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やるせなき脱力神番外編 理想研究所  作者: 伊達サクット
3/3

番外編「理想研究所」3

「あは、あははは、あーっはっはっは!」

 凄まじき魔力を放つリティカルの背中から、一対の翼が形成された。

 腕や足と同じく、透明で軟体状の翼だった。そして、その翼が青く光り輝くと、彼女のヒールが地面から離れ、浮き上がる。

「逃がさない!」

 リティカルはそのまま高速飛行して穴から逃げた死刑囚達を追いかける。

 慌ててメザーや兵士達が後を追う。

 穴から出ると、既にリティカルが逃げる死刑囚達の先回りをしてゆく手を塞いでいたところであった。

「や、やめろ、やめろおおおおっ!」

「ひえええっ!」

 死刑囚達がリティカルを前に怯え戸惑う。

「クリオネビット!」

 リティカルが宙に浮いたまま、両手両足を大きく広げると、背中の羽から大量の小型のクリオネ型の生物を発生させた。

 そして、彼女が片手を前に突き出すと、それに連動してクリオネ型の生物達は死刑囚達を包囲するように飛び交い、四方八方から雨のようなビーム攻撃を浴びせた。

「ぎゃあああああ!」

 大量のビームに貫かれ次々と倒れ絶命していく死刑囚達。

 そして、死刑囚らに当たらなかったビームの一部は様子見ていたメザー達や兵士達に向かって飛んでいく。

「なっ……!?」

 メザーは慌てて腕を交差して防御態勢を取るが、ビームが当たっても痛くも何ともなかった。他の兵士達も同じようだ。

「あれ?」

 メザーが兵士や周囲の状況を確認する。ビームの流れ弾は地下道の外壁にも大量に当たっていたが、壁は傷一つついていなかった。

「もしかして、敵だけにダメージを与える攻撃だったのか?」

 メザーがリティカルに問うと、彼女は胸元の口を広げて「そう。アンタが怒るから配慮してやったんだ!」と返した。

「なるほど……素晴らしい」

 メザーは焼け焦げて全滅した死刑囚達の屍を見渡して、その一言しか言えなかった。

 リティカルは、ふわりと地面に着地した。オーラが消え、それに伴い前髪も垂れ下がり目元が隠れ、元の陰気な雰囲気に戻った。

 リティカルは、遠巻きに様子を見る研究員をジェスチャーで呼び寄せていた。胸元の口が閉じると、顔の口からは声が出せないようだった――。



 ネオリクの町にあるウィーナの旧邸は、冥王軍の工兵達や、現地で雇われた大工達によって大規模な改築作業が施されていた。

 この屋敷は、ウィーナが現在王都にある屋敷を建てる前に住んでいた場所である。

 ワルキュリア・カンパニーが大きくなっていくにつれて、この旧邸は手狭になり、王都に現在の屋敷を建て、そこをワルキュリア・カンパニーに拠点にしたのであった。

「ここに来るのも久しぶりだな」

 ウィーナが誰にともなく言う。

「そうッスね。あの頃と比べたら随分組織も成長しましたよね……」

 ニチカゲが言葉を返した。

「ああ、そのおかげで面倒な問題も増えてしまったが」

 ウィーナは軽く溜息をついた。

「旧邸を提供することで家賃って結構もらえるんですか?」

 ロシーボがウィーナに問う。

「まあな」

 この旧邸に大規模な改築を施して研究所にし、問題のリティカルという強化戦士に貸し与えるのである。

 もちろん改築にかかる費用は全て冥王軍の負担だし、毎月家賃収入も入ってくる。結構な額だ。経営が苦しいので少しでも収入を増やしたいところでの、冥王アメリカーン直々の提案であったのだ。

「あなたがウィーナさん?」

 背後から女性の声がした。三人が振り向く。

 するとそこには、二人の人物がいた。

 一人は体にぴっちりと密着した、腹部が大きく露出した衣装を着て、わずかに覗かせる手足はスライムのように透き通っている女性。スレンダーな体型をしている。

 もう一人は白衣を見に纏った科学者風の男。小奇麗な印象を与える。

 女性の方がウィーナの前まで近づくと、大きく露出した胸の谷間が左右に開き、牙の生え揃った口になった。

「お初にお目にかかります。この度、御社よりこの施設を預かり、御社の非常勤従者として準幹部従者の地位を賜ったリティカルと申します」

 胸の口から声が出てきた。そして、前髪で目が隠れた頭を下げ、一礼する。

「そうか、お前がそうだったか。私がワルキュリア・カンパニー代表取締役社長・ウィーナだ。よろしく」

 ウィーナは笑顔を見せ、リティカルに手を差し出して握手をした。冷たい、柔らかい感触が手に伝わる。

「私はリティカルの下で副研究長しておりますクストと申します。冥王軍側のスタッフ共々、お世話になります」

 クストもウィーナと握手を交わした。

「こちらは我が幹部のニチカゲとロシーボ」

 ニチカゲとロシーボもそれぞれ気さくに自己紹介をし、リティカルやクストと握手した。

「それでは、今日のところだが、予定しているのはここの改築の視察と、汝らの組織での仕事内容や待遇の確認だ。まだ手を加えていない会議室で話せると思う」

 ウィーナが言うと、リティカルは胸の口を谷間に収納して無言でうなずき、クストは「承知しました」と返した。

「フィーッフィッフィッフィ! 見つけたどぉ、ウィーナぁぁぁ……! どぅへへへへへぇ~!」

 突如背後から奇声が聞こえた。

 一同振り返ると、そこには忘れもしない人物が立っていた。

 半年ほど前から突如姿をくらまし、無断欠勤を続けて行方知らずになっていたワルキュリア・カンパニー副社長・ガンバルゾーその人である。

 漆黒のローブを身に纏い、紫色で皺が刻まれた顔。黄色い目は充血し、満月のようにギラギラと見開いており、目の焦点がまるで定まっていない。

「ふへへへへ、ひへへへへ、ウィーナ、ワシを今までのガンバルゾーと思ったら大間違いドゥワー! ワシはウィーナ(たま)から授かったのだよ! ウィーナ(たま)の崇高なる(キャミ)の力を! 勝利の女神のっ……! 圧倒的(あっトゥーてき)な力をぅぅぅ!」

「ウィーナ様の力……?」

 ロシーボが驚愕する。

「えひゃひゃひゃ! い、いいい、いいいいひひひいいい……。ここここここの、さささ最強で最強な最強の最強でウィーナ(たま)の力の最強の力があれば、ウィーナぁぁ…これで貴様にも負けん! 今日から私が社長どぅわぁっ! ヒヒヒヒ。ヒーヒー」

 ガンバルゾーが見るからに安物のナイフを片手に、その場でぶんぶんと意味もなくナイフを何度も振り回す。

 失禁しているらしく、ローブの股間の部分を小便で濡らしており、ローブの裾からはボトボトと糞を垂れ流している。

「えひ、えひひひひ! ウィーナ、今日こそお前の(イノキ)をもらうずおぉぉぉ! 勝利の女神ウィーナ(たま)より授かったお力さえ、あれば、このワシが(キャミ)! (キャミ)! (キャミ)ぅぅぅぅっ! 社長なのだぅぅぅ! ヒーッ」

 ロシーボとニチカゲはガンバルゾーの様子を見て顔をしかめたが、ウィーナは無表情で顔色一つ変えない。

「勝利の女神、ウィーナ様の力ッスか?」

 ニチカゲが警戒を強めた様子でウィーナに問う。

「授けた記憶は全くないが、その勝負受けて立つ!」

 ウィーナは腰の鞘から剣を抜き、静かに構えを取った。

「えいっひひひ、最強ぶひひひ最強! ウィーナ、貴様のような下等(カトゥー)生命体がこのワシに楯突くのか!? 身の程を弁えろ! 勝利の女神の裁きが下るずぉぉぉ! 貴様ら全員の(イノキ)をもらうぅぅぅ! フヒーフヒー」

「イノキ!?」

 ロシーボが聞き返すが、ガンバルゾーは異様なまでにハイテンションで楽しそうに笑っており、ロシーボの声など耳に入っていない様子であった。

「貴様、半年間姿を見せず何をしていた?」

「何だトゥー!? 貴様、たかが社長の分際でこの副社長に逆らうというのかぁぁぁっ……! 死ねえええええっ!」

 ガンバルゾーがナイフを振り回しながらウィーナに向かってきた。

 すると、脇に立つリティカルが両手をかざすと、手が腕から分離して飛んでいき、ガンバルゾーの肩をつかんだ。その瞬間ガンバルゾーの全身が激しい雷撃に包まれる。

「ぎゃああああああっ!」

 煙を上げ、その場に倒れるガンバルゾー。

 分離したリティカルの二つの手は、それぞれ彼女本体へ戻り、腕の断面に付着して元通りとなった。

「なるほど。やるな」

 ウィーナはリティカルに言い、出番のなかった剣を収めた。

「あれ、立つ」

 ロシーボが小声で言う。

 見ると、倒れていたガンバルゾーが立ち上がり、焦げたローブから煙を上げながらもこちらを見据えている。

「まだまだまだまだああああっ! たかだかこんな程度でやられるガンバルゾーではぬぁいわぁぁぁっ! かくなる上はこの筋肉増強剤を飲んでもう一回勝負どぅわあああっ!」

 ガンバルゾーはローブの中から錠剤の入ったビンを取り出し、中にある錠剤を口の中に無造作に放り込んだ。

「ううおおおおおおっ! あ~ばばばばばばぁ~っ!」

 ガンバルゾーの筋肉が膨れ上がり、ローブはあっという間に破れ、全裸で紫色の肌を露わにした、筋骨隆々の巨体に変貌した。

「えひひひひぃ、えーっひゃっひゃっひゃ! 上半身から下半身まで力がみなぎるずぉぉぉぉっ! ウィーナああああっ! 今度こそこの最強の最強でひひひひ、我が主君ウィーナ(たま)の最強の理想を実現させるのどぅわああ! ひひ、ひひひひ! あ、あああ、圧倒的(あっトゥーてき)な、(キャミ)の力をもってぇ! 貴様の(イノキ)を頂くぅぅぅぅ! 」

 すでにリティカルは胸元の口を開き、攻撃魔法を放つ準備を終えていた。胸元から花びらのように展開する六本の触手によって魔方陣が描かれ、そこから彼女の身長程の直径があるレーザーが発射される。

「げへえええええっ!」

 ガンバルゾーは光の奔流に飲まれ、一瞬にして消滅してしまった。

「リティカル、初仕事、見事だった」

 ウィーナは少しだけ笑顔を作り、リティカルを讃えた。

 リティカルは胸元の口を収納し、無言で一礼し、身振り手振りで何かをウィーナに訴えかけた。

「ん?」

「あっ、リティカル殿は顔の口からは声を出せないんです。多分、『出過ぎた真似をして申し訳ありません』ということを仰っているのかと」

 リティカルの後ろに立つクストが説明した。小さくうなずくリティカル。

「下の口ではしゃべらないのか?」

 ウィーナがリティカルに問うと、彼女は両手の人差指を交差させバツのマークを作り、赤面して縮こまった。

「下の言葉はどうしても乱暴な言葉遣いになりがちで……。あと、どうしても周囲の視線が胸に」

 クストが言い終わらない内に、赤面したリティカルが透明な掌でクストの頭を強く叩いた。

「いてっ!」

「そういうことか……。分かった。私を守った褒美として」

 ウィーナはリティカルの前まで歩み、彼女の透き通った喉に、そっと手を当てた。ウィーナの手が淡く、柔らかく光り、リティカルの喉が光に包まれる。

「上の口から声を出してみろ」

 ウィーナが言う。

「あー、あー、あっ、しゃべれる!」

 リティカルの顔の口から高めの女性の声が発せられた。長い前髪から驚いた様子の目が覗く。

「あ、ありがとうございます! ああ……凄い……」

 リティカルがウィーナに深々と頭を下げた。

「良かったですね! これで随分楽になりますよ!」

 クストも嬉しそうだった。


 こうして、リティカルはワルキュリア・カンパニーに招き入れられ、ウィーナの旧邸の管理を任されることになった。

 旧邸は冥王軍によってリティカル率いる冥王軍の研究チームの拠点研究所に改造され、『理想研究所』と命名された。

 冥王アメリカーンからは、リティカルを幹部従者と同待遇で遇するよう要望があったが、彼女は理想研究所の所長としての仕事もあるため、フルでワルキュリア・カンパニーの仕事には入れず、隊長として隊を率いることもできない。

 そのため、ウィーナ直属の隊の指揮下に置き、非常勤の準幹部従者の地位を与えることにした。頭に『準』とあるが、実質的に幹部従者と対等である。

 こうして、旧邸にはワルキュリア・カンパニー所属のリティカルの配下としての戦闘員と、元々彼女が率いていた理想研究所の研究員達の両方が勤務することになった。

 これまで旧邸はほとんど倉庫として放置されていたが、リティカルが管理者として配置されたことで、支社的な役割も果たすことになる。

 外部から初めて配属された者としては権限が大きいものとなったが、これもそれなりの地位と役割を与えるようにとの冥王からの指示であった。

 その代わり、理想研究所の高水準の医療施設をワルキュリア・カンパニーの戦闘員はワルキュリア・カンパニーの設備扱いで無料で使うことができる。これは大きなメリットであった。

 この後、リティカルはワルキュリア・カンパニーの主要戦力の一角として、他の幹部達と同じように重きを成すこととなる。


<終>


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