マデレスジグモでタワシオアラエ
「はーい。じゃあ先生の手元が見える所まで進んでくださいねー」
用具倉庫に入ると地下へと進む階段があって、階段を降りるとちょっとした広場になっていた。そこは見覚えがある場所で、ゲームで迷宮探索に行くと切り変わる場所だ。探索パートナーとの待ち合わせ場所にもなっているので、広場のように広くなっているんだろうね。
「じゃあ、見えるかなー? ここに、七つのくぼみがある扉がありますね?そして、その下の入れ物にはくぼみと同じ大きさのメダルが七つ入っています。つまり、このメダルをドアのくぼみにはめるとドアが開くというギミックなんですねぇ」
おいおい。
いきなり全部説明しやがったよ先生が。
ここ、ゲームだと学校内の図書館でヒントを拾ってきて最初のパートナー(固定でクラスメイトのディジー)と謎解きをして開ける事になっている。
ちなみに、メダルはこの国の歴代の王様の紋章だ。王家の紋章とは別に、王様はそれぞれ個人の紋章を持っていて、その紋章がメダルに刻まれているのだ。
上から順に、即位の古い順にはめていけばドアは開く。
「メダルには歴代の国王の紋章が刻まれておりますので、上から即位順にはめていけばあきますんでね。そうだねぇ。じゃあアルフォンス殿下にはめてみてもらいましょうかね」
「はい」
先生に指名されて、アルフォンス殿下がドアの前に立つ。
まぁ、歴代の王様のメダルをはめろってパズルなんだから王族にやらせたらいいわな。
だけどさ、これって逆に言うとプレッシャーだよね。だって、王子様がこれ間違えたらかなりの恥にならないか?
かといって、俺だってロッティンベルグ家の歴代当主の名前を順番に並べろとか言われてもできねぇけどさ。父親の名前は言えるが、爺さんは生まれた時から「お祖父様♡」って呼んでたから名前なんか知らんし。
お祖父様♡って甘えるとお小遣いくれんだよ、爺さん。当然だけど、ひい爺さんの名前なんか知らんし。
そんな先祖不孝者の俺だけど歴代の王様の即位順はわかる。これは単純に歴史の勉強の範疇だからだね。前世での学生が徳川将軍十五人を丸暗記するようなもんね。
『マ・デ・レ・ス・ジ・グ・モ』って覚えるのが一般的。歴代王様の名前の頭文字ね。テストは記述式じゃなくて選択式が多いからコレで切り抜けられるって家庭教師が言ってた。
ただ、ゲーム序盤のパズルとしてはこの覚え方ではNGなのよ。だってさ、名前がわかってもどの紋章が誰のやつかわからんと結局だめなわけじゃん。んで、こっちの覚え方は『タワシオアラエ』なんだよね。
『タカ・ワシ・シカ・オオカミ・アサガオ・ライオン・エイリアン』これは、この世界の人は関係なくてゲームプレイヤーたちの間で覚えるために編み出された暗記法。だって、この世界でエイリアンっておかしいでしょ。
実際の紋章はエイリアンじゃなくてワニなんだけど、語呂合わせ優先でそうなったみたいよ。攻略サイトにそう書いてあった。
で、王子様のパズルの進捗はどうですかとドアの方に視線を投げてみたら。
「……ま、で、れ、す、す、す、スーベレイン王は犬が好き」
とかつぶやきながらやってた。王子様も、ご先祖様の即位順は語呂合わせで覚えているっぽいのを耳にしてしまった。なんか親近感わいてきたぞ。
上から四つめのくぼみにオオカミのメダルをハメているところだった。
王子様のつぶやきが気になってしまったので、そろそろと距離を詰めてみた。
「ま、で、れ、す、じ、じ、じ、ジークリンド王は花パッパ」
パチリと一枚メダルがハマる
「ま、で、れ、す、じ、ぐ、ぐ、ぐ、グーデリアン王はガオーガオー」
パチリと一枚メダルがハマる。
「……モントレイン王は大口だぁ〜」
最後の一枚のパネルがはまり、ギャリギャリと歯車の回る音が聞こえてきた。やがてゆっくりとドアが開き、迷宮への入り口がひらかれたのだった。
感動の一瞬だと思う。いよいよ、本格的に迷宮に潜るのだと緊張感を持つ場面何だと思う。
でも。
「殿下、なんて覚え方してるんですか」
思わず、笑いが出そうになって口を抑えてしまった。歴代王様の即位順を、俺たち一般生徒と同じように語呂合わせで覚えている上に、それぞれの紋章については数え歌みたいに節を付けた詩で覚えてるんだもん。しかも、脳内で歌って黙って作業をやってればいいのに、口に出しちゃってるんだから可愛いよな。
アルフォンス殿下がバッと勢いよくこちらを振り向いた。端正なお顔が段々と赤くなっていく。
「き、聞こえていたのか」
「洞窟になっていて響きますし。俺に聞こえていたんだから、結構みんなに聞こえてたんじゃないですか」
俺の顔を見ていたアルフォンス殿下が、更に上半身をねじって後ろを見るとサッとみんなの視線がそらされた。
「だ、大丈夫ですよ殿下、ガオーガオーとかめっちゃ可愛かったですよ!」
アルノーがフォローにならないフォローを口にした。アルフォンス殿下は真っ赤な顔で目尻に涙まで浮いてきていた。
「ご立派でしたよ、アルフォンス殿下。王族として間違えられない局面でしたから、万全を期して臨んだその姿はとても尊く、恥ずべきことは何もありません。クラスのみんなも殿下を身近に感じることができ、感動しているのです。さ、背筋を伸ばしてください」
護衛騎士のステファノがそっと寄り添ってアルフォンス殿下を励ましている。後ろにいるクラスメイトもみなウンウンと微笑ましい顔で頷いていた。
「貴様には、後で話がある」
ステファノにきつい目で睨まれてしまった。
まぁ、昨日の今日だしね。
昨日は女の子を殿下に投げつけて、今日は「プププー幼い覚え方ぁ!」って言ったみたいなもんだし。
優しいお説教ぐらいで済むといいんだけど。