プロローグ:私も聖女様《アイドル》になりたい!
アイドルが好きなので書きました!
水面に遊ぶ精霊たちよ――美しい歌声が、石造りの聖堂に響き渡ってこだました。
窓から差し込んだ光の輪の中で、白い衣装をまとった聖女様が、透ける裾をひらひらと揺らして舞っている。
争いをやめよ、友を慈しめ――この国の伝統的な讃美歌を歌うのは鈴を転がしたような綺麗な高い声なのに、一番後ろの列にいる私のところまで、その音は届く。
「……きれい」
うんと昔の伝説の聖女様も、きっとこんな人だったんだと思う。
古めかしい言葉遣いの歌も、まるで優しいおかあさんに窘められたときみたいに、素直に『ああ、そうなんだ。いい子にしなくちゃ』って受け入れられる。
この歌声を聞けば、喧嘩ばかりしていたおじさんたちも、意地悪なことばかり言ういじめっ子も、みんな涙を流して自分の行いを悔いた後、にこにことした笑顔になる。
精霊たちよ、我らに永遠の安らぎをもたらせ――聖女様は歌い終えると、美しい所作でくるりと回り、参列席の私たちに向かって一礼した。
聖堂内が、しぃん、と静まり返った後で、わっと拍手が湧きおこる。
「聖女様!」
「視線をこっちに……ははっ、ありがたや……」
「ばっか、オレの方を見てくれたんだよ!」
「……ちがうもん、私だもん」
ほんとうに、そうなのに。聖女様は私のことを見て微笑んでくれるって『約束』したのに。
勘違いしている周りの声に面白くない気分になって、私は聖堂からこっそり抜け出した。
「ごめんなさい、遅くなったわね」
結局、聖女様が私に会いに来てくれたのは、それから数十分も後のことで。
そりゃあ信者を大事にするのも聖女様の仕事のうちだけど、もうちょっと早く探しに来てくれてもよかったのにって、私は拗ねていた。
「もう、古い歌に曰く『争うな、ひとを妬むな』でしょう?」
「だって、私の聖女様なのに!……ううん、ごめんなさい」
「ふふ、素直に謝れる子は好きよ?」
窘められてから、やっと謝った私なんかにも、聖女様は優しい。いつだって優しい。
教会の雑用係の私が何かへまをしでかしたときだって、一度も咎めたことなんかない。
それが余計に申し訳なくってたまらなくなるのだ。
「ごめんなさい……」
「ルナ、あなたがいつも私のお世話をしてくれて、ほんとうに嬉しいわ。そんなに落ち込まないでちょうだい。ね、かわいい顔を見せて?」
「聖女様ぁ!」
「今日の歌はどうだったかしら」
「最高でした! いつもそうだけど、あの、すごい、きれいで!」
私が拙い言葉で報告しても、聖女様はくすくすと笑ってくれた。
私だけじゃなくて、聴いていたひとも皆にこにこしていたんですよ、と言うと、その笑みはさらに深くなる。
「……そう、よかった。それがわたくしの仕事だもの、それでいいのよ」
ああ、なんてかっこよくて、きれいなひとなんだろう。
少しも驕らず、常に笑顔をふりまき、ひとを励まし続けるなんて!
「私も……」
「どうしたの?」
「私も、いつか聖女様みたいになりたい!」
私が身の程知らずな夢を告げると、聖女様は驚いた顔をして――それからやっぱり、美しい笑みを向けてくれた。
「そうね。なれるわよ、あなたなら」
「ほんとですか!」
「ええ。夢を諦めなければ、きっと」
憧れのひとに『頑張って』と励まされた嬉しさからか、興奮からか、顔が熱くなって、頭はぽーっとしたままで、その時のことはあまり記憶に残っていないのだけれど。
――その時の聖女様の、弧を描いた紅い唇のことだけは覚えている。