どのお口が断罪なさるのかしら?
馬鹿馬鹿しいざまあです。
読んで、あまりの馬鹿しさに悪口書きたくなっても、感想書き込まないで下されば。
「アリョーシャ・ノノーシュ!
そなたの所業真に許し難い!
高潔な王家には相応しくないお前など、今ここで縁を切る!
婚約は破棄だ!」
えっ。
アリョーシャは心の臓に何かが突き刺さる痛みを感じた。
アリョーシャ・ノノーシュ公爵令嬢。
気品と常に冷静な聡明なご令嬢である。第一王子の婚約者となったのも、感情の浮き沈みを表さず、人を包み込む懐の深さからである。
そして、家柄と美しさ。
一点の曇りなく、完璧な令嬢であった。
それが今。
(卒業パーティの始まり。
いつも夜会では一緒に入場したハーディン王子が、今日はパートナーを断ってきた時から、予感はしていた。しかし)
婚約破棄……
「お前がエリーをいじめ抜いた事、証拠は揃っている!毎回エリーは泣いて私に縋ってきたからな。」
「言い逃れは出来ませんよ、ノノーシュ公爵令嬢。」
「神の裁きが下るのです。」
「悪は断つ!」
宰相の子息、枢機卿の次男、騎士団長の子息、迄が、エリーとやらをガードしている。
その腕の中で、フワフワの綿菓子のような金髪におっきな翠の目の少女が兎のように怯えていた。
なんだ?
ノノーシュ嬢が、なんなんだ?
婚約破棄?王子の怒り?
会場のざわつきに、次第に周りのスペースが空き、アリョーシャは人々が取り巻く中、1人で王子たちと対峙していた。
「思えばお前程面白みのない女と長く付き合った事がおかしかったのだ。」
王子は黙している能面のようなアリョーシャを見て、苛つきながら毒を吐く。
「お綺麗でお上品。そんな物が毎日喰えるか。俺を腹の中で見下げていたのだろう?御優秀なご令嬢。」
「……」
単に王子の出来が悪くて、アリョーシャが苦労してフォローしていただけなのだが、それを王子に伝えたことは1度もなかった。
「お前といても心躍ることなどなかった。親が決めた仲だ。それにしても、お前は人形のように、お慕いしますを繰り返すだけ。」
王子が熱くアプローチしてこないのだから、女は受けるしかないのだが。反応が薄いと今更言われても。
「ところが。
エリーは違う。エリーは王子でない俺という人間に魅力を感じると言ってくれた!人として慕っていると。」
そして王子はエリーの女らしい身体の曲線にも魅せられたと、ね。
人として。
「エリーは俺そのものを観て愛をくれた!俺も、初めて女性に愛を感じた!」
はあ。男女の仲になったと、皆に公言してるわけね。
「俺はエリーのおかげで愛情と言うものに触れた。も、勿論純愛だ。この清い愛は絶対であると誓える!」
「殿下!エリー嬉しい!」
純愛と言いつつ、腰に手を回して抱き合っている様が、妙に慣れているのだが。
「アリョーシャ嬢。」
宰相の息子のワイルドが口を開く。
「貴女はエリー嬢に再三再四嫌がらせをしてきました。本を隠す。ドレスを汚す。突き飛ばして集団でいじめ。無視。果ては階段から突き落とし、怪我をさせた。さらには、人を使ってエリーを脅し、殿下に近づいたら殺すとナイフを」
「ちょっと待って」
「申し開きがあるのなら、言ってみよ!なくば謝罪「する訳ないじゃない」」
「……へ?」
王子は珍動物でも見るように、婚約者を見た。……今の言葉は?
「何であんたの気の済むようにわたくしがしなきゃならないの?こんな場所で婚約者じゃない女の手をとって。そんなあんたに話の主導権握らせて、このわたくしが、そうですかって?アホじゃないの?」
嘘だろ?
アリョーシャは清楚で上品で無口で、
(生気のない面白みのない女…)
なあんてことを考えてるんでしょ。
阿呆
馬鹿
ノータリン
「馬鹿馬鹿しい。わたくし帰りますわ」
「ま、待てぃ!」
アリョーシャはくるりと振り向き、王子を睨めつけた。
そのキツイ目に、王子はぐっと喉をならす。
「何故あなたの命を聞かなくてはいけませんの?ここは夜会。わたくしが来るも帰るも自由ですわ」
アリョーシャの上品な顏に、冷気が走る。
王子はその絶対零度を受け止めつつ
「まだ、お前の言い訳を聞いておらん」
と促した。
「だからありません。勝手に仰っていてください。ごきげんよう」
「ま、待て!」
今度は縋るように、王子の声が裏返る。
かっ
と、ハイヒールの音が鳴り、アリョーシャが、ビシッと扇をその手に鳴らした。
「……おいたにはお仕置が必要かしら」
「あ、アリョーシャ……」
「殿下?」
「殿下、如何致しました!」
王子はアリョーシャの前にへたっと座り込んだ。
アリョーシャは、扇を王子にかざして顎をくいっと動かしながら
「……どの面下げて、面白みのない、と?どのお口から出たのかしら?」
「……アリョーシャ……」
「恋愛の手管も知らない童貞野郎がボキャブラリー足りなくて女を悦ばせられなかっただけの事。わたくしの友人は皆ご承知よ?饒舌な論客の令嬢ってね。このノータリン」
「アリョーシャ……」
え?
宰相の息子には微かだが、
もっと
という誰かの呟きが聞こえた。
王子はありえない罵倒に肩を震わせ、赤い顔に汗を滲ませている。
「おのれ貴様っ!王家への冒涜「五月蝿いっ!脳筋男!!」」
すちゃっと、アリョーシャの扇が騎士団長の息子をさし、アイスブルーの瞳からレーザービームがロックオンした。
キン。
という音がしたかのような、空気。
「お前もお前!
ウブかなんかは知らないけど、惚れた女が王子に向いて諦めて!
いい人?はっ。都合のいい人に成り下がって!世界平和でも願ってろ、オタンコナス!」
「ぶ、無礼なっ!いかな公爵家でも」
「無礼は貴様!公爵令嬢を悪とな?」
アリョーシャはばっと扇を開き口元を隠して相手を睨め付ける。その瞳の冷たい炎が騎士団長子息を包んだ。
動けない。
貼り付けられたように動けない。
心無しか、団長子息もその大きな体を小刻みに震わせ、紅潮した顔を令嬢に向けている。
(…堪えたか、さすが騎士団…ん?)
宰相子息は紅潮した顔の中の目が、やや潤んでいる事に気付いた。
「アリョーシャ」
まだ居たの、と呟いた令嬢は、ペタンと座った王子の顔を屈んで覗き込む。
「あんたが尻軽女がいいのなら、それでもいいのよ?わたくし修道院でも、いかず後家になってどっかの後妻に収まっても、どおーっでもいいの!」
「……」
「あんたを立てて来たけど、これがわたくし。お前みたいな低脳が威張れたのは、わたくしのような貴婦人が居たからなのよ?
いいのよ?お父様も私の商才をお認めだから、平民になっても大丈夫。むしろあんたの縛りがなけりゃ、降るほど引きがあるでしょうね!
お父様も、第2王子に着けば、お家も安泰だって。わたくしの後ろ盾なしに王家で生き残れると思っていたの?スカポンタン。」
「アリョーシャあぁぁ」
「泣くの?泣くの?お泣きなさいよ。」
遂にアリョーシャの靴先が殿下の膝に触れた。コツコツとこずくその靴を
ガバッ
と、王子が抱きついた。
「もっと……言って。…もっと酷く。お願いアリイ」
え
ええ
えええ
ざわっ
「お願い。もっと罵倒を。その高貴な唇から下卑た言葉を吐いて。俺をなじって。…アリイ、俺のアリイ…」
宰相子息はさぶいぼ状態で事態を飲み込もうと振り向くと
「…狡いで、す。はあはあ。俺にも、公爵令嬢、俺もなじって!」
「…な、に?この人達。嫌っ。」
流石恋愛慣れのエリーは悟りが早かった。
こいつら……
ふ
薔薇の口元から、柔らかい吐息が漏れて、アリョーシャはその目を三日月のように細めた。
「誰が主か、お解りのようね。」
「君だアリョーシャ」
「君?」
「あ、貴女でございます、アリョーシャ嬢。俺の、女王様」
「分かれば宜しい。」
真っ赤なハイヒールに今や頬ずりして、王子はコクコク頷いている。
「殿下」
柔らかいが芯のある声がその王子を呼ぶ。
「婚約破棄は?」
「ありません!
女王様のおそばに、おいて、くださいっ」
いい子ね……
アリョーシャはそう呟いて、成り行きを見守っていた人々に、最上の笑みを向けた。
「皆様、お騒がせしましたわ。王子の我儘でとんだ醜態を。ご安心なさって。心配事は何一つございません。ここでご覧になった事は、よもや」
誰にもお伝えなさいませんよね?
一同は、自分の首をなぜながら、コクコクとうなづいた。
「さ、殿下、参りましょ。王宮までご一緒するわ。」
「……」
(あ、と、で、もっと、踏んであげる。足だけよ、撫ぜていいのは)
「か、帰ろう!」
がば、とはね起きた王子は、腕をアリョーシャに取らせ、
では、
と、ご退場した。
(な、何なの?)
エリーの混乱と憤りは、扉が閉まってようやく込み上げてきた。
「こ、っの、マゾ野郎〜~~っ!
鞭に打たれて死んでしまえっ!」
淑女とは思えない汚い言葉は、不敬極まりないが、その場にいた誰も、それを咎めることは出来なかった。