寺の朝 ――現代――
ふっと那津は目を覚ました。
障子から明るい日差しが差し込んでくる。
しまった。
寝過ごしたか? と思ったが、枕許の目覚ましはまだ鳴ってはいなかった。
長い長い夢を見ていた。
どちらが現実かわからなくなるくらいの。
自分は江戸の街に居て、そこで、不思議なざんぎり頭の坊主として暮らしている。
まるで、そこにタイムスリップしたかのように。
流れ着いた廃寺に居るうちに、吉原に呼ばれ、除霊を頼まれる。
『幽霊花魁』か。
なんで今、あんな夢を見たのだろう。
そんなことを考えながら、布団から出た那津は、台所で一人でご飯を温める。
電子レンジのオレンジの光の中、夕食の残りものがゆっくりと回っていた。
今は妻が居ないので、朝食の支度も掃除も出勤前に急いでしている。
古い木の床を踏み、朝のお勤めをするため、本堂に向かっていたとき、ずしりと肩になにかが乗った。
ちらと見ると、人の腕らしきものが那津の両肩から胸にかけて下がっている。
誰かが背に乗っているようだ。
その真っ白い腕は、少し捲れた着物の袖から伸びている。
振り返りたいのだが、それ以上後ろには向けない。
「……お前は誰だ」
抑えた声で訊くと、後ろの霊は言った。
咲夜ヲ
「咲夜?」
咲夜ヲ
助ケテ……。
名前ヲ 呼ンデ
ソレハ 魂ヲ 縛ルカラ――。