隆次 ――吉原――
花菖蒲を見に、町娘たちも吉原を訪れる頃。
隆次は、桧山の許を訪ねていた。
もちろん、ちゃんと金で買ったのだ。
宴会を終え、部屋に行くと、桧山はようやく口を開いた。
「私に金を返しに来たんだんすか」
桧山を買うことで、彼女からせしめた金を返すことになるからだ。
「そういうわけじゃないけどな……」
と隆次は視線を落とす。
「あの愉快なお坊様を最近お見かけしませんが」
「そうだな。
最近、見ないな。
あの油さしも見ないようだが」
そう言うと、桧山は笑う。
「田舎に帰ったようだんす。
まあ、そんな下働きの者の行く先など、この私の知ったことではないだんすが」
あの油さしは、此処で産まれ育ったと聞いている。
そんなことはこの吉原の誰もが知っていることなのに、桧山はしゃあしゃあと言う。
だがまあ、しかし、此処はそういう場所だ。
明野のときとは違う。
確かな覚悟を持って、桧山は彼を殺したようだった。
ひとつ溜息をついたあとで、桧山の周囲を見、入り口に視線を向けた。
「階段下にまだ居るだんすよ、あの女なら」
隆次は目を伏せる。
明野は、どうしても、自分の許には来ず、成仏もしないらしい。
「いずれ、自分の名も忘れて悪霊となりましょう」
殺しておいて、薄情なことを言う女だ。
まあ、桧山にとっては淡々と事実を述べているだけなのだろうが。
咲夜と違い、美しくても、明野には性格に難があった。
そこを気に入ってもいたのだが。
「こんな私を見て気が済みました?
貴方はわかっていたんでしょう?
だから、私を見逃したんです」
決して、私が幸福にはならないことを、と桧山は言った。
「……どうだろうな」
隆次は、自分でもわからない答えを探すように外を見た。
そして、桧山がいつの間にか、自分の前では、素の言葉でしゃべっていることに気がついた。




