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あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
第一章 幽霊花魁
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隠れ花魁


 霧雨が降っていた。

 桜の季節は残念なことに雨も多い。


 道具屋の軒先で那津が雨宿りをしていると、道具屋が訊いてきた。


「で?

 吉原にはまだ行ってんのかい?」


 そうだな、と那津は答えた。


 また那津は、夢の中で江戸に来ていた。


 いや、これは本当に夢なのだろうか? と思う。


 此処は此処で、現実と同じに、ちゃんと時間通りに進行している。


 まるで、タイムスリップでもしているか。

 自分の前世を克明に思い出しているかのように。


 いや、違う。

 これが前世だとしても、それを思い出しているのではなく、その世界に、今の自分が飛び込んでいる感じだった。


 そのとき、ふいに、あの手術室の前で明野(あけの)が言った言葉が頭を過った。


 捕まえて、今度こそ。


   約束よ――。


 雨の通りを見つめながら、那津は言った。 


「少し引っかかるんだ。

 人々が言う『幽霊花魁』というのは、姿を人前に現さない花魁のことのようだ。


 『隠れ花魁』とも言うらしいからな。


 だが、桧山たちの言う幽霊花魁は、階段下の幽霊のことのようだった。


 誰かが囲っているという話とは合わない。


 なんだかおかしい気がするんだ。

 それに――」

と言葉を止めると、


「なんだよ、言ってみろ」

 珍しく強い口調で道具屋は言ってきた。


 腕を組み、口許は穏やかだが、目はいつものようには笑っていない。


 少々警戒しながらも、那津は口を開いた。


「何度か通っているうちに、あの階段下に立つと、女の悲鳴が聞こえるようになったんだ。

 上から下へ、こう、落ちてくるみたいに」


 だが、相性が悪いのか、その姿は見えてこなかった。


「そうか……」

と呟き、道具屋も往来を眺めた。籠かきが、かけ声をかけ合いながら、通っていく。


 そのとき、

「よお、隆次(たかつぐ)

 常連らしい男が道具屋の名を呼びながら、やってきた。


 初めて名前を聞いたな、と思った。


 名前ヲ 呼ンデ

   ソレハ 魂ヲ 縛ルカラ――。


 あのとき、廊下で聞いた声を思い出していたとき、こちらを振り返りながら、隆次が訊いてきた。


「それでお前、結局、幽霊花魁には会えないままなのかい?」


「いや―― 会えたよ」


 そう言うと、少し間を置き、隆次は、

「……へえ」

と笑ってみせた。




 帰り際、あ、そうそう、と隆次が、ついでのように言い出した。


「吉原に行くなら、気をつけろよ。

 最近、あの辺りには、人斬りが出るらしいから」


「人斬り?」


 そう。

 腕だけを斬るんだ、と隆次は言った。


 腕だけを斬る通り魔。


「吉原の辺りでか」

と呟き、顎に手をやると、


「なんだ?

 お前が退治してくれるのか」


 そう言い、隆次は笑う。


「やる意味はあるかもな」

と通りを眺め、呟くと、


「だから……お前、何者なんだよ」


 坊主じゃねえのか、と隆次が後ろで言っていた。





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