同心 小平
「よお、坊さん。
幽霊花魁の絵は描けたかい?」
那津がいつもの店で食事をしていると、客の男が声をかけてきた。
いつの間に、描いてみせることに決定してるんだ? と思いながら、
「いや……」
と答える。
「何が幽霊花魁だ」
いつの間にか側に居た小平が、そこで、いきなり毒づきはじめる。
「霊なんて居るわけねえじゃねえか」
と言う小平の後ろに男が座って、酒を呑んでいるが、生きてはいない。
平和な奴だな、と思ったが、少しイラついているようにも感じられた。
「そういえば、辻斬りが出るそうだな」
と言うと、小平は溜息をつく。
「主に吉原帰りの客を狙った辻斬りだ。
今の時期、女も多いから、女が狙われている。
まあ、幸い、死んだものは居ないんだが。
着流しに頭巾を被っていて、顔はわからないそうだ」
「どんな風に斬られてるんだ?」
と訊いたが、
「……なんでお前にそれを話さなきゃならん」
と言ってくる。
「ちょっと気になることがあるだけだ」
「下手人に心当たりでも?」
そう訊いたときだけは、同心らしい、隙のない目をしていた。
「あるとしたら?」
こんな与太話を信じるほど困っているのか、小平は黙って、こちらを見ている。
「俺はほとんど寺にこもってるから、よく知らないんだが。
狙われるのは女ばかりなのか」
「そうだ。
みな、腕を狙われる」
腕ねえ、と呟くと、
「おい。話したんだ。
思い当たる節があるなら話せ。
……おいっ」
答えない自分に、痺れを切らしたように小平が叫ぶ。
煤けた居酒屋の壁を見ながら答えた。
「いや。
何故、俺が今、此処に居るのか、考えてるんだよ」
小平は、はあ? という顔をする。
これはただの夢なのか?
何故、俺は江戸に居て、腕を斬る吉原の通り魔の話を聞いている?
窓から見た外には、もう見慣れてきた江戸の風景が広がっている。
しとしとと降り続ける雨は、まだ止みそうにもなかった。