数世紀にも及び、或るとき彼は自身の人格の一人に提案をされる事になる。
〝このまま神が見つからないなら――いっそ自分でつくってしまえば良い〟と。
けどそれを聴いた彼は、何故か彼女を自分の躰から追い出した。肉体を与え、自身の躰から追放し、完全な他人として扱ったのだ。
その理由を、彼女は未だに知らない。いや、恐らく生涯知る事は無いだろう。
エルカリスが没した今となっては、ソレは永遠に謎だ。
《でも、私は間違ってはいなかった。現にあなたはつくられた者で、その過程を得られなければ生み出される事はなかったのだから》
《そう、か。あなたは元々エルカリス・クレアブルの一部。つまりあなたの本当の名は――シトラウゼ・クレアブル?》
《正解です。私は、決して自身を〝神〟だと認めなかった一群の一人。自分以外の誰かに期待し、死ぬまでその姿勢を貫き通した愚かな一族の生き残りです》
再び微笑みながら、シトラウゼが謳う。
その間にもラーシュとシトラウゼのあいだには拳と拳――蹴りと蹴りの応酬が継続する。二人は互いの敵を滅ぼす為、ただひたすら暴力の嵐を巻き起こす。
その最中、彼女は続けた。
《故に私は自身の立場を司祭に留めるしかない。エルカリス達だけでなく私自身も〝神〟と呼べる存在だとはとても思えないから。ただひたすら〝ソレ〟に仕える存在でしかないんです。ですが、果たしてあなたにその資格がありますか――ラーシュ・ラーマ?》
《さあ、ね。少なくとも、私は自分が〝神〟だなんて自覚した事は一度もない》
そうだ。そんな事、ある筈もない。ヒトを生き返らせる事さえ出来ない自分が、どうしてそんな自覚を持てる?
扇妃やイシュタルと同じ様に、恐らくティナシュと相打ちになるであろう刻羽の姿を脳裏に掠めるこの自分が〝神〟である訳がない。
(ええ、そう。彼女にとってアザミ君が英雄であるなら、私にとっては彼女こそ誇り。彼女に関われた事こそ、私の人生で最も実りある事だった)
いつ怪物になってもいい過程を得ながら、それでも誰より鮮烈な人生を歩む彼女。黒理刻羽になら、殺されても良いとさえラーシュは思っている。いや、厄介な事に、それはあの少年に対しても抱いている感情でもあった。
(けど、それはそれだけの事。今は何としても、ヒルカさんの無念を晴らさないと――)
ただ一人敵を討ち漏らした彼女の事を想い、ラーシュは奥歯を噛み締める。
それが、どれほど未練を遺す結末か容易に想像がつく彼女は、だから容赦という物を知らない。
(そ、う。私はきっと、『死界』でヒルカさんの様な最期を迎えた事がある。何も遺せず、誰も守れず、ただ殺されるしかなかった、あの死ぬより苦しい最期を私は知っている)
あのヒルカは、きっとそんな想いで死んでいった。絶望以外の何物でもない最期を、彼女は遂げるしかなかった。
故にラーシュは、シトラウゼの攻撃に書き変えを行う。
威力を零にし、自分の攻撃を加速させる。
だが、その前に、それは来た。
《な……ッ?》
シトラウゼに対して放った書き変えが、発動しない。
それどころか、彼女に触れた瞬間、明らかにラーシュの戦闘力は激減する。
この異常を感じ取った時、彼女は初めて自称司祭の能力を看破した。
《……『反転』ッ? 『強者を弱者に、有を無に返還する』能力っ?》
《それも――正解》
ならば、今シトラウゼの一撃を食らえば、その時点で自分は終わる。ラーシュはそう直感し――現にシトラウゼの拳は彼女の頭蓋骨を破壊するため接近する。
いや、確かにシトラウゼの拳はラーシュの額を決まったが、彼女は眉をひそめた。
(あの一瞬で、再度元の自分に戻る様、己を書き変えた? 私の拳が彼女を破壊しきれなかったのは、その為?)
拳をひきながら、シトラウゼは冷静に現状を分析する。
ラーシュは次の瞬間、字壬が陥っていた状況を思い出す。
(そう、か。『記憶の逆は、忘却』。アザミ君が彼女の能力を忘れていたのは、その為。ならばこういうのはどう?)
ラーシュが自身の頭部に〝力〟を注ぐ。
自身の脳さえ書き変え、シトラウゼの『反転』を防ぐ。
(けどそれであなたの能力は、何割かは削れる)
《くッ?》
事実、ラーシュの反応速度が僅かに低下する。その間隙を衝いて、シトラウゼの蹴りがラーシュに伸びる。これを紙一重でガードしながら、彼女は大きく息を吐いた。
(戦法を変えてきたっ? 力を大きく削られる事はなくなったけど、その分、持続力がアップしている! 力を戻す前に次の攻撃が来て、また力を削られていく! それを何度も繰り返し私の力を零にするのが、彼女の目的っ?)
《多分、それも正解》
(つ……っ!)
胸裏で戦慄しながら、ラーシュはまたも奥歯を噛み締める。
今、改めて敵の強大さを実感し、彼女は眉根を歪めた。
(恐らくただの『異端者』では、彼女の『オーラ』に触れた瞬間、消滅する。ここが隔離空間でなかったら、九割以上の生命体が死に絶えていた。それだけの力と、自分の能力を知り抜いた存在。これが今――私が戦っている大敵!)
《いえ、この程度で驚かれては困るのですが? 私が一度に『反転』できる事象の数は――一グーゴルプレックス個ですから》
《な、は――ッ?》
故にシトラウゼ・クレアブルは『反転』する。
『強を弱』に『速を鈍』に『集中を分散』に『無重力を超重力』に『有を無』に。
その他、ありとあらゆる事象を、自身が有利になるよう、反転し尽くす。
ラーシュが今、生き残っているのは、その全ての攻撃を書き変えられるから。
逆を言えば、一つでもとり逃せば、命取りになりかねない。
そう直感しながら、ラーシュは、この場から後退しそうになる。
だが、一歩下がろうとした時――彼女は確かに幻視した。
『いえ、駄目よ――ラーシュ。私がお香に負けたのは、最期まで腰砕けになった所為なんだから』
《……ああ》
声が、聞こえた。それは、ありえる筈のない声。でも、確かに聞き覚えがあるアノ彼女の声だ。
その呼びかけに応え、この時、ラーシュ・ラーマの意識は確かに爆ぜたのだ。
《確かに、あなたは圧倒的に強い――シトラウゼ・クレアブル》
《ほう?》
《でも、今こそ私も言うわ。所詮『司祭』では――〝神〟に勝てないと》
《――面白い冗談です》
実際、シトラウゼが一度に発する事ができる能力量は、次元違いだ。
今のラーシュでは、その全てを書き変えるだけで精一杯だろう。
だが――仮に彼女もまた人格を増やせるとしたら? 自身をも書き変え、ソフトという自我の量を一億個にも増幅し、それらを並列したらどうなるか?
この圧倒的な現象が、シトラウゼの眼前に広がった。
《こちらの能力範囲を――上回る能力行使! けど、果たして何時までもちますか? 今のあなたでは、その術こそ命とりの筈! このままではただの犬死で終わりますが、それがあなたの限界――?》
黄金に輝きながら、ラーシュとシトラウゼはハッキングを繰り返す。
司祭はラーシュのあらゆる事象を反転させ――〝神〟はそれら全てを書き変え続ける。
この果ての無い戦いに変化をもたらしたのは、シトラウゼの方だった。
(では、こちらも奥の手。全ての演算をただ一つの事象に集中する。即ち『存在を消滅』と)
ならば、詰みだ。この時点で、確かに決着はついた。
当然の様に彼女の、勝利と言う形で幕を閉じる。
《ええ。冗談――》
《な……っ?》
《私はこれ以上、人格を増やせないと言った覚えは無いぃいいい―――ッ!》
それは正に、限界を超えた能力行使だ。あの少女の無念を晴らし、自身の結末を変える最強の一手。それはあろう事かシトラウゼの『反転』を書き変え、彼女は渾身の一撃を放つ。
それは確かに――シトラウゼの躰を貫き、彼女は眼下の少女を見た。
《……相打ち覚悟の、無謀な策ですか。やはり私は、そんな未熟者を〝神〟と崇められそうもありません、ね》
《……そうね。やっぱり私はどこまで行っても、ラーシュ・ラーマだわ。でも私は確信している。後はアザミ君達が何とかしてくれるから、私はこうして安心して逝けるって》
その絶対的な信頼を前に、司祭はもう一度だけ笑った。
《そ、う。確かに貴女は、私が認めた〝神〟では無かった。けどそれでもどうしようもなく、見世字壬の友人なのね? 私も、わかった気がする。エルカリスは自分が失敗した時の為に、私を遺したんだって。彼は私が思っていた以上に――私を信じていてくれた》
それが――最期。
躰を貫かれたシトラウゼはそのまま息絶え、脳を酷使し過ぎたラーシュも思考が停止する。
その間際、彼女はもう一度だけその声を聞いていた。
『うん。ありがとう、ラーシュ。これで、私も安心して、逝ける』
《いえ、これもすべて、貴女の叱咤があったからよ。こちらこそありがとう――ヒルカ》
司祭と〝神〟の殺し合いは、生者を吐き出さぬまま終わりを告げたのだ―――。
◇
その少し前。
二瀬栞奈がガアラ・ネブラとタイマン状態という事実が、字壬から一切の余裕を剥奪する。
彼はかの皇と会話する間も惜しんで、一気に全力を出し切っていた。
《『頂成帰結』……!》
瞬間、字壬の白い髪は赤く染まり、装束も戦闘用の物に切り替わる。十の一グーゴルプレックス乗光年×五億規模の〝オーラ〟を五十メートルにまで圧縮する。そのまま彼は一秒でもはやく決着をつける為、用いる戦力の全てを投入した。
見世字壬は〝自分以外で最も『強制力』が高いニンゲンの躰が破裂する〟よう、物理法則を書き変える。
ならば、これで終わりだ。橋間言予ほどの力の持ちなら、間違いなくこの条件に該当する。
現に彼女の躰は破裂しかけ――そして言予はその事実を嗤った。
《な、に?》
異形だった言予の姿が、変わる。
だが、それは『頂成帰結』ではない。
彼女は己の左半身に融合している、レベル六の『原象媒介』を一点に集約する。
その瞬間――言予の額には一個の『目』が出現していた。
同時に、字壬がつくり出した力場が全て消えていく。
(……何を、した? まさか『死界』の中にも〝神〟になった俺が居るッ? その力を引っ張り出して、俺の業を相殺したと――?)
が、かの皇――橋間言予は首を横に振る。
《いえ、残念ながらどの『死界』にも、君が〝神〟になったケースはない。笑える事に今の君はどの『死界』の見世字壬をも超えた存在よ。故に私の『蹂躙』も、君相手にはほとんど意味を成さないわ》
《なら、何故? まさ、か?》
《そう。〝神〟レベルのニンゲンなら、もう一人居るでしょう? 今、この『目』が捉えているのは――その人物。私は――ラーシュ・ラーマの現世と『死界』全ての力を掌握し、その力を自在に引き出せる》
それこそが――橋間言予の能力。
彼女は、『自分と敵対する全てのニンゲンの暴力の歴史を再現』する。生まれてから死ぬまでの全ての暴力の歴史を、一度に吐き出す事さえ可能だ。
それも、今の言予は融合型の現象媒介を使い、レベル六の力を具現している。
よって、彼女の能力範囲は〝全宇宙〟および〝全『死界』の過去と現在と未来〟だ。
それらの世界で誰かが行ってきた暴力の歴史を、言予は自身の物にしている。
そう悟った時――字壬は思わず奥歯を強く噛み締めた。
(マジかッ? つまり今のこいつは、ラーシュが発してきた全ての業を一度に使う事さえ可能っ? 七十兆もある、『死界』の全ての暴力を思うがままだとッ? こんな化物と互角にやりあったっていうのか、鹿摩帝寧は……っ?)
しかも、彼女はまだ『頂成帰結』さえ為していない。
そう気付いた時、彼は初めて彼女が何者か理解した。
(正に――皇。鴨鹿町に君臨する――皇の中の皇。それが、あの女の正体――!)
ならばとばかりに字壬は〝強制力を発する存在は消滅する〟と物理法則を書き変える。
が、それさえ言予は相殺し、気が付けば字壬の側頭部には誰かの拳が迫る。
しかもそれは一つに収まらず、数億にも及んでいた。
ラーシュ・ラーマの拳の弾幕は――当然の様に字壬に着弾し、彼の躰を吹き飛ばす。
彼が死に至っていた筈のその業を防げたのは、咄嗟に同じ数の拳を放ったから。いや、正確には急所の防御は成功したが、それ以外の部位は確実に破壊されていた。
故に、字壬の意識は赤く点滅する。血反吐を吐きながら、彼方へと飛ばされる。
それでも彼は自身の躰を〝健常時〟に書き変え、表面上の傷は修復させる。いや、彼が復調する前に、言予は更なる追撃をかけていた。
幾重にも重ね掛けをして〝この場に居る敵は死滅する〟と物理法則を改竄する。
それら全てを字壬も相殺するが、彼の脳は今の時点で沸騰寸前だった。
(ソフトを一億にまで増やして対応しなきゃ一瞬で殺されるだろう相手! 正に化物中の化物! 唯一の救いは、流石のやつも一度使った暴力は再施行出来ない事! もし出来るなら、一気にすべての暴力を具現し俺の命を奪いにきている! けどやつはラーシュの暴力を全て使い切ったら、劣勢に追い込まれる事を知っている! だから、安易にその手は使わない! 俺の奥の手や刻羽達を警戒し、力を温存している!)
ここまでの考えは、正しい。
確かに言予は、まだラーシュの力を全て使い切る気は無い。何故なら彼女の敵は、決して字壬一人ではないから。
見世派はまだ彼に加え、ラーシュに刻羽、それに二瀬栞奈が健在である。
その全員を一人で打破するつもりである彼女は、未だ力を出し惜しんでいる。
最悪の戦況も視野に入れ、彼女は行動していた。
(でも、そろそろ字壬クンを倒しておくべきかしら? ここは、シトラウゼ司祭達の力量を信じるべきか?)
言予の計算では、最低でもシトラウゼ達はラーシュ達と引き分けるだけの力はある。仮にこれが正しいなら、自分が力を温存している意味はなくなる。
だが、言予にはどうしても拭い切れない不確定要素があった。
(――二瀬栞奈。果たしてあの彼女は、どれほどの力を持っているか? それによって戦況はかなり変わる)
何せ、言予にとっても彼女の力は完全に未知数だ。仮に彼女が『歪曲者』なら、一体どれだけの暴威を振るうか? 橋間言予でさえ、とても想像しきれない。
(それでも私にはあのガアラさんが敗れる姿が、想像できないのだけど)
この適評を胸に、彼女は決断を下す。言予は、今より強い攻撃を試してみる事にした。
(不味い! ヒルカ達の『魂魄』を捕えたと言う事は、つまりあいつはそういう事かっ?)
字壬の読みは正しい。橋間言予は――二つの力を極めている。
一つはその〈精神昇華〉で、もう一つは――『魂魄』を操る能力である。
彼女は自身を一グーゴルプレックス分の一まで薄めた状態で、全宇宙の魂魄情報を操れる。平たく言えば、重力の存在情報を斥力のソレに変え、ヒトの存在情報さえ改竄が可能なのだ。
故に彼女は〝自分の周囲に居る者は死滅する〟と物理法則を書き変え更にこう命じた。
《――【いい加減、死んでいいのよ、字壬クン】――》
《ぎぃいいぃ……っ!》
物理法則の書き変えと――『魂魄』の改竄の合わせ業。
それは言予も試した事が無い、他に類を見ない超能力だ―――。
ならば――彼とて奥の手を以て対応する以外ないではないか。
《悪いがッ、俺はッッ、まだッッッ、死ねないぃいい――ッ!》
見世字壬が裂帛の気迫と共に、言い放つ。瞬間、彼女は理解した。
《成る程。それがこの世界の、君の力?》
字壬の能力。それは『ダメージを受ければ受ける程、戦闘力が増していく』という物。
よって、彼の跳ね上がった戦闘力は、容易とはいかずとも、辛うじて言予の業を相殺する。
それで右腕の肉がさけたが、彼の戦意はとどまる所を知らなかった。
《……そう、だ。ガキの頃、既に言っておいた筈だろう? 俺は二度と、おまえにあんな真似は、させないって――っ!》
《あんな事? それは――峯緒の事かしら?》
花芽実峯緒。
それは嘗て橋間派の町保が、仕事中、両親を死なせてしまった少女だ。その代償とばかりに言予は彼女を引き取った。〝一人前になるまでは〟と、峯緒は決して橋間の姓を名乗らなかったが、言予は彼女を娘として扱った。
実の娘とは折り合いが悪かった為か、言予は真っ直ぐな心の持ち主である峯緒を猫可愛がりしたものだ。
少なくとも、字壬はそんな二人しか知らない。言予がちょっかいを出してくる度に、照れ臭そうにしていた峯緒の姿しか覚えていない。
彼にとって彼女は近所に住む本当に良いお姉さんで、それ以外の何者でも無かった。
だから、幼い彼は疑いもしなかったのだ。あんなに良いヒトなんだから、その幸せはずっと変わらない、と。きっと幸せな家庭を築いて、幸せなまま亡くなっていくに違いないと、彼は信じて疑わなかった。
(ああ。そう、だ。本当に、なんて、愚かな、勘違い)
でも、現実は違っていて、彼女はそのすぐ後に殺されていた。それも、自分が最も愛した人の手によって。普段は〝母さん〟とは呼んだ事はなかったけど、彼女は確かに自分の最愛の母親に殺されていた。
彼は、言予もその事実も、同時に嫌悪した。娘を殺してまで町を守ったあの英雄を、心から憎んだ。だってそうでもしなければ、帳尻が合わないではないか。あの彼女は全てを失って何も得られる物が無い。誰か一人でも彼女の味方にならなければあのヒトは本当に報われない。
(けど、違ったな。俺は、本当に、バカな勘違いを、していた)
そうだ。そもそもなぜ、自分はその事を知っている? 橋間言予が花芽実峯緒を殺害したところを、映像として見ていたのか?
それは――彼もあの場に居たから。つまり――それは五歳の字壬もまた戦場に佇んでいたからに違いない。
だが、あの敵相手に、五歳の彼が身を守る術は皆無だった。言予は、自分の娘と彼のどちらかをきり捨てねば、どちらも失う状況にあった。
だから、彼女は決断した。生まれながらの『皇』である彼なら、きっとこの先もこの町を守る力となる。今、この少年を殺される訳には、いかない。彼女は、そう判断したのだ。
だが、言予の心をそう傾けさせたのは彼女自身では無い。
花芽実峯緒は最後の力を振り絞って、告げたのだ。
〝お願い――母さん、どうか『この町の未来』を、守り抜いて〟
〝ああ、ああ……〟
その時の彼女達の気持ちを、字壬は知らない。知ればきっと発狂するとわかっているから、未だ知らない。ただその時の記憶を全て取り戻した彼が出来る事は、一つだけあった。
(……ああ。もう二度と、あんな真似は、おまえに、させない)
だから、二瀬栞奈という少女も、絶対に殺させない。
あの無力に等しい、一般人を殺させてなるものか。
《そう、だ! 俺達は今度こそ、ハッピーエンドを迎える! どの世界の見世字壬も達した事が無い、未踏の世界に到達してみせる! その為にも、あんたはここで倒しておくぜっっ!》
圧倒的に劣勢にありながら、彼はそう吼える。
彼女は一度だけ儚げに笑った後、こう断言した。
《いえ、無理よ。例えそうでも――峯緒はもう戻ってこない》
《ぎッッッ?》
直後、瞬時にして出現した橋間言予の剣が――見世字壬の躰を貫いていた。
◇
その数分前、かの者は圧倒的な蹂躙劇を迎えていた。
《つッッ!》
放たれた拳が、平然と空間を砕く。
それは〝スタージャ・メルト〟に次ぐ、絶対破壊能力だ。
空間が内包する物理法則を破壊する事で『再生』という概念さえ粉々にする不死殺しの業。例え不死身という概念を纏おうと、その法則性ごと破壊されては最早死ぬしかない。
ガアラ・ネブラの拳はそれだけの境地にあり、その為二瀬栞奈もただ後退するのみ。
いや、正確にはガアラが拳を振う度に栞奈は吹き飛びそれを追って彼はまた殴打を加える。
これはただ、その繰り返しに過ぎなかった。
(――って、強っ! 橋間派のヒト達って、皆がこうなのッ?)
通算七十万回目の殴打を加えられながら、栞奈はそんな感想を抱く。彼等が扇妃達の仇だという事はわかっているが、彼女はその技量に素直な感嘆を覚える。
一方ガアラと言えば、ただひたすらに喜々とした時間を送っていた。
(この業でも死なねえ? 食らえば神でさえ殺してみせるこの業を以て尚生き長らえる? やはりこいつは只の一般人じゃねえな。マジで――『アレ』なのか?)
蹴り上げ、吹き飛ばす。
それだけの行為は、容易にこの宇宙に居る全ての生命を駆逐しかねない一撃だ。
だというのに、あの少女はダメージを受けた形跡さえ無かった。
(だとしたら理由は一つ。やつは空間を凝縮し空間そのものの強度を高めている。あいつの周囲の空間は破壊されているのに、やつの正面だけ空間が残っているのがその証拠)
確かに理論上、その業なら彼の力さえ防げる。
二瀬栞奈が今も生き残っている理由は、そこにあるのだろう。
(なら、これならどうする?)
ガアラが、フェイントを混ぜた攻撃を繰り出す。正面から蹴り上げる様に見せかけ、その実フックを放ち、九時の方角から栞奈の頭部を狙う。ついで――ガアラは見た。
(……って、危ないな、もう!)
(余裕で躱しやがった? なんだ、こいつ? マジでウケる)
正直言えば、言予が自分の敵をこの少女に割り当てた時は、失望したものだ。
一般人に毛が生えた程度のニンゲンを、なぜ自分が殺さなければならないのかと憤った。
だが、彼は今になって一笑する。
(成る程。バソリー、てめえの目に狂いは無かった。惚けた貌をしてやがるが、こいつは確かに一級品だ)
ああ。少なくとも、逃げる事に関しては。いや、あの必死な体でもし奥の手を持っているとしたら、大した狸だろう。言予もその事を警戒する様、言っていた。
決してあの少女を、只のニンゲンとして扱うな。ソレが唯一、言予がガアラに求めた事である
(要するに本気でやれって事か、山村バソリー? 俺は初めから、そうするべきだった?)
その時、初めてガアラの動きが止まる。彼はただ、眼前に佇む少女を見た。
《が、その前に一つ訊いておこう。仮におまえが『アレ』だとしたら、神と言う存在をどう考える?》
《はい? ……えっと。悪いのだけど私、宗教には疎いのだけど?》
《ほ、う? では、別の質問だ。なら本物の神とは、どういった存在だと思う?》
どうでもいい事の様に、彼は訊ねる。栞奈は首を傾げながら、眉をひそめた。
《……本物の神って、それは見世君やラーシュさんみたいなヒト達ではなく?》
《ああ。アレは違う。アレはただ〝神の力を持ったヒト〟に過ぎない。本物の神ってのはもっと別のモノだ。俺は実際、その神めいたやつに出逢った事がある。そいつは、確かに善なる者だった。何せ嗤える事に――善も悪も等価値に扱いやがったからな。だが――それは世の中に善人しか居ない場合にのみ成り立つ考え方だ。悪にも同じような施しを与えれば、それはその生き方を肯定した事に繋がる。その瞬間、そいつはヒトとして堕落していく一方となる。だが――本物の神ってのは恐らくそういうモノだ。この世で最高の善行者である神は、差別などしない。悪は善を差別し、善は悪を差別するが、神と言う超常者にはそういった発想すらない。差別なんて悪を、神は為さねえのさ。そして自分の生き方に何の疑問も抱かない神は――周囲のニンゲンにもそう生きるよう諭す。そうなればこの世はもっと平和になると信じていやがったんだ、あのおっさんは。だが、結果は散々だった。さっきも言った通り、善が悪を差別しなくては、悪は悪のまま残る。やがて善はその悪に駆逐され、ただの地獄しか吐き出さない。……ああ、俺も認めてやる。あのおっさんは間違いなく、誰よりも神じみていた。けど、それなのに、あいつはただ自分の家族をメチャクチャにしただけだった。娘を殺され、妻を殺され、唯一の救いはそれでも数十人程はあいつを崇めたニンゲンが居た事だけ。悪だった自分を、ヒトとして扱った事に感謝を覚えたニンゲンが居た事だけだ。だから、俺はあいつを殺すしかなかった。あいつと縁がある俺の手で決着をつける以外に、幕引きの仕方がわからなかった。そのとき心から思ったよ。ヒトの世に神は要らないと。ヒトの世とはどこまで行っても差別がつきまとい、そうでもしければ成立しない世界だと。本当に惨い事に、ニンゲンの本質はそもそもソコから始まっている。要するに神様ってのは――この世で最高の社会不適合者なのさ》
そこまで聴いて、栞奈は一つの答えに辿りつく。
《それは、つまり警告? 『歪曲者』である私に、同じ真似をするなって言う?》
《やはり、頭の回転は悪くないみたいだな。その通りだ。俺が今まで生きてきたのは、マジモンの神が生まれた時、それを殺す為。あの地獄を再現させない為、俺はここに居る。故に、おまえが本物の神を自称するなら――俺は何があろうとここでおまえを始末する》
《な、はっ?》
瞬間『頂成帰結』を遂げた彼の躰を《外気功》が被う。殆ど姿が変わらない彼の躰を十の一グーゴルプレックス乗光年×五億規模の巨人が被い、それは五十メートルにまで圧縮される。
が――彼の変化はそれだけではなかった。
彼はその頂上じみた力を、更に圧縮する。
あろう事かその巨人を――自分の体内へと『収納』したのだ。
そして科学書曰く、仮に一兆度の火の玉が直系一メートルにまで圧縮された場合、太陽の四百七十兆倍ものエネルギーを発するとの事。
つまりはそういう事で、彼のパワーは今――全ての者の頂点に立ったのだ。
(く……っ! 不味い――ッ!)
その颶風が、気が付けば栞奈の躰に肉薄し、彼女を吹き飛ばす。一撃で凝固した空間にひび割れを入れ、次の一撃で亀裂を走らせる。
だが――栞奈の真価はこのとき発揮された。
(能力の処理速度が、異様に速い。亀裂が入った空間を、もう回復させやがった)
が、吹き飛ぶ、吹き飛ぶ、吹き飛ぶ。
栞奈の躰は面白い様に、前後左右に吹き飛ばされ、反撃する暇さえ与えられない。
それだけ超速と、規格外の膂力を持っているのが、今のガアラ・ネブラだ。
単純なパワーとスピードだけなら――彼は橋間派一と言って良い。
それに対し、栞奈はただ空間の制御にのみ専心する。必死に防御を固め、ギリギリの所で彼の攻勢をやり過ごす。それは、何故か? 彼女はただ、待っていた。
(ええ。こういう時、格好よくかけつけてくるのが正しいギャルゲーのあり方だよ、見世君)
その事だけを期待して、彼女はガアラの連撃を耐え忍ぶ。
その衝撃が内臓に途轍もない圧迫を加えるが、彼女の眼はまだ死んでいない。
(やはり、大した玉だ。そうだ。こいつは恐らく、諦めると言う事を知らねえ。何があろうとも、立ち止まる事だけはしないだろう)
彼女と拳を交わした彼は、おぼろげなら栞奈の本質を察し得る。
同時に、それがどれほど危険な物であるか彼は直感した。
(ああ。仮にこいつの目的がロクでもない事なら――これほどヤバイ事はねえ)
もう一度笑い、ガアラは渾身の一撃を放つ。それさえも防御する彼女を見て彼は決意した。
(この場合、この戦闘に時間をかけても良い事はねえな。なら、切り札を使う他ねえと? 誰が何処で何を見ているかわからない、この状況で? ――おもしれえ!)
そう納得しながら、ガアラ・ネブラは最後の一手とも言える業を使用した。
《冥途の土産だ――二瀬栞奈。とくと見ておけ――俺の不可避の一撃を》
《げっ?》
ガアラの拳が、空間を打ち付ける。その時、栞奈は確かに見た。
自身の右腕が透過していく――その様を。
(何を、している? 〝不可避の一撃〟? ……まさ、かッ?)
《ほう、もう気付きやがったか。多分当たりだ。よくも知っていた物だな。俺はてめえの――ヒッグス粒子を『収納』している》
ヒッグス粒子。それは原始の宇宙から存在する、物質に秩序をもたらした粒子である。そもそもこの要素が欠落していたら、星も、他の物質も存在する事が叶わなかった。
故にそれをとり除くだけで、万物は崩壊する。かの粒子を失った時点で、物質は物質として成り立たない。
実際、空間を制御する為に突き出した栞奈の腕は、透過していく一方だ。このままでは後数秒もしない内に、彼女の躰は消滅する事になるだろう。
そう悟り、この絶対的な恐怖を前にして、彼女は大きく息を吐く。
漸く彼女は――その事を諦めていた。
(やつの気が緩んだ? 打つ手を失くし、遂に諦観に至ったか?)
ならば、後は止めをさすだけだ。それだけの気迫を以て、ガアラが拳を振り上げる。
その様を栞奈は歯を食いしばりながら見届け、呟く様に洩らす。
《……あー、あー。こんな時に現れないなんて、本当にギャルゲーの主人公失格だね、見世君は》
果たして彼は、その響をどう捉えたか?
躰に走る高揚もそのままにして、ガアラは止めの一撃を撃ち放ち――それから彼は見た。
(不味い――っ!)
いや、栞奈が自身の周囲に透明な球体を張り巡らせたのと同時に、彼は腕をひく。
そうしなければ全てが終わっていたと、彼の本能が告げていた。
《流石、よく躱したね。でも、ごめん。あのギャルゲーの主人公は思いの外、だらしがなくてさ。どうやらヒロインである私が、助けに行かないと駄目みたいなんだ。だから、君はここで退場してもらえるかな?》
《――冗談。死ぬのはてめえの方だぜ、二瀬栞奈!》
五十メートル先から、栞奈のヒッグス粒子を搾取しようとする彼。
だがその前に、栞奈は何時の間にか具現化した黒い剣を、ガアラに突き付ける。
その直後、彼の脳内からは――ある感情が爆発する。
「があああああああああああああぁぁ……ッ?」
この絶対的な精神力を有するガアラ・ネブラが、自分の意識を自制できない。
それでも笑いながら、彼は問うた。
《……なん、だっ? 一体、なにを、した、おまえッッッ……?》
《いや、本当にとんでもないね、君は。今のを受け、笑っていられるんだもの。そんなガアラさんに、一つだけ約束する。仮に私が『歪曲者』でも君が言っていた様な振る舞いはしない》
《だから、これは、何だって言うんだ、おまえぇえええ――っ?》
《だから――君は安心して逝っていいよ》
黒い少女が告げる。それは嗤っている様にも悼んでいる様にも見える、曖昧な表情だった。
理屈はわからない。
ただ次の瞬間ガアラ・ネブラは、栞奈が知り得ない男性に背後をとられる。
それを見て、彼は全てを悟った。
(……ああ、そう、か。今度は、あんたが、俺を、殺すのか――親父)
その彼に消し飛ばされ――ガアラ・ネブラの意識は果ての無い暗黒に向かったのだ。
◇
彼女がその事に気付いたのは、些細な違和感が原因だった。具体的には言えないが、ナニカが違うと感じた彼女は『蹂躙』を使用した。今この世界で起きている能力を再現する事で、彼女は何が起きているか初めて理解する。
多分その時、彼女はこの世界がいかに自分の目的にそった場所であるか知った。
こうして――彼女は見世派の根絶を決めたのだ。
現に、言予の剣は字壬の躰を貫く。そのとき彼は、初めて気付いた。
(自身の背にラーシュの掌底を撃ち、スピードを桁違いに加速させたっ! 俺が反応しきれなかったのは、その為っっ!)
《ほう? まだ戦意を失わない、と? まだ私に勝てるつもりでいる?》
《つッ、ぐッ!》
光化した〝スタージャ・メルト〟を放つ。
それを言予は事もなく避け、再度、剣を構えた。
《でも、君にこれが躱せて?》
仮に先ほど以上の速度で切りつけられれば、大ダメージは免れない。
字壬はそう計算しながらも『還元』を使用する。腹を貫かれた痛みを戦闘力に変え、言予の攻撃に備える。
いや、気が付けば彼女の躰は自分の直ぐ目の前に居て、剣が振り下ろされる直前だった。
(……頭は、躱せる。けど、躰は、両断される――!)
必死に横に飛びながらも、彼はそう確信するしかない。
それが現実になりかけた時――ソレは来た。
《つ……っ!》
《へえ?》
まるで距離と言う概念を無視する様に――二瀬栞奈がこの場に現れる。彼女は手にした黒き大剣を横に構え、何とか言予の一撃を受け止める。彼女は感心した様に、呟いた。
《あのガアラさんを葬ってきた? なら、ラーシュちゃん達も何れこの場に現れると見るべきかしら?》
《そうね。あなた達の部下は、一人を除いて全滅したわ。あなたはもう、ほぼ一人ぼっちよ》
栞奈がそう宣言する中、橋間言予は微笑みながら得心する。
《成る程。嘘は言っていないわね。上手い言い方だわ。その言い方だと、ラーシュちゃん達も逝った事を表現せずに済む》
《ラーシュ達が、死ん、だ……?》
《ええ。彼女だけがこの場に現れたという事は、そういう事でしょう? シトラウゼ司祭達は最低限の仕事はした。これは、それだけの事よ》
平然と、言予は告げる。
ガアラが敗れた事を心底から意外に思いながら、それでも彼女は冷静だ。
逆に字壬は呼吸を乱し、一瞬、忘我するという隙を与える。
それを補ったのは――あの少女だった。
《しっかりなさい、見世君。ラーシュさん達は、彼女さえ倒せば生き返る。逆を言えば、私達が全滅すればどうなるかはわからない。仮に生き返れたとしても、今度こそ本当に橋間派が見世派を皆殺しにしかねない。それを避ける手は、一つだけ。今ここで彼女に勝って、橋間派より見世派の方が優れている事を証明するのよ――見世字壬》
《……ああ》
止まっていた呼吸が、再開される。虚ろだった瞳に、力が戻る。
その叱咤が、彼にもう一度立ち上がる力をもたらした。
《絶対に、勝つぞ――栞奈》
《当然》
一笑しながら彼女は頷く。その上で栞奈は、基本的な事を問いかけた。
《で、彼女の能力は何? ここまで戦い続けたんだもん。勿論、それぐらいは看破しているのよね?》
彼女に促され、字壬はテレパシーを使って橋間言予の能力を栞奈に伝達する。
それを知って、栞奈は思わず貌をしかめそうになった。
(……最悪。こちらの業を模倣出来ると言う事は、黒剣の方は使えない? 使えば術をはね返されて、私達の命も不味い?)
加栞奈がそう計算した時、二人が最も恐れていた事が起きる。
橋間言予は今――渾身の気迫と共に告げた。
《――『頂成帰結』――》
《……やばいッッッ!》
瞬間、言予の姿は激変する。
眼鏡が消え、髪の色も長さも変わる。
薄緑色をしたウェーブがかかった長髪を背中に流すその女性は、何もかも別人と言って良い。
薄緑色をしたドレスを翻しながら、彼女はアレさえ再現した。
《な、に?》
それはガアラにして、止めの一撃を踏み止まらせた謎の球体だ。
それを三十個ほど具現した言予は、その全てを字壬達目がけて撃ち放つ。
縦横無尽に動きながら、ソレ等を何とか回避する字壬は、栞奈に問うた。
《って――アレは何だっ? アレは栞奈の術なんだろうッ?》
だが字壬同様ソレを避け続ける栞奈の答えは、いかにも心許ない。
《……悪いけど、全くわからない。ただ、アレに触れた物質は恐らく消滅する。例え〝スタージャ・メルト〟で躰を被っても、それは変わらないわ》
《〝スタージャ・メルト〟以上の破壊能力っ? そんなモノ、訊いた事がないぞ!》
が、間違いなく栞奈は嘘を言っていない。それは、字壬の第六感が物語っている。
つまりは――劣勢。
二対一という好条件でありながら――未だに彼等は橋間言予を打倒する糸口さえつかめない。
《……けど、おかしい。私はこの世界に来て、アレを三十回も使っていない。逆を言えばこの世界に来る前は、アレを三十回以上使い続けてきた筈よ。なのに、なぜ彼女はアレをあの数にとどめている……? 私達を甘く見ているから? いえ――違うわ。恐らく彼女は、あの数しか、アレを具現できない》
《あの数しか、アレを具現できない?》
栞奈の読みは、正しい。
『頂成帰結』を果たした橋間言予の能力は、この世にある全ての術を使役できる様になる事。
それだけの破格を以て尚、言予は栞奈の術こそ最も効率よく字壬達を打破する力だと確信した。その反面、言予は『記憶を失う前の暴力の情報は具現できない』のだ。
その為『蹂躙』に『複製』の力を加え、栞奈の能力を多数具現した。故にその数は三十に留まるが、それでも彼女の狙い通り件の術は字壬達を追い詰める。遂に栞奈の躰にアレが触れた途端、字壬は息を止めた。
《……大丈、夫! 今のは、私のアレで防げた! けど、仮に複数のアレをぶつけられたら、私のコレは持たないでしょう、ね》
《……そう、か》
(ええ。正に恐るべき能力。故に私もこの状態では、二つしか能力を併用できない)
(ああ……恐らくその筈。なら、俺達がつけ入る隙はそこだけ?)
よって、字壬は中空を舞いながら、ただ一点を見つめる。
彼はただ橋間言予という大敵を、凝視した。
《やっぱり、あんたはすげえよ、言予。このレベルのニンゲン二人が相手でも、まるで勝ち目という物が感じられないんだから。もう負ける気しかしないんだから、とてもじゃないがやり切れない》
《……見世君?》
《ほう? まさかそれは、新手の命乞い?》
が、彼は首を横に振り、彼女はもう一度だけ訊ねた。
《では、基本的な事を問いましょう。なぜ君は、彼女を守るの? こんな会ってから数時間もたっていない、見知らぬ他人を?》
《そうだな。それはきっと、彼女がイシュタル達の為に怒ってくれたから。命を懸けて悲しんでくれたから。言っちまえば、俺にとっては、それで十分だった。けど、今、気付いた。今漸く思い出したよ。それはきっと、昔のあんたも、山村バソリーも、同じ真似をしたからだ。彼女なら、きっと俺と同じ事をした。だから俺は何があろうと――二瀬栞奈を守り抜く》
《……へえ?》
《見世、君?》
まさか、相打ち覚悟で特攻する気?
それだけの気迫を以て、字壬は全ての準備を整える。僅かに灯る勝機を掴む為、彼は言予に向かって突撃した。
その間際、彼は栞奈に告げる。
《ああ、問題ない。さっきも言った通り――俺達は絶対に勝つ》
そう。ラーシュが死んだという事は、恐らく言予はもうラーシュの暴力を行使できない。彼女に残された〝神〟レベル能力者に対抗できる戦力は、極わずかな筈。
その戦力足る球体を紙一重で躱しながら、彼はただ手を伸ばす。
(ぶちのめす!)
《相打ち覚悟? いえ、違う》
(ぶちのめす!)
《君は飽くまで、己が勝利を譲る気は無い。そうでしょう――字壬クン?》
《そう、だ! 俺は絶対にこの拳であんたにぶちのめす――橋間言予!》
瞬間、アノ球体を全てギリギリで避け切った字壬の目前には、彼自身の拳が殺到する。それは先のセヒリス・フェスメルとの戦闘で使役した業の数々だ。
『還元』を使って強化した拳を以てしても打ち払えず――逆に彼の躰を砕く暴力の嵐である。
それを前に彼は吼え――彼女は眼を広げながら見た。
(ああ、あんたにやられ過ぎて、漸く思い出した。〝神〟レベル能力者の、もう一つの切り札を――)
故に、彼は高らかに告げる。
閃光を帯びた、その拳と共に。
《〝ハイ・ブーストおおおお〟………ッ!》
《つ――っ!》
それはガアラ・ネブラと同じ理屈による業。
字壬の体内にある〝宇宙炉〟を極限まで圧縮する奥義である。
これにより彼の力は――限界を超えて跳ね上がる。
見世字壬は群がる己の暴力を掻き分け――遂に橋間言予へと到達する。
その瞬間、彼の拳は彼女の腹部を、確かに貫いていた―――。
◇
昔、歴史の授業で、習った。嘗て、山村バソリーという少女が居たらしい。彼女はこの世から暴力を根絶するという、とんでもない目標を掲げていた。その為に他人を殺す事をよしとせず、例え敵でも生かし続けてきたという。
彼女の器量に魅了され、その生かされた敵達は彼女に敬服した。彼女の試みは半ば成功し、順調にキャリアを積んで、鴨鹿村を守る為に戦い続けた。
そんな時、事件は起こる。彼女の夫が、自分の所為で殺されたのだ。原因は、彼女が命を奪わなかった敵にあった。その敵は鴨鹿村のある夫婦を襲い、夫の命を奪った。その復讐の為に妻は『悪魔』に魂を売り、強く願ったのだ。あの橋間夫婦を、自分と同じ地獄に落して欲しいと。
結果、その願いどおり、彼女は夫を失った。その怒りで我を失った彼女が初めて手にかけたのが、その『悪魔』だった。その時、彼女は己の甘さと決別したのだ。自分ではその理想を実現できないと思い知り、ただこの鴨鹿町を守る為のシステムとなった。
その話を聴いた時、近所に住んでいた同学年の少女は、涙したと言う。その気持ちが、今の俺にはわかる気がした。
普段は面白おかしいお姉さんなのに、戦場に立てば冷酷の極み。そのギャップに、俺はついていけなかった。
けど、それでも、俺はそのあり方に、その不器用な生き方に、心から魅了されていたのだ―――。
《そ、う。もう私でさえ、君には、勝てないと?》
《違う。俺は一人では絶対に、貴女には勝てなかった。俺が勝てたのは、皆がいたから。ラーシュ達に支えられ、栞奈の叱咤を受けたから、今、俺はここに居る》
『頂成帰結』が解けた彼女に、心底から本心を告げる。
彼女はただ、遠くを見つめた。
《やはり、試してみて良かった。これで、漸く証明されたわ。峯緒は、あの子は、やっぱり正しかったんだって。あの子が、命を捨てるだけの理由は、確かにあった―――》
《……その為、に? 貴女は、そのために、こんな事、を……?》
そう。彼女は少し試してみただけ。本当に、時代は移り変わる物なのか。自分の出る幕は、ここまでなのか。彼は、見世字壬は本当に――『この町の未来』なのか、確かめたかった。
《本当に、長い、道のりだった》
まるで、果ての無い旅だ。夫が殺された後は、親友を殺され、自分の部下が殺された後は、この手で養女を殺した。
娘夫婦を犠牲にして最悪の状況を回避し、同じ皇である友を殺してそれでも前に進む。
それは多分、果ての無い地獄だ。
けど、それでも――彼女は何処まで行っても橋間言予を貫いていた。
全てを犠牲にしながらただ自分を超えた存在が現れる事を、彼女はひたすら待ち続けたのだ。
《ま、それも勝手な話、ね。君が私の後を継ぐ義務なんて、微塵もないのだから。でも、この小さな満足の連なりが、人生と言う物なのよ。だから、それをあの時使い切った峯緒は、きっとそれだけで、満足だった。だから、君はもう彼女の為に泣かなくていい。私がもう一度だけあの子の為に泣いてあげるから、それで十分よ―――》
《…ああ》
事実、橋間言予は一筋分だけ頬を濡らす。
その滴を受け止め、彼は涙しながら、微笑んだ。
《なら、やっぱり貴女の勝ちだ、山村バソリー。峯緒さんの正しさを証明した時点で、貴女はこの上なく俺を打ちのめしたんだから》
《そ、う。じゃあ、わるいのだけど、おこうに、つたえて、もらえる? あなたのおねえさまは、さいごのさいごで、おうのざからてんらくし、ただのははおやにもどった、おろかものだったって》
《ああ。必ず――知らせる》
それが――最期。百数十年間、鴨鹿町を守り抜いてきた皇は、静かに息を引き取る。
多くの人々を幻視しながら、彼女達に迎えられる様に、この世界から離れていった――。
7
彼女の躰を貫いていた拳を、引きぬく。
それで橋間言予の躰はソラのただ中を漂い、やがて俺達の視界から消えて行った。
《……だな。結局、また栞奈に助けられたよ。栞奈のお蔭で、彼女の能力を最小限に限定できた。もし三つ以上、彼女が能力を併用出来ていたら、俺は本当に負けていただろう。この状況を説明すれば、そんな所か》
が、栞奈は首を横に振る。
《いえ、多分、彼女はまだ本気じゃなかったと思う。アレ以上のナニカが、彼女にはあった。でもその上で――彼女は全ての未来を君に委ねたのよ》
《……ああ》
そうか、まだ、追いつけないか。でも、今はそれでいい。漸く彼女と少しだけわかり合えたから、それでいい。
そう思っていると、栞奈が真顔で提案する。
《ねえ、見世君。やっぱり私――君の恋人候補になりたい》
《は……? オマエ、一体、何を言って?》
《別に良いでしょう、ただの恋人候補なんだから。それとも――君は私に何の興味も無いと?》
《……いや、そういう訳じゃ、ないけど》
《じゃあ、決まりね。全てが終わったら盛大にはしゃぎましょう。扇妃さんとラーシュさんとイシュタルさんと刻羽さんとヒルカさんと共に。その席で、君は誰が一番好きなのかを発表するの。きっと盛り上がるわよ》
それはきっと、とんでもない事態を招きかねない提案だ。
それでも、俺は気がつくと口角を上げていた。
《ああ、そうだな。きっと、そうだ》
愉しそうに微笑む彼女に、俺は思わず苦笑いする。
それから涙を拭い――俺は最後の仕事を果たしに向かった。
◇
『頂成帰結』を解き転移でその惑星につくと、観根羽お香さんは一度だけ眉をひそめる。
そこから先は、ただ冷静だった。
「そう。お姉様は、負けたの。それで、彼女の最期は――どんな物だった?」
「ええ。その言予から、伝言です」
ありのままを、彼女に告げる。お香さんは、目をつぶり微笑んだ。
「そっか。漸くあのヒトは、自分自身から解放されたのね。山村バソリーでもなく、橋間言予でもなく、やっとただの身内を愛するだけの母親になれたんだ。……本当に、お疲れ様、お姉様」
ソレから彼女は、俺達から数歩離れる。彼女には、まだするべき事が残っていたから。
「そして本当にありがとう、字壬君。その身を以て、峯緒ちゃんの正しさを証明してくれて。私もこれで、安心してお姉様のもとにいけるわ」
「冗談。仮に今死んでもまた直ぐ生き返るんだから、文句はそのとき遠慮なく言わせてもらいますよ」
「そうね。では、さようなら、鴨鹿の新たな皇と『歪曲者』さん。また直ぐに会いましょう」
途端――お香さんの躰は爆発する。
木っ端みじんに吹き飛び、ここに最後の橋間派町保の命はついえていた。
そしてそれは――二瀬栞奈の記憶が全部戻った事を意味する。
後はその彼女が、この宇宙から一旦離れれば全て上手く良く。
キロ・クレアブルは滅び、死んでいった皆も生き返る。
俺達は漸く未だ嘗てないハッピーエンドを迎え、何もかも終わりに出来るのだ。
「つ……っ!」
その時、栞奈の躰が、一度だけ震えた。
きっと記憶が戻った証しだと俺は推測し、それが事実か確認しようとする。
けれど、先に口を開いたのは栞奈だった。
「ねえ、見世君。〝栞奈〟って、君の妹さんの名前でしょ? 彼女は、今どこに?」
よくわからない事を、彼女は問いかけてくる。俺は事実だけを、語った。
「……あ、いや。栞奈は生まれる前に、死んだ。母さんが彼女を身籠った時に、キロ・クレアブルの手にかかって」
「そ、う」
でも、その前に、名前だけは俺と母さんと親父の三人で決めていたのだ。何れ生まれてくる彼女の名は――〝見世栞奈〟にしようと。
「でも、ちょっと待て。俺、その話したっけ? 栞奈が、俺の妹になる筈だった女の子の名前だって?」
何気なく聴いてみる。きっと他愛もない答えが返ってくると、期待して。自分の愚かさに、未だに気付かぬまま。
それでも、俺がそれを察したのは、橋間言予と戦ったばかりだから。そのお蔭で未だ俺の意識は張りつめていて、だからその一撃を何とか躱す。
後ろに下がりながら、俺は――二瀬栞奈の黒剣を、何とか避けていた。
「……な、に? 何のつもりだ……栞奈? オマエ、記憶が戻ったんじゃ?」
いや、違う。思い出せ、見世字壬。確か『死界』でも、これと似たような事があったじゃないか。即ち栞奈は――記憶を取り戻したからこそ、俺に攻撃を加えた……?
「でも……何故?」
僅かに呼吸を乱しながら、俺は無様に栞奈の様子を窺がう。
彼女はただ、笑みを浮かべた後、腹を抱えて笑い始めた。
「あははははは! あはははははは! そう、そう、そういう事。まさか『アレ』と間違えられていたなんて。この私が、よりにもよって、『アレ』に。しかも、つけられた仮の名は〝二瀬栞奈〟――〝偽者の栞奈〟ときている。余りに出来すぎだよ、見世君」
「だ、だから、オマエ、何を言って……?」
いや、言葉を交わせば交わす程、混乱は増すばかりだ。それでもおぼろげにわかるのは、厭な予感だけがこの場の空気を支配しているという事。
今の栞奈は、俺が知っている彼女とは別物だとでも言うのか――?
「と、その前に一つ謝罪しておこうかな。悪いのだけど〝二瀬栞奈〟は、君達が思っていた様な善良なニンゲンでないわ。何しろ私の記憶が戻らなかったら云々の話は、全て嘘だもの。いえ正確には記憶を失った私は不機嫌になって、八つ当たり気味に地球を消すつもりだった。アレは、そういう意味よ」
「……な、に? じゃあオマエは五日後までに記憶が戻らなかったら、自分の意思で地球を滅ぼす気だった……?」
「ええ。アレはそう言う意味で間違いない。だとしたら、君を裏切った刻羽さん達の判断は、実に正しかったと言うべきね。更に言えば私達の前に現れたあの黒い塊は――私の良心。『アレ』とその良心が力を合わせて、私から記憶を奪った。地球で最も頼りになる橋間派に与え、私の目的を妨害しようとしたの。尤も、これも言っていなかったのだけど、その記憶自体私はある程度引き出せた。私が力を少し使えていたのも、そのお蔭よ」
「け、けど、そんな情報は、オマエの何処を探しても見当たらなかった、ぞ?」
「それはそうでしょう。その事実自体を、私は自分の意思で封印出来たのだから。で、必要時は〝記憶が戻れば助かる〟と無意識に念じるだけで、少しだけど私の記憶は戻った。アレはそういう事だね。要するにヒルカさんが触れたあの黒いナニカも、私の悪戯だよ」
何だ……それは? 地球を消そうとしていたのも栞奈なら、ヒルカを脅したのも栞奈だと? なら、彼女は初めから俺達に悪意しか持っていなかった……?
「いえ、でも、ここだけは勘違いしないでもらいたいの。私は本当にイシュタルさん達には、敬意を抱いていた。橋間派に対する怒りも、本物。彼女達を失いながら、尚も戦い続けようとした見世君達に好意を持っていたのも確かだわ」
「……じゃあ、なぜ俺を攻撃した? いや、そもそも、オマエは一体誰なんだ? 『歪曲者』じゃないのか?」
そこで、栞奈はどう解釈していいかわからない表情を見せる。
歓喜とも、憤りともとれないその貌を見て、俺は思わず一歩下がりそうになっていた。
「そうだね。じゃあ、先ずは自己紹介といこうかな。はじめまして、見世字壬君。私の名は――見世アザミ。この世で一番初めに生まれた――見世アザミよ」
「……は?」
この意味のわからない返答に――俺はただ唖然とするしかなかった。
◇
「オマエが、一番初めの、見世アザミ……? 何を、言っている? 意味が、わからないぞ」
いや、そこまで言い掛けた時、俺の脳裏には閃く物があった。
「まさ、か、一番初めの『死界』の住人っ? この世界がつくられ時、最初に誕生した見世アザミが、オマエだと言うのか……ッ?」
「そういう事だね。君にとっては意外かもしれないけど、見世アザミって言うのは――本来女の子なんだよ。何かの手違いで男の子になったのは、つい五百個前の世界から。それまではずっと女の子だったんだよ――君は」
……この予想さえしていなかった告白に、俺は呆然とする他ない。
「じゃ、じゃあ、俺とオマエは、同一人物……?」
「ま、因果を辿ればそうなるかな。けど、世界間の距離が離れすぎていて、遺伝子的にはほぼ別人という事になると思う」
「アンタが――俺の、俺達の、見世字壬の、始祖――?」
けど……それに何の意味がある? いや、そもそもなぜ『死界』の住人である彼女が、現世に居るのか? 話が深まるにつれ、謎は増える一方だ。
「そうだね。簡単に言えば、私も『葬世界師』と同じかな。『アレ』が世界を歪めた所為で起きた、反作用体でね。その為、私はどの世界のどんな場所にも出現できる。今こうして君が住む現世に貌を出している様に」
何の躊躇も無く、彼女は言い切る。だが、俺はそんな彼女に対して反論した。
「……いや、待て。そんな筈は無い。扇妃さんが、言っていた。この世界が歪められたのはつい数十個前の世界からだって。それ以前の世界は普通の世界だと彼女は俺に説明してくれた。なら、アンタには何の異能も備わっていないって事になるんじゃないか……?」
「ま、その説明に間違いはないね。ただ訂正を加えるなら『アレ』はわざわざ一番初めの『死界』にまで遡ったという事。そうして『アレ』は最初の『死界』さえも歪め〝彼女〟が誕生する可能性を高めた。だから今となっては、『アレ』の手によって歪められていない世界は無いんだよ」
やはり……淡々と彼女は語る。俺は、頷く事さえ出来ない。
「けど、だからこそ――私は『アレ』が許せない」
「……え?」
彼女の表情に変化はない。笑みさえ浮かべて、彼女は俺を見据える。
だというのに、俺は何時の間にか、五歩も後ろに下がっていた。
「そう。見世君は、『アレ』が歪める前の世界はどんなだったと思う?」
「どうって」
「うん、多分、君が想像している通りよ。そこには『異端者』同士のバトルなんて漫画みたいな話は一切無い。ただひたすらに平和な国で生まれた私達は、この上なく平凡な毎日を送っていた。二つ下の妹の栞奈とじゃれ合いながら、母や父に見守られ、私はきっと幸せだったんだと思う。普通に年をとり、何時しか恋をしてその人と結婚し、子供を授かって彼を一人前に育てた。老いていきながらその事を嘆かず、ただ自分が出来る事をし続けて、やがて大往生を迎えた。それが、見世アザミの人生。君の原型が迎えた、当たり障りのない終局の形。本当に幸せなまま、私達の世界は終わりを告げたの」
なら、なんで? 何で彼女は――まるで全てを敵視する様な微笑みを浮かべているのか?
俺がそう疑問を抱いた時――彼女はその解答を口にする。
「でもね『アレ』はその全てを覆した。幸せだった世界に舞い降りた『アレ』は無理やり始めから世界をやり直す事を強要した。お蔭で全てが塗り替えられたわ。わざわざ数万年も前に世界を歪め、私達が『異端者』として生まれる様に図った。そうなった途端キロ・クレアブルが誕生し、世界は争いだらけになったの。その所為で、幸せなまま亡くなった筈の妹は、見世栞奈は、地獄の様な最期を迎えた。偽神獣グリムクテに生きたまま食べられ、私の名を何度も何度も呼びながら死んでいったわ。母も父も同じように死に絶え、仲間と呼べるヒト達も次々居なくなって、私だけが残った。『アレ』が余計な事さえしなければ、私達はハッピーエンドを迎えたのに。私達は――それさえ許されなかった」
「……じゃあ、キミが、可愛い物を見ると、吐くのは」
「そう。あの時の栞奈を、思い出すから。彼女の最期を思い出して、私は何度も何度も吐き続けた。本当に、そんな事をしても、ナニカが変わる事なんてないのにね。だから――私は全てを変える事にした。この『死界』を渡り歩く力を利用し、『アレ』の力を凌駕する能力を手にする事にした。その為に――私はこの世全ての見世アザミと融合する事にしたのよ」
「見世アザミと、融合?」
「ええ。他人では拒絶反応が強すぎるけど、同じ見世アザミなら話は別。私は七十兆個ある全ての世界の見世アザミと融合し続けた。そのお蔭で私の力は桁違いに増幅し、既に一定レベルを超えている。故に、これより前の世界の見世字壬は一人も存在していない。今見世アザミと呼べる者は――私と君の二人だけよ」
「キ、キミは、そんな事、まで――?」
それがどれほどの暴挙か思い知って、俺は呆然とするしかない。
七十兆回も世界を渡り歩き、その都度、見世アザミと融合してきた彼女に一体何が言える? ソレは既に――狂気の沙汰だ
「ええ。でも、それだけでは足りなかった。『アレ』を打倒する力は、得られなかった。だから私は、この世界全ての恐怖を収集したの。栞奈が感じた恐怖は勿論、それ以外のニンゲンや宇宙人に至る全ての存在の恐怖を私は体験した。お蔭で私は何度も気が狂いそうになったわ。戦争で亡くなり、病魔に蝕まれ、事故死していく人達の感情を吸い上げ続けたから。〝メディス・メディナ〟やキロ・クレアブルの恐怖まで搾取した私は、何度も終わりかけた。けど――それはどうしても必要な事だったのよ。何故って、そのお蔭で私はやっと〝ソレ〟を見つけ出す事に成功したのだから。漸くその深層に行き着いた私は――遂に『アレ』をも打破できる力を得た。そう。私はね見世君――やっと〝彼女〟が抱いた〝恐怖〟さえもこの手にしたの」
「……か、〝彼女〟? 〝彼女〟、だって……?」
ここまで聴き、俺は呼吸さえ乱して、結論する。
「……それは、まさか、この世界そのものだった者の、感情か? ラーシュが言っていたこの宇宙の意思その物の〝恐怖〟を〝殺されかけた時の記憶〟を、君は手にしたと―――?」
それが何を意味するかは、俺にはまだわからない。
ただ、それがとても危ういという事だけは、容易に想像がついた。
「けれど、その前に『アレ』は動き出した。私を侮り放置していた『アレ』は、私が〝ソレ〟を手にした事でついに手を打とうとした。私がこの世界にやって来たのと同時に、不意打ちを食らわせてきてね。私の中にあった僅かな良心と共闘し、私の記憶を奪ったと言う訳。但し、その時の戦闘で『アレ』も深手を負っている。今、この世界の見世字壬と融合さえ出来れば、私は確実に『アレ』を葬る事が叶うわ。君が私にその身を狙われる理由があるとすれば、そんなところだね」
「ま、待て。その場合、この世界はどうなる? 『歪曲者』が殺されたら、もしかして刻羽達は、蘇らないんじゃ?」
その時、俺の脳に直接テレパシーが届いた。
《……ええ、そういう事よ、字壬君。『歪曲者』を殺されれば、今までの過程が無かった事にされる。ラーシュ達は蘇生できず、キロさえ復活するわ》
「……そ、それは、本当か――『葬世界師』?」
半ば呆然としながら、問いかける。彼女はただ、頷くしかなかった。
《……残念ながら、事実よ。つまり……ってどうやらここまでみたい。橋間派が全滅したから何とか話に割り込めたけど、それも限界だわ。後の事は全て、貴方が判断して、字壬君》
「俺、が?」
つまり――俺が栞奈と戦う? 俺が彼女を止めなければ――誰も生き返れないから?
そんなバカな話が、あるか――。
「でも、それが君の現実だよ――見世君。じゃあ、始めようか。どちらがこの世で最後の見世アザミになるか、その座をかけて――」
そして――彼女の姿は一変した。
◇
「――『頂成帰結』――」
途端、髪は金色に染まり、躰にフィットした服に変わった彼女はその上にコートを羽織る。
ソレは確かに、彼等の母親の面影が重なる姿だ。
ソレは即ち―――彼女が理想とする姿その物だった。
「ツ……っ!」
同時に、字壬も後方に下がりながら『頂成帰結』を為す。
その直後、二人は結界内に取り込まれ、栞奈――いや、見世アザミが剣を振う。
この時点で、数千に及ぶ宇宙が消滅していた。
(〝神〟レベル能力者並みの出力ッ……? いや、或いはそれ以上か!)
〝スタージャ・メルト〟を盾としながら、字壬は思わず歯ぎしりする。彼の思考はこの思いがけない状況に、未だについていけていないから。先ほどまで最後の味方だと思っていた彼女と戦うというこの最悪の状況に、彼は戸惑うだけ。
だが、その一方で、彼は既に気付いていた。
(……彼女が全てを語ったのは、不退転の覚悟を示す為! 彼女の為に戦ってきた俺達に対する、せめてもの返礼だ! つまり――彼女は本気! 本気で刻羽達を犠牲にしても、自分の目的を果たすつもり! そんな彼女を説得する? 『歪曲者』を殺さない様、思いとどまってもらう? 一体どうやって――?)
そう。彼女の怒りは本物だ。それは自分以外の見世アザミと全て融合してきた事が、物語っている。それだけの犠牲を強いてきた以上、彼女が立ち止まる事は決してない。
(……戦うしか、ないのか? あのヒトと? 俺達と同じ様に、ただハッピーエンドを迎えたかっただけの、あのヒトと? 彼女の全てを奪った元凶を、守る為に?)
果たして、これ以上の不条理が他にあろうか?
あの少女の正当性を認めながら、それでも自分は敵として扱わなければならない。自分達にとっては最良の味方だが、彼女の立場に立てば最悪の敵である『歪曲者』を守る為に。
だが、そうしなければ、自分は何もかも失う。
己の命は勿論、あの掛け替えのない仲間達も、もう戻ってこない。
見世字壬が『歪曲者』を守らない限り――全ては破綻するのだ。
(く……ッ!)
まるでそのジレンマから逃れる様に、字壬は尚も十二時の方角へ下がり続ける。
アザミが微笑んだのは、その時だ。
《いえ、其処は危ないわよ?》
事実、字壬の上空からは、全長二万メートルもの槍が五億本ほど落下してくる。その全てが〝スタージャ・メルト〟を纏っていると気付いた時、彼の意識は爆ぜた。
(物質を転移する能力っ? てか、タイミングが余りにも良すぎる! 正に避ける間も無い程に!)
それでも字壬は天より落ちてくる剣を何とか書き変えながら、逃げ惑う。未だに自身の決意を、定める事さえ叶わないまま。
おまけにその時、彼の周囲の空間は――あろう事か爆発する。
学者曰く、宇宙とは真空にもエネルギーを内包しているとの事。しかもそれは、宇宙自体を消し去るほど莫大なエネルギーという説もある。ある要素がそれを阻害しているだけで、実は宇宙とはそれほど危うい存在と言って良い。
現に、字壬が巻き込まれた爆発は、決して無視できる規模では無い。軽く数億に及ぶ宇宙が消し飛び、彼も瀕死になりながらその爆風から逃れる。自身を書き変え、傷を回復させながら字壬は大きく息を吐き出した。
(……違う! アレは物質を転移する能力じゃない! もっと別の――最悪なナニカだ!)
《やはり悩んでいる様ね、見世君。私はわかっていたわよ。君はそういうヒトだって。一度でも心を開いたニンゲンを害するのは、自分が死ぬより苦しい事。それが君の本質であり、最大のネックだわ。故にもう一度あの台詞を繰り返しましょう。君は――私を殺す事ができない、と。そう言った意味では、君だけが最後まで残ったのは私にとって最大の幸運だった》
《な、なら、俺も言わせてもらう! 君は言っていただろ! 〝過去の自分〟より〝今の二瀬栞奈〟を優先してもいいって! アレは、嘘かッ? ただの戯言だったって、そう言うのかよっ?》
再度降って来た数億に及ぶ槍の攻撃を受けながら、字壬はそれでも問う。右腕をもっていかれながら、彼は必死に彼女に訴えかける。
見世アザミの答えは、決まっていた。
《いえ、そうね。何も知らないと言うのは、本当に愚かしい事だわ。まさかこの私が〝今の自分〟を蔑にするような言葉を発するなんて。やはり無知ほど罪深い事は、他にない》
加えて、再度、絶妙のタイミングで爆発が起こる。ソレを直撃されながら、字壬は今にも燃え尽きそうな自分の躰を必死に繋ぎ止める。書き換えを連続行使して、塵芥になりそうな自分を再生し続けていた。
(やっぱり……思った通りの答えが、返ってきただけか! つーか、彼女の能力を見切らないと、説得する以前に、俺が死ぬ!)
というより、並みの『異端者』なら、既に一千億回は死んでいる。それだけのナニカをあの少女は有している。ソレは〝神〟レベルである自分さえ超越した、ナニカだ。
(そう、だ。自覚しろ、見世字壬。彼女は、俺が思っていた民間人なんかじゃない。彼女はあのガアラ・ネブラを倒し、俺達のもとに現れた。刻羽達ですら引き分けどまりだったレベルの相手と戦い、それでも勝ち抜いてきた。その時点で彼女がどれほどの脅威かは、わかりきっている筈だ――)
つまり、死ぬ。このままただ逃げるだけでは、何れ殺される。けど、だからと言って、どうすればいい? どう決着をつければ、自分達にとって最良の結末と言えるのか?
字壬には、まだそれさえわからない。
その間にも、三度目の爆発が起きる。あろう事か転移で移動した先で、爆発が発生する。
けど、だからこそ、躰が粉々に砕かれながら、彼は漸くその答えに辿り着いた。
《そう……か! 『敵の恐怖を具現化』する能力! それが、君の力……!》
《正解》
考えてみれば、簡単な事。何せ彼女は、先ほど自ら〝他人の恐怖を収集してきた〟と言っていたのだから。そこから今の状況を連想すれば、答えは実に単純だ。
故に彼女は具現する。敵が抱いた僅かな不安を――〝こうなったら不味い〟という恐怖を、彼女は現実に変える。
それが――見世アザミの能力。ガアラクラスのニンゲンでさえ屠った――力の一端。
《けど、そうとわかったところで君に打つ手はない。違って、もう一人の私?》
《そいつは、どうかな!》
字壬が、再生した右腕を掲げる。〝この世界で力を使う者は、消費する『強制力』量が二十億倍になる〟と物理法則を書き変えてみせる。
この奇策めいた一撃は、確かに彼女の眉をひそませる。それから――アザミは嗤った。
《それが?》
《なっ?》
『強制力』とは『異端者』が能力を使う度、減っていくマジックポイントの様な物だ。これが尽きれば『異端者』は力が使えなくなる。
例外は『外気功』や『魂魄』や『霊力』の力を有している場合だが、彼女はそのどれにも該当していない。ならば、なぜ彼女の力は尽きないのか?
この時、字壬は初めて思い知る。自分と彼女の――致命的とも言える違いを。
《……待て。まさか、その右手に持っているモノは―――っ?》
《ええ、そう。〝彼女〟の〝恐怖〟に辿り着いた時、得た物の一つよ。これは――宇宙の外の世界の力。この宇宙より、高位の世界の空間。私はね、見世君――この高位空間を対象に『外気功』が使えるの。直径一メートルで、この世界の宇宙の一グーゴルプレックス倍のエネルギーを誇るこの高位空間の力を搾取できる。それがどういう意味か、君ならわかるよね?》
《ぐッッッッ!》
字壬が、咄嗟に身構える。だが、その前に、彼女がソノ力を解放する。
この世で最もビッグバンに近いその一撃を以て――この戦いは呆気なく終焉を迎えたのだ。
◇
〈超越的外気功〉――。
それは〝スタージャ・メルト〟でさえ防げない一撃。
何故なら、宇宙の外の空間には、万物の存在情報が無い。この宇宙に住む存在は、この宇宙を通じて送られてくる存在情報を元に、初めて存在する。故に、その存在情報の外にある世界に足を踏み入れた時点で、万物は存在不能となるのだ。
ならば、それは真に万物を消し去る力。
〝スタージャ・メルト〟という頂のレベルをも超えた――〝超越的能力〟だ。
故にアザミは自身の勝利を確信し、次の戦いに備えようとする。
この世界の見世字壬と融合し、全ての決着をつけようと図る。
けれど、次の瞬間――彼女は己の目を疑った。
何故って、彼女の目の前には、あの少年が未だに佇んでいたから―――。
(――まさか、生き残った? いくら私が『歪曲者』戦を視野に入れ、力を温存しているからといって? そんな、バカな)
前述の通り、かの力はこの世界に住む物では防ぎ様のない、絶対的なモノだ。だが、それでも生存する字壬に、彼女は眉をひそめる。その間隙を衝く様に、彼はもう一度だけ訴えた。
《……正直、なんて言えばいいか、わからない》
《………》
《だから、俺はただ頼むしかない。どうか、もう終わりにしてくれないか、見世アザミ。俺はこれ以上、君とは、戦いたくない》
《それは、戦えば自分が勝つという意味? なら、それはとても楽しい冗句なのだけど》
《アザミ……》
彼がそう呟く中、彼女は首を横に振る。
《無理よ、不可能だわ。だって君だってそうだったのでしょう? 君は母や妹を殺したキロ・クレアブルを決して許さなかった。気持ちは、私もわかるわ。何故って私も同じだもの。見も知らぬ他人に全てを奪われたのは、私も一緒。だと言うのに、君は復讐を遂げて、私には諦めろと諭すの? それがどれほどの不条理か、気付かないふりをして? そうよ。私達は――アザミ。〝復讐〟に魅入られた――花の名をつけられた者達。なら、答えは一つしかないでしょう?》
《……ああ》
そうだ。そんな事は、本当にわかりきっていた。彼女と同じ見世字壬である自分が、一番よく知っている。
彼女は――決してとまらない。絶対に――諦めない。その復讐を果たすまでは――何があっても前に進み続ける。
そう痛感して字壬は思いを馳せた。こんな時、ラーシュなら、刻羽なら、イシュタルなら、ヒルカなら、扇妃なら、栞奈なら、一体どうする?
(ああ。ならこっちもするべき事は一つだ。彼女を『葬世界師』の能力範囲外へ吹き飛ばし、気絶させる。それ以外に、俺達がハッピーエンドを迎える手は、無い)
《けど、そうね。君は私が思っていた以上に、危険な存在みたい。さすが全ての『死界』の見世字壬を超越した〝神〟レベル能力者。故に――出し惜しみは無しにしましょう。私は全力を以て――君の心を破壊する》
《……ぎッッッッッッッッッッッッ?》
彼女が、手にした黒剣を字壬に突きつける。それだけで彼の中である感情が爆発した。ソレは、ガアラ・ネブラに対しても使われた能力である。
見世アザミは今、見世字壬の恐怖心を一グーゴルプレックス倍に増幅させたのだ。
それは完全に気が狂うであろう、凶気に満ちた一撃。これを食らい、尚笑って見せたガアラの精神力は凡そ異常と言って良い。加えて、これを何とか耐え抜こうと足掻く彼もまた、同じレベルの異常者といえた。
《やはり、まだ正気を保っている様ね。けど、それも、これでお終い》
両者最後の激突が幕を開けたのは――直後の事。
見世アザミは、その瞬間、己が奥義を展開する。
彼女は――〝彼女〟が感じた〝恐怖〟さえ動員する。しかもソレを外宇宙の空間に包み込みその感情を爆発的に跳ね上げた。
いや、本来なら、そこまでする意味は無い。何故なら〝彼女〟が感じた〝恐怖〟は、この宇宙に住む全てのニンゲンの恐怖を超越している。ヒトより三つ次元が上の存在の恐怖である。そんなモノを浴びて正気を保てる生物など、存在しない。
しかも〝彼女〟が感じた〝恐怖〟はこの世界に住む存在では、決して回避できない。世界そのものが感じた感情である以上この世界のどこにも逃げ場所など無いから、全ての術に優先されてこの業は成立する。仮にこの〝恐怖〟で〝彼女〟の心が病んだとしたら、この世界の全ての存在もまた同じ状態になる。
それだけの一撃に加え〈頂越的外気功〉すら纏ったソレは――既に『歪曲者』さえ超えた。それも端末ではなく『歪曲者』本体さえも。
つまり――勝機など微塵も無い。
既に精神を破壊されかけている見世字壬に、あの一撃を防ぐ手段など皆無である。
誰もがそう思い、見世アザミもそう確信しながら、彼女はその一撃を放とうとする。
槍の形をしたソレを、字壬に投擲しようと図る。
だがこの時、彼女は目撃する。
その――余りにもバカげた光景を。
(――な、に? 私と同じ術? そうか。彼は私の能力を〝浸食〟し、その情報を元に〝自分の躰を書き変えた〟? 〝彼女〟の〝恐怖〟と外宇宙の力の使い方を学び、実際に使役してみせたと――?)
《……ああぁ、多分っ、正解だぁ、見世アザミぃいいぃ……っ!》
それは、同じ見世アザミだから出来た業。仮に生き残ったのが字壬でなければ、それは決してなし得なかった。この皮肉を嗤いながら――アザミと字壬は最終奥義を撃ち放つ。
《フ――ッ!》
両者は裂帛の気迫と共に、手にした絶対不可避の槍を発射する。
この世全ての存在を破壊する――究極の絶技を繰り出した。
《おおおおおおおおおおおおおおお―――!》
《はああああああああああああああ―――!》
ついで――見世アザミは己の勝利を確信する。
(確かに彼は私の業を模倣してみせた。でも、それでも、出力は私の方が上。付け焼刃で身につけられるほど、この能力は甘くない! それは君が〝ハイ・ブースト〟を使っても変わらない――!)
それは、事実だ。今の字壬でも、彼女には遠く及ばない。
故に彼女は絶対的な優勢を保ち、己の勝利を確信する。
これを覆す事は、本物の神でさえ不可能だと理解しながら。
《な、に?》
だが、その時――アザミはソレを補うため彼が用いたこの上ない奇策を見た。
見世字壬は『自身の痛みを戦闘力に変える力』を持つ。
ならば、一グーゴルプレックス倍に膨れ上がった、己の恐怖心を浴びた彼は今どんな状態か?
(な、は? い、いえ、それでも、まだ足りない!)
然り。それも、彼女が正しい。
だが皆を、刻羽や扇妃やイシュタルやヒルカやラーシュを失った『心の痛み』を足せばどうなる?
《――まさか? まさか、まさか、まさか――っ?》
そして、彼は、見世字壬は、最後にその力を能力に加える。
即ち――『見世アザミを傷つけなければならない、心の痛み』を。
その意味を知り、その雄叫びを聴いた時、彼女は痛感する。
《おおおおおおおおおおおおおおおおおお………ッ!》
(……なんで、彼にここまでの出力が出せるっ? 私の三分の一ほどの力しか有していない彼が、なぜ私に競り勝てるッ? ……ああ。そう、か)
そうだ。誰かを失う事が何より辛い事だと、苦しい事だと、自分は知っていた筈では無かったか? 妹を失くし、父や母を失くし、仲間達を失った時、彼女は心底からそう感じた筈。その愛が、その憎しみが、自分の原動力だ。
なら、その事を忘れていた時点で、私の敗北は決まっていた? 今、誰より見世栞奈達の存在を軽んじていたのは、紛れもなく私自身だったと――?
そう自覚した時、彼女の躰に彼の一撃が決まる。
咄嗟に高位空間を盾としたがかの閃光は確実に彼女に届き、その瞬間この戦いは決着した。
《――勝った――ッ!》
己が全てをふり絞った字壬は、息も絶え絶えでそう漏らす。間違いなく彼女は、今の一手を以て、この宇宙の外に吹き飛ばされたと確信して。これで、漸く自分達はハッピーエンドを迎えられると、彼は満足げに笑みさえ浮かべる。
だが――その時もう一度だけ戦況が動く。
噴煙を掻き分け、最後の力を振り絞り、アザミが字壬に斬りかかってきたのだ。
その姿を見て、彼は、絶叫した。
《やめろ! やめろ! やめろ! たのむから、もうやめてくれぇえええ―――っ!》
けれど、その嘆きとは裏腹に、彼の躰は実に合理的に、反射的に動いた。全ての力を使い果たした彼には、最早本能で動くしか、打つ手がなかったから。
自分が死ねば、刻羽達は生き返らない。
その想いが、彼女が振り下ろした剣をギリギリで躱させる。
《え?》
《ああ》
その瞬間、見世字壬が具現した剣は、彼女の躰を事もなく貫いていた―――。
◇
もう、ずっと考えていた。
あの時、栞奈はどれだけ苦しかったんだろうと。どれだけ痛くて、どれだけ悲しくて、どんな想いで私の名前を呼び続けたのだろうと。
今の彼女にそれを知る術は無かったけど、一つだけハッキリした事があった。
《ああ、今、やっとわかった。私は、ずっと前から、君の事が好きだったんだって》
《……ああ、ああ、あ、ああああ》
《それも、当然だよね? 何しろ私は、もう七十兆回も、君の人生を見続けてきたんだから。そんな君の生きざまに、惹かれない訳がない。そんな君に、恋しない訳がなかった》
《アザ、ミ。いや、栞奈、栞奈、栞奈―――ッ!》
《でも、気にしなくて、いいよ。私は彼女が――『葬世界師』が、想定していたヒト達じゃないから、悲しまなくて、良いんだよ。私が居なくなっても、この物語は、ハッピーエンドで終わるんだから》
そして、今、思い出す。
アザミの花言葉には――〝満足〟と〝別れ〟があった事を。
涙があふれ出して止まらない彼は、いまこの時になって、思い知っていた。
《いえ、違う、ね。これで漸く、私も栞奈達のもとにいける。わたしなりのはっぴーえんどをむかえられる。だから、きみは、むねを、はりなさい、みせあざみ。さいごにわたしがであえた、さいこうのわたし》
《ああ……あああ》
《でも、そうね。やっぱりわたしもみせくんの、こいびとこうほにしてもらえないかな? それで、みんなでしゅくしょうかいを、するの。はしゃいで、もりあげて、きっとたのしいよ》
まるで、ユメ見る様に、彼女は、告げる。
そこで、彼はあらゆる感情を押し殺し、笑顔さえ浮かべて、言い切った。
《……ああ、そうだな。君が居なかったら、この物語は決して紡がれる事は無かった。俺にとって、いや、俺達にとって―――君は勝利の女神で、最高のヒロインだったよ》
《……そ、う。なら、ほんとうに、よかっ、た……》
それが――最期。
最期に儚げに笑って――一番初めの見世アザミの意識は漸くあの少女達のもとに向かった。
◇
ああ、そうか。
〝君は、もっと大人になっておくべきだったの〟
〝私を、見世派に加えてくれる?〟
今、わかったよ。貴女の気持ちが。
俺は結局、刻羽達を優先して、彼女を殺しただけだった。
あの時、貴女が俺を優先して、峯緒さんを殺したように。
今の俺は、貴女その物だ――橋間言予。
その時、アザミの躰からいくつもの光が吐き出され、彼方へと消えていく。
呆然とそれを見送る中、何時の間にか俺の背後には、彼女が立っていた。
《いえ。アレは全ての見世アザミが、自分達の世界に帰って行っているだけだから心配いらない。これで全ての『死界』は、失っていた見世アザミを取り戻し、元の形に復元したわ。そして、彼女が言う通り、あのヒトは私の能力範囲外だった。だから君が気にする事は無いのよ。……って言っても無駄よね。でも、それなら私は私がするべき事を、成すしかない》
途端、俺達は地球へと帰還し、全てが一変する。遠くから感じる『オーラ』は確かにイシュタル達の物で――それは彼女達が蘇生した証しだった。
だが、その最中――アザミと、『葬世界師』の躰も光の中に消えていく。
「……ま、待て、待て、待て。これは、一体、どういう……?」
「いえ――これがこの世界をつくる〝ルール〟だったの。――『歪曲者』に『私の命も譲渡する』というのも。でも心配しなくて良いわ。私は『歪曲者』が世界を歪め続ける限り永遠に存在し続ける。つまり今は離れ離れになったとしても、何れまたどこかで会う事ができるわ。だから――絶対にまた会いましょう」
「バカ、だ。……アンタも、アザミと同じくらいの、大バカだ……」
心底から、罵倒する。
だというのに、彼女は微笑みさえした。
「褒め言葉として、受け取っておくわ。じゃあ、今はさようなら、皆。そして――字壬君」
ついで、彼女達の姿は、完全に消失する。
不甲斐なくも俺の意識は――そこで完全に途切れていた。
終章
それから――俺達の新しい日々は始まった。
「というか、イシュタル様は本当に学校とか通う気は無いの? 割と楽しいわよ、高校生活って」
「ヒルカの言いたい事はわかりますが、私も割と多忙なのですよ。でも、そうですね。もう少しこちらの生活に慣れたら、考えてみる事にします」
「あら、そんな事を言っていて良いの、イシュタルさん? 青春なんてあっという間で過ぎていくのよ。ちょっと悩んでいる間に十代の三年間なんて瞬く間に消費されていくんだから」
「そういう貴女は、結局最終学歴は小学校中退なのよね? それで今はお酒が飲めないと商売にならない職種に就いているんだから。人生って色々だわ」
「刻羽。それは思っていても、口にする事じゃないの。彼女には彼女の苦労があるのだからその事を酌んで、相変わらず魔法少女狂な所はスルーよ」
「……そういうオマエは、相変わらずメイド狂だよな。ま、そこら辺を、栞奈が見習わなくて本当に良かったよ」
ヒルカと、イシュタルと、あのヒトと、刻羽と、ラーシュの会話に割って入る。
五人はやはり、首を傾げた。
「だから栞奈って誰よ、アザミ君? まさか、君、ついに脳内彼女と結婚とかした?」
「ま、そんな様な物だ。もしくはただの独り言とも言うが、その辺りは見逃してもらえると助かる。けど、そうだな。――とにかくもう一度会えて俺は本当に嬉しいよ、皆」
思わず五人に抱きつきそうになりながら、その想いを自制して、本音を漏らす。
やはり彼女達は、眉をひそめるだけだった。
そう。彼女達の記憶は、蘇生と同時に完全に復活した。けど、どうやら二瀬栞奈や『葬世界師』の事を覚えているのは、俺だけらしい。それどころか彼女達は橋間派との戦いや、自分達が殉職した事さえ忘れている。
或いは、あの一連の出来事は俺だけが見た、夢だったのではと思える程に。
あの二瀬栞奈という少女は、初めから存在していなかったと思わせる様に。
「偶におかしなことを言うわよね、字壬さんは。って、どこに行くの?」
「いや、なんというか、ちょっと散歩に」
あのヒトにそう答え、後ろを振り返った俺は、ぎこちなく笑う。
その体のまま――俺は見世派の区役所を後にした。
広場についた俺は、丘の上で片膝を立て座る。遠くを眺めながらボウとしていると、あの連中が揃って現れた。
今度は橋間派町保御一行の、登場である。
「おや。やっほー、字壬クン。若者らしく、今日も元気に自慰に耽っているかな?」
この言予の暴言に、俺は心底呆れながら答えていた。
「……俺、それと同じ様な台詞を、何かの映画で聞いたぜ?」
「あら、バレたか。私の渾身のギャグがパクリである事が、バレたか」
「……あの、お姉様、いい加減、自殺する予定とかありません?」
「酷い事を言われた。姉だと慕っている筈の妹分に、酷い事を言われた。これって悲しむべき事かな、皆?」
が、お香さんも、シトラウゼ司祭も、ガアラさんも、兆卯さんも、ザンジムさんも、ティナシュさんも誰も答えない。完全にスルーを決め込み、そのまま俺の背後を通過していく。
「と、そうね。皆は、先に行っていてくれる? 私はちょっと、用があるから」
不躾にも、言予は俺の横に片膝を立てて腰かける。
女性だと言うのに、それが様になっているのだから、このヒトはとことんワイルドだ。
「で、君がそんなに沈んでいるのは――栞奈ちゃんが原因?」
「アンタ、は」
「ええ。覚えているわ。伊達に『魂魄』を極め、『葬世界師』と同じ術を使った私じゃないもの。それで、どうする? 話を聴くくらいの事は、してあげられるけど?」
「……なら、訊くけど、これは――本当にハッピーエンドなのかな?」
思わず、吐露する。言予は何も言わず、俺はそのまま続けた。
「ああ。記憶を失った彼女は、頭は良かったけど、ただそれだけの普通の女の子だった。刻羽の様に毒舌家と言う訳じゃなく、あのヒトの様に趣味が偏っている訳じゃなく、イシュタルの様に清廉潔白な訳じゃなく、ヒルカの様にツンデレな訳じゃなく、ラーシュの様にヘソ曲がりな訳じゃなく、本当に何処にでも居そうな女の子でしかなかった。……そんな子が、あんな精神状態になるなんて、一体どんな地獄を見てきたんだろうな? どんなに辛くて、悲しくて、やり切れなかったんだろう? そんな彼女が居ないこの世界は、本当にハッピーエンドと言えるのかな……?」
自分で手にかけておいて、白々しくも、問いかける。
言予は、俺の頭を一度だけ撫でてから口を開いた。
「成る程。君はそれでも、この世界を否定し切れない訳ね。ここは『葬世界師』が、命を擲ってまでつくった世界だから。なら、この世界に疑問があるなら君がするべき事は一つね。これから誰もが、最良と思える様な世界にしていくしかないんじゃない?」
「……誰もが、最良と思える世界に?」
「そう。私はこれでも、何度もハッピーエンドを重ねてきたわ。でも、たった一つのバッドエンドがその全てを帳消しにした。私の世界は、それだけで一変したの。彼女も多分、それは同じだったと思う。そして、その逆は無い。幾つものバッドエンドを重ねた末、ハッピーエンドを迎えてもその過程は帳消しにならない。君は生涯、その事を引きづっていくでしょうね。例えこの先いくつもの善行を重ねても、あの彼女を殺した以上、それは全て偽善だと痛感する。でも、偽善に偽善を重ねていけば別の何かが見えてくる気がする。最期の瞬間、誰かを幸せに出来たと実感できたなら、それはとても意味がある事だと思うの。その誰かの想いは決して嘘では無いわ。どうか君は――その誰かの気持ちを蔑にだけはしないで、字壬。例え君がどれほど自分を責めようとも、それは決して見世アザミが望んだ世界ではないから。ええ、そう。私は誰かの命を奪う事しか出来なかったけど――字壬は違うのでしょう?」
そこまで聴いて、俺は思わず心底から苦笑した。
「……ああ。本当に、厳しいな、貴女は」
「んん? 私が君に甘かった事があって?」
そうして、俺は苦笑したまま立ち上がる。
言予も同じ様に立ち上がって、歩を進めた。
その後ろ姿に、俺は断言する。
「言予。俺はたぶん貴女の様に、変わらないと思う。俺は一生このままで、誰かを傷付けていくたびに後悔する。そんな事を何度も何度も積み重ねながら、それでも前に進んでいくと思うんだ」
そう。今は、前に進もう。
だって、あの彼女は、一度だって立ち止まろうとはしなかった。
どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、ただひたすら前進した。
一人では支えきれない重荷を背負いながら、それでも決して諦める事なく前に進んだのだ。
だったら、同じ見世字壬である俺も、せめてそれに倣うべきだろう。
でも、きっとそれでも大丈夫。
俺は間違いを犯しそうになった時は、きっと刻羽達がその誤りを正してくれるから。
アザミが、栞奈が、きっと――俺を叱りつけてくれると思うから。
そして、橋間言予は一度だけ振り返りながら、短く答えた。
「ええ。君は――それで良い」
「ああ。本当に、ありがとう」
それから、俺達は別れた。その背中を最後まで見送り、その時俺は確かに聞いたのだ。
〝ねえ、見世君〟
「んん?」
〝もし空から女の子が落ちてきたら、どうする?〟
俺の答えは、勿論、決まっている。
振り返らず、ただ祈る様に、告げた。
「ああ――幸せにする。今度こそ、絶対に―――」
〝うん。――ありがとう――〟
本当に、満ち足りた、声。でも、きっと、それも、ただの幻聴だ。
そうとわかっていながら、夏のカゲロウだけが、俺の視界を歪ませていた。
それは、ある夏の日の思い出。
俺と、あと約一名しか覚えていない、とびっきりの冒険譚。
その彼女の笑顔に思いを馳せ、俺はもう一度だけぎこちなく笑っていた―――。
交鎖十字・花名連想・後編・了
という訳で(私的には)波乱づくめの交鎖十字・花名連想終了です。
実はこの物語には原作があって、それぞれ五つの章にわかれています。
その五つの物語のヒロインが例のヒト達で、彼女達とイチャイチャ(?)するのがこの話の趣旨です。
何時か原作の方も発表できればいいと思っているのですが、果たしていつの事になるか?
興味がおありな方は、気長にお待ちください(もう一つ打ち明けると、山村バソリーが主人公のシリーズもあります)。
因みに、原作を書き上げるのに九年かかりました。
最後の章にいたっては、五年かかっています。
だというのに、花名連想は二か月で書き上げたという奇跡。
尚、次作の主人は――例の『頂魔皇」です。
文字数が多いので、シリーズ初の三部構成。