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あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
第三章 のっぺらぼう

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先見

 


 私は知っていた。

 自分が誰かを殺してしまうこと――。


 いい予見も、悪い予見もあるけれど、これ以上、悪い予見もない。


 自分がいつか人を殺すと知って、生きて行くこと。


 逃げられる術があるのなら試してもみるけれど、私にはそこまでのことはわからない。



 私は――


  自分がいつか明野を殺すと知っていた。




 店を訪れたその男に、隆次はつい、

「今日は咲夜は居ないぞ」

と言ってしまう。


「別に咲夜に会いに来たわけじゃない」


 ほら、と那津は餅菓子をくれる。

 通りがかりに無理やり買わされたのだと言う。


 なんのかのと言いながら、人の良い男だと思う。


「お茶でも淹れよう」

と奥に入った。


 番茶を注ぎながら、ちらと入り口に腰掛けた那津の背中を見る。


 あそこに明野が張り付いているのかと思えば、多少憎らしくもあるが。


 明野のことだ。

 別にこの男が気に入って引っついているわけではあるまい。


 ただ単に、咲夜が気に入っているようだから、離れないだけだ。


 うらやましくなんてない。

 死んでも、悪霊になっても会いたいなんて嘘。


 何が好きだったって、彼女の美しい顔が好きだったから。


 明野は俺に対して、本気ではなかった。


 今ではそう思っている。


 そうでなければ、こちら振り向きもせず、他の男の背に張りついているはずはないと。


 いつだったか、慰めるように、背中にすがってきた咲夜が言った。


 会いに行ったら? と。


 明野に会わせてもらいに、那津のところに行けと言うのだが。

 結構だ。 


 美しい彼女が好きだった。


 それは間違いないのに。

 同じ顔の咲夜にはときめかない。


 それが何故なのか。今は考えたくないと思った。


 少なくとも、明野がこいつの背中に張りついている間は――。


「不機嫌だな……」


 やたら整った顔をした坊主は自分に向かい、そんなことを言い出した。


「周五郎というらしいな。

 咲夜を囲っているのは」


「ああ。

 渋川屋の若旦那だ。


 あのとき、死んだのが他の遊女で、突き落としたのが、また別の遊女だったら、楼主はそのままにしたろうが」


 周五郎か、ともう一度、那津は呟く。


「不思議なものだな。

 見たこともない男だが、名前を手に入れただけで、今まで幻のようだったその男が自分の中で、実体を持ったような気がするよ」


「余計腹立たしくなるか?」

と言って笑うと、なんでだ、と言う。


「そうだ。

 思い出した」

と那津が巾着袋を投げて寄越した。


 ずしりと重い。


「そういえば、お前に金を返しに来たんだった」

「金?」


「何処で俺の居場所を訊いたのか、寺に裏茶屋の男が訪ねてきて、何故か大金を置いていった。


 いらないと言っているのに、申し訳ありませんでした、と投げ捨てるように置いてったんだ。


 どうもそうしないと気が済まないようだったから、人助けと思って受け取ったんだが。

 俺が持ってても仕方ないから、お前に返すよ」


「お前……それは完全にあの男、忠信様とやらを始末するのに、手を貸してるだろう」


 そうかもな、と那津は言う。


 手にある巾着はずしりと重い。


 自分が那津にやったのは、桧山の想いが詰まっていた金だった。


 彼女が誇りを捨て、厭な客をとってまで貯めた金だ。

 きっと桧山の苦痛と罪悪感が染み込んでいたことだろう。


「俺には明野を助けてやることは出来なかった。

 あいつが死んだことに口をつぐみ、初めて、あいつを身請けできるほどの金を得た。

 皮肉な話だ」


 そう自虐的に笑い、通りを見る。

 楽しげな子どもたちが駆けていくところだった。


「そういえば、遣手が咲夜に無理やり客をとらせようとしたとき、布団の中に居た血塗れの女というのは、明野だったんだろうかな」


 そう那津が訊いてくる。


「そうかもな。

 おそらく咲夜のためではなく、咲夜に客をとらせまいとして」


 自分がなりたかった吉原一の花魁に、咲夜をさせないために。

 明野はそのくらいのことはやりそうな女だった。


 なのに、何故自分はいつまでも。

 彼女に心を残しているのか――。


 明野を背負った那津は、何を考えているのか。

 相も変わらず騒がしい往来を、ただ目を細め、見つめていた。




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