第2話:巡業ツアー
「え〜そんなことあったんだ〜」
かくかくしかじか、数日前のライブ終わりに出会った男の話をすると、箱型魔動車の向かいの席に座ったハンナは驚いたみたいだった。私と同い年なのに少し幼く見える童顔の中で、まんまるな目は見開かれてさらに大きく見える。
「怖いね、そのファン」
「今思い出しても腹が立つ!」
怒りを原動力にして、ハンドグリップ――携帯筋トレ用具――を力を入れて握りしめる。
グリップのばねは限界まで押し縮められて、ぎちぎちと音を鳴らした。
「ファンサービスに来たくせに、私に興味ないなんて、どんな変人よ!」
「いや、急に筋トレ始めるアンタに言われたくないと思うけど……」
「筋力を笑う者は筋力に泣く! 暇な時間は全部自分みがきのために使わないと!」
「はいはい」
熱弁をふるうと、ハンナには呆れたような目を向けられてしまった。
『やっぱりアンタの筋肉信仰だけは理解できない』――聖女なんて体が資本でしょ!? 体力・筋力があっての物種じゃない!?
長い付き合いの我が親友ながら、どれだけ言葉を尽くしてもこれだけは分かってくれないらしい。
もっとも、彼女の興味があるのはどちらかと言えば――。
「それよりさ! アンタのこの間のライブ、めっちゃ良かった。あの……」
「衣装!」
「パフォーマンス!」
「新曲!」
――もっと、きらきらした方面なのかもしれない。
交互に言い合って、『さすが私たち!』と自画自賛して吹き出した。
変な男に『いつもあんな感じのライブ』とケチはつけられたとはいえ、先日のライブでも、いろいろと新しくて奇抜な工夫は施されていたのだ。主に、ハンナが考えてくれた様々な工夫が。
「確かにあの衣装、超可愛かった!」
「えへへ、ルナっていう素材が良いからだよ〜! 曲もすごくかっこよかったし!」
「でしょ!?」
ハンナ=ウォルテアは、ここエグリーシュ王国の王都に店を構えている裕福な商家ウォルテア家の令嬢で、行儀作法を身につけるためにと教会に放り込まれた聖女だ。
私みたいな『ド庶民』から見れば彼女も十分すぎるほどのお嬢様なのだけれど、『貴族』と『平民』で派閥が分かれている教会の中では、彼女もやっぱり『見下される側』で。それに『なにくそっ!』と憤っているところで意気投合して以来の付き合いだ。
今は、自分が聖女として自ら表舞台に立って位階を上げることよりも、一緒に『ルナ=キャロル』を第一級聖女として演出する方が楽しいらしい。ウォルテア商会から仕入れた軽くて薄い新素材の布で衣装を作ったり、つてで知り合った異国の踊り子の振付を取り入れてみたりと……ほんとうに世話になりっぱなしで、彼女には足を向けて寝られない。
それともうひとり、讃美歌の作詞作曲とライブでの演奏を手伝ってくれている、ヴァレッドという男の子もいるのだけれど……彼のことはまた別の機会に話すこともあるだろう。
「第一級聖女になってから、やっぱりライブ増えたよね。二人には迷惑かけるけど……」
「何言ってんの! うちの店の宣伝にもなるんだからいいよ、じゃんじゃんやって!」
「もうっ! ハンナがいちばん私をこき使おうとしてくるからなぁ」
「えへへ、頑張ってね。頼りにしてるぞ我が広告塔!」
親友との軽口のたたき合いの時間だけは、まるで等身大の16歳の女の子のままでいられるような気がした。話している内容は、ちっとも可愛くないけれど。
「それにしても……今回の巡業先ってどうやって決まったのかな?」
私たちが今乗っている魔動車とは、風魔法を込めた結晶石を動力として動く乗り物で、生身の動物に車を引かせるよりも長距離移動に向いている。こんな車をいちいち手配してどこに向かわされるのかと思えば、仰せつかった行き先はここからはるか遠く……国境付近のセウブ辺境伯領だった。
これが私の第一級聖女としての初めての巡業だ、どこに行くことになったとしても一生懸命やるつもりだったけど、『なぜそんなに遠くのセウブ領にわざわざ行くのか』という疑問を捨てることはできなかった。
「行き先は教皇様がお選びになったんでしょ? どうしてセウブなんだろう」
「あの狸爺の考えることなんて、セウブ伯に媚を売りたいとか、金になるからとかでしょ」
「はっはは、いくらなんでもそんな……ありうるね。もう、ほんとうに俗物なんだから」
ハンナが辛辣な言葉で切り捨てた通り、教会を指揮下に置いている教皇様は『貴族派』の代表で、世俗の垢に塗れて、聖女を金儲けの道具に使っているようなお人ではあるのだけれど。
そうは言ってもセウブに行っている間は他の公演もできなくなるのに……よほどの金を積まれて頼まれたのだろうか。
「まあ、裏にどんな思惑があるにせよ、私にできるのは、皆を元気づけることだから。私は全力で聖女様をやるだけよ!」
「さすが『二十四時間働けます!』のアイドルね」
「まあね! 褒められたからには頑張らなくっちゃ!」
「いや、呆れてんのよ」
考えても仕方がないか、とグリップをにぎにぎと動かすと、ハンナは頭を抱えてしまった。
この時の私はまだ知らなかった。
「あっ!? あの時のいけすかない男――!?」
「……どうして、君がここに……?」
王都から遠く離れたかの地で、まさかあの不信心者との運命の再会を果たすことになるなんて。
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