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両雄の感想

 西野昭夫は、時計を見てみた。

 神社にて、奇妙な少年と遭遇してから三十分が経過している。ペドロは、まだ姿を現さない。万が一にも、あの怪物が殺されるとは思えないが……それでも、不安は残る。いったい何をしているのだろう。


「なあ西野さんよう、村に来てたガキってのは、どんな奴だ?」


 聞いてきたのは、岡田雄一である。普段と同じジャージ姿で、昭夫の横に座っていた。

 このふたりは、ペドロの指示により他の村人とは別行動をとっている。今は、あの男の帰還を待っているのだ。昭夫の家には、妙な空気が漂っている。よくよく考えてみれば、この家に人を入れるのは初めてである。


「よくわかりませんが、小柄な少年でした。だけど、ペドロさんを見る目は本当に恐ろしかったです」


 昭夫は答えた後、思わず身震いしていた。年齢は十代半ば、もしくは二十歳になるかならないか。身長は低く、体つきもほっそりしていた。にもかかわらず、全身から異様な空気を漂わせていたのだ。ペドロを見る目は、野獣そのものだった。

 あの少年は、ペドロと同類ではないのか。

 すると、雄一がボソッと呟いた。


「裏の世界には、化け物みたいな奴が大勢いるからな。まあ、ペドロさんが殺られるとは思えないが」


 その言葉には、様々な感情がこもっている。昭夫は、ためらいながらも聞いてみた。


「あ、あの……岡田さんも、昔はそちらの世界にいたのですか?」


 途端に、雄一の目つきが変わる。鋭い表情で、昭夫をじろりと睨んだ。そこらの不良少年やチンピラなど、比較にならない凄みを感じる。これまで見てきた優しい父親の顔とは、真逆のものだ。慌てて頭を下げる。


「す、すいません! 言いたくなければ言わなくて結構です!」


「ああ、いたよ。今まで隠していて悪かった」


 呟くような口調だった。下を向き、溜息を吐く。

 少しの間を置き、語り出した。


「中学を卒業するかしないかのうちに、そっちの世界に入った。それから、ずいぶん大勢の人を傷つけてきた。俺は、最低の人間だったんだよ。いや、人間とさえ呼べないようなものだった。本当なら、死刑にされても文句は言えねえんだ。でも結菜が生まれて、ようやく俺は人間に戻れた……そんな気がするんだよ」

 

 語る表情には、深い悔恨の念が浮かんでいる。これまで雄一の生きてきた人生がどんなものか、昭夫にはわからない。ただ、その期間を深く恥じていることだけはわかった。

 何か言葉をかけてあげたい。しかし、何を言えばいいのだろう。こういう時、高木なら何と言っただろう。

 あるいは、ペドロなら──



 暗い雰囲気に包まれていた室内だったが、そんな空気を一変させたのはあの男だった。不意に玄関の戸が開き、誰かが入って来る。

 昭夫と雄一は顔を上げる。目の前に現れたのは、やはりペドロだった。


「ペドロさん!? 大丈夫ですか!?」


 勢いこんで尋ねる昭夫に、ペドロは真面目くさった表情で頷く。


「大丈夫だよ。しかし、想定外の事態が起きた。まさか、あんなものが来るとはね」


「どういう意味です?」


「この村に、竹内徹とその手下たちが襲撃をかける。俺は、ひとり残って彼らを食い止めるつもりだった。ところが、手下の中に獣が潜んでいたよ」


「獣?」


「ああ。それも、人間の知力と熊の腕力と野良猫の敏捷さをと兼ね備えた獣だ。もっとも厄介な代物だよ」


 言葉だけなら、冗談としか思えない。だが、ペドロの顔に嘘はなかった。この怪物をして、もっとも厄介だと評する者が来ているのだ。

 その時、雄一が口を開いた。


「俺も手伝おうか? あんたの手に余るような化け物が来てるなら、ふたりがかりで殺すしかねえだろ」


 本気の顔だった。横にいる昭夫は、緊張のあまり顔が強張る。

 しかし、ペドロはかぶりを振った。


「必要ない」


 途端に雄一の目つきが変わる。


「待ってくれよ。確かに、あんたから見れば俺は頼りねえだろうさ。それは認める。でもな、こんな状況であんたひとりだけに戦わせられねえ。俺も手伝わせてくれ」


 低い声て訴える雄一の顔には、不満げな表情が浮かんでいた。だが、ペドロは落ち着いた様子で言葉を返す。


「気持ちはありがたいが、大丈夫だ。彼に対しては、打つ手がある。それにだ、君はこっちの世界に戻る気なのかい? 今までの生き方を改め、この村で違う人間として生きる決意をしたのではないのかな?」


 言われた途端、雄一の表情が歪む。

 すると、ペドロの口調も変わった。穏やかな声音で語り続ける。


「殺したり殺されたりは、俺に任せておけばいい。君が守るべきは、文江さんと結菜さんのはずだ。君に万一のことがあったら、ふたりはどうなる?」


 その時、雄一は頷いた。


「わかった。あんたに任せる」


 そこで、ペドロは昭夫の方を向く。


「では、ふたりとも聞いてくれ。先ほども言った通り、竹内徹氏の手下には非常に厄介な人物がいる。そこでだ、予定を早めることにした」


「どういうことです?」


 聞き返す昭夫。


「本当なら、決行は二日後の夜の予定だった。しかし、こうなると悠長なことは言っていられない。あの桐山の動きは、俺でも読みきれないからね。したがって、決行は明日の夜にする」




 この時、昭夫は微かな不安を感じた。ペドロや竹内徹らに対するものではない。

 昭夫は、岡田雄一に言いようのない感情を抱いた。今、彼の知られざる素顔を垣間見たように思えたのだ。

 無論、雄一が御手洗村で人生をやり直そうとしている気持ちを疑っているわけではない。かつての自分を恥じているという言葉にも嘘はない。だが先ほどは、殺すという言葉を普通に口にしている。

 こんな状況なればこそ、仕方ないのかもしれない。しかし、雄一の中には未だ残っているのではないか。

 血みどろの世界で生きてきた野獣の部分が、まだ奥底に生きているのかもしれない。何かの拍子に、再び頭をもたげてくるのではないか。


 ・・・


 その頃、竹内徹は異様な事態に遭遇していた。


「なあ、どういうことなんだ?」


 首を捻りながら、尋ねる徹。


「いいから、僕ちんの言う通りにしてくんないかな。でないと、みんなが棺桶に入ることになるよ」


 桐山譲治の口調は、相変わらずふざけたものだった。しかし、表情は真剣である。鋭い目つきで、徹を睨んでいる。てこでも引かない様子だ。

 徹は、仕方なくトランシーバーを手にした。あちこちに散らばっている部下たちを呼び戻す。




 御手洗村の近くで、徹はキャンプをしていた。他の手下たちは、付近の捜索をしている。なにせ、このあたりはスマホが使えない上に詳しい地図がない。登山用の地図はあるが、その見方がわかるのは、病院送りにされた矢部だけてある。

 こうなると、お手上げである。いかに裏社会の住人といえど、自然には勝てない。慎重に動かざるをえないのだ。各自、迷わない範囲で周辺を少しずつ捜索するしかなかった。

 そんな中、桐山がひょっこり帰ってきた。だが、その口からとんでもない言葉が飛び出す。


「竹内さん、悪いんだけどさ、みんなを呼び集めてくんない。バリバリ最強ナンバーワンにヤバいよ、これは」




 約一時間後、皆が勢揃いした。徹は皆の顔を見回すと、桐山を指差す。


「この桐山が、みんなに話があるらしい。聞いてくれ」


 振られた桐山は、ウンウンと頷きながら口を開いた。


「あー、えっとね、あのチャンラオス村には激烈にヤバいのがいんのよ」

 

「チャンラオス村ってなんだよ。御手洗村だろ。もう原型がほとんどないじゃねえか」


 広田(ヒロタ)という若い男が軽口を叩いたが、桐山は構わず語り続ける。


「んなこたぁ、どぅーでもいいのよ。問題なのは、ペドロ博士はとんでもないバケモンだってことなのん」


「ペドロハカセ? そいつは、ペドロハカセって名前なのか?」


 尋ねたのは徹だ。他の者たちも、明らかに困惑し顔を見合わせている。

 そんな微妙な空気にもかかわらず、桐山はマイペースだった。


「そうそうそう。んでね、そのクレイジー博士がまた、とんでもない奴なのん。たとえるなら、戦隊もののヒーロー番組に怪人として出てもおかしくない奴なのよね。それも、ヒーロー全員倒しちゃうような強敵だにゃ。そんなのが、テレビ画面からこっちの世界に来ちまった、そんな感じかにゃ」


 その時、再び広田が口を開いた。


「何言ってんだよ。いくら化け物って言っても、拳銃(チャカ)で頭ぶち抜けば終わりだろ」


 言いながら、拳銃を抜く。彼は、メンバーの中でもっとも若い。桐山とたいして変わらないくらいの歳だろう。中肉中背で気は荒く、半年前に刑務所を出たばかりという男だ。向こう見ずな性格が、顔にも表れている。

 すると、桐山はふうと溜息を吐いた。


「ヒロポン、君はなんーにもわかってないのんな」


 そう言うと、両手を大きく広げた。


「じゃあさ、その自慢のチャカで僕ちん撃ってみてよ」


「バ、バカ野郎! んなこと出来るか! くだらねえ冗談はやめてくれよ!」


 さすがの広田も慌てる。しかし、桐山は構わずに続けた。


「だいじょびだいじょび。さあヒロポン、撃ってみるのん。僕ちんは死にましぇんから。万一僕ちんが死んだって、竹内さんがちゃんと後始末してくれっから」


「いや、ちょっと待てったら」


 広田は、広げた手のひらを前に出す。待てのジェスチャーだ。次いで、徹の方を向いた


「竹内さん、何とかしてくださいよ」


 困り果てた顔で言った。徹はというと、慌てて桐山へと近づく。


「桐山、ちょっと落ち着け──」


「ああ、だったらこうすりゃいいのん。竹内さん、防弾ベストある?」


「あるけどよ、どうすんだよ?」


「ちょっと持って来て欲しいのんな」


 徹は、仕方ないといった様子で車から防弾ベストを出した。念のため積んでおいたものである。それを渡すと、桐山はいそいそと着込む。小柄な彼には、サイズが大きめだ。少々、不格好ではある。

 だか、桐山はそんなことは気にも留めていないらしい。広田の方を向いた。


「ささ、これでいいっしょ。早く撃ってちょうよ」


 言った直後、撃ってみろとばかりに胸を叩く。


「あ、あのな、防弾ベストでも弾丸(たま)くらったら痛いんだよ。骨ぐらい軽く折れるぞ」


 広田が顔をしかめつつ言うが、桐山は止まらない。もう一度、胸を叩いた。


「いいから、早くしてちょうよ」


 その言葉に、広田はしかめ面のまま徹の顔を見る。


「竹内さん、いいんですね?」


「ああ。もう好きにさせろ」


 竹内は、面倒くさそうに答えた。それを聞いた広田は、じっと上を向く。迷っているらしい。

 ややあって、桐山をじろりと睨みつける。どうやら、腹を括ったらしい。

 直後、銃口を向ける。両者の距離は1メートルもない。手を伸ばせば届くような間合いだ。

 この距離なら、素人でも外さない。確実に当たる。


「クソ! 後で泣くんじゃねえぞ!」


 怒鳴った直後、トリガーを引いた。銃声が響き渡り、弾丸が放たれる。

 直後、皆が予想していなかった事態が起きていた──

 

「な、なんだよ……」


 唖然とした表情で呟く広田。確かに今、自分は拳銃を撃った……はずだった。

 その拳銃は今、桐山の手にある。広田がトリガーを引き弾丸が放たれる零コンマ何秒かの間に、桐山は動いていた。稲妻のような速さで、拳銃を握っていた手をはたく。銃口は大きく逸れ、当然ながら弾丸も大きく逸れる。後ろの大木を掠めたのだ。

 それだけでは終わらなかった。さらに桐山は、拳銃を掴む。一瞬にも満たない間に、取り上げていたのだ。アクション映画などで見られる動きだが、現実には不可能な動きである。相手の指の動くタイミングを完璧に見切り、しかも人間にはありえない速さで手を動かす必要がある。

 その不可能なはずの動きを、桐山はいとも簡単にやってのけたのだ。

 桐山は拳銃を掴んだまま、皆を見回した。


「あのペドロ博士も、これくらい簡単にやっちゃうのんな。はっきり言って、僕ちんより強いんちゃうかな。そんな奴が、向こうにはいるわけよ。あんたら、こんなこと出来る奴が目の前に出たら、どうすんの?」


 軽い口調で言いながら、拳銃を広田に返す。しかし、広田は呆然となっていた。

 広田だけではない。周りの男たちは、目が点になった状態でふたりのやり取りを見ている。今、目の前で起きた一連の出来事は、ありえないことばかりだ。

 異様な空気が流れる中、ようや徹が口を開いた。


「桐山がここまで言うんだ。注意するに越したことはねえ。村では、常にふたり一組で動く。その何とかいう外国人を見つけたら、下手に手を出さず皆に連絡しろ。いいか、俺たちの目的はドンパチじゃねえ。俺の娘と孫を助け出すことだ。娘と孫を助け出したら、速やかに退散する。いいな?」


 その言葉に、皆が頷く。しかし、桐山だけは首を横に振った。


「僕ちんの目的は、ペドロ博士をぶっ飛ばすこと。見つけたら知らせてね。あんたらに殺られるほどマヌケじゃないのは間違いないからさ」





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