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あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
終章 色のない花火

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消えた辻斬り


 子どもの頃、川に映る花火の夢を見た。

 様々に鮮やかな色の花火が水面に向かって落ちる。


 不思議だな、と思った。

 花火といえは、赤橙色と決まっているのに。


 夜空にぱあっと花開き、落ちて行く赤い花。

 吉原の女たちにも似ていた。


 そして、それに群がる男たちの心にも――。

 



 誰かが髪を引っ張っている。

 咲夜は夜中に目を覚ました。


 すぐ鼻先に顔があった。

 枕許に女が座っていて、自分の顔を覗き込んでいる。


 誰だろうな。


 見たこともない女だが、恨みの表情を浮かべている。


「私なんて妬んだって意味ないわよ。

 私も所詮、籠の鳥だから」


 外から、ぺたり、ぺたりと足音が聞こえた。

 いつもの上草履の音ではない。


 それはこの前の廊下を歩いていく。


 便所を探してうろつく客でも遊女でもなさそうだ。

 そのまま息をひそめていた。


 霊もまた、そちらを見ている。


 ぺたり、ぺたり。

 足音は行き過ぎ、また、戻り、立ち止まる。


 あのからくりを動かす穴の前だった。


 咲夜は暗がりで息をひそめ、じっとしていた。

 そのままその足音は動かない。


 穴をこちらから覗いてみようか。


 いや、誰かの目が向こうから覗いていたら、厭だしな。


 針とか突き出てきても厄介だ。


 そのまま足音もしないし、扉も動かない。


 咲夜は気配を殺し、そのまま寝てしまった。




「そこで寝るなよ」

 開口一番、小平に言われた。


「いやー、暗がりでじっとしてると、眠くなるんですよ」


 道具屋の入り口に腰掛けた咲夜はそう言い返す。


 吉原に桜はもうないが、まだ町中にはあるらしい。


 何処かから飛んできた花びらが、まったく風流でない小平の頭の上に乗っていた。


 あれから、小平はよく此処にも顔を出しているようだった。


 今日も那津と連れ立ってやってきたようだ。


「吉原に女の霊なんて、たくさん出るじゃないですか。

 夕べのあれもそうですよ。


 覗いているとかいう霊も」


 何を今更騒いでいるのかと咲夜は訴える。


「覗き女か、あれからどうなった?」

と小平が訊いてきた。


「相変わらず、覗いてるみたいですよ。

 霊みたい。今のはね」

と咲夜は付け加えた。


 自分と那津の推理通り、最初の女は生きた女で、後の女は霊なのだろう。


 那津はそれを生霊だと考えているようだった。


 長太郎は否定も肯定もしなかったが、女を逃がしたのは彼なのだろうか。


 出合い茶屋に一緒に居たという女は、その女なのか、別の女なのか。


 それを見た人間によれば、そんなに器量の良い女ではなかったそうだが。


 まあ、人間、顔ではないしな。

 吉原以外の場所では。


 長太郎が誰かと夫婦になれば、今のように側には居てくれないだろうと思うと、少し淋しくもある。


「そういえば、辻斬りはどうなったんですか?」


「あれから出ねえよ。

 那津に恐れをなしたんだろうかな」


 現れないのなら、それでよさそうなもんだが、不本意そうに小平は言った。


 いや、と那津がそれを否定した。


「通り魔や辻斬りは、何かの信念や、抑え切れない衝動があってやるものだ。


 だから、厄介なんだ。


 あんなことで引くとは思えない。


 現れなくなったのには、きっと何か別の理由があるはずだ」


 那津には何か考えがあるようだったが、それを今、此処で口に出すことはしなかった。





 消えた辻斬り。

 吉原の覗き女。


 那津は自分の描いた似顔絵を暗い行灯の灯りで眺めていた。


 それぞれに、此処で得た名前が書き込んである。


 『咲夜』『明野』『桧山』『隆次』『長太郎』『周五郎』『左衛門』『お福』『愉楽』――


 今、住んでいる此処は後の世でも自分の寺がある場所だ。


 ということは、このまま廃れることなく、この寺は続いているんだろうな、と思われた。


 月の暗い夜。

 手燭の灯りを手に、本堂の廊下を歩いた。


 あの晩みたいだ、と思った。


 自分の背中に誰か居て、耳許で囁いた。



  ナマエ ヲ

    呼ンデ――



  ソレハ魂ヲ シバルカラ

  ナマエハ



 那津は、あのときの情景を思い浮かべながら、手燭を高く掲げ、壁に映る自分の影を見た。


 だが、そこに居たのは、あのときとは違う、女の影。


 明野だった。


 自分に縋るように乗っているその女に向かって言う。


「お前を助けてやる。 

 助けてやるから、明野。


 いつか、未来で――」


 影でしかなかった明野にぎょろりと目だけが現れた。


 それが那津を見る。

 少し理性の戻った目だった。





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