周五郎
「今日もいらっしゃったんですか」
「来ちゃ悪かった?」
と周五郎は言う。
いえいえ、とんでもない、と咲夜は笑ってみせた。
珍しく、日を置かずに周五郎がからくり部屋を訪ねてきていたのだ。
「暇なので」
と言ったあとで、自分で、失礼な話だなと思う。
左衛門に頼まれたからとはいえ、大金を払って自分を囲ってくれている人間に対して、暇なので来てくれて嬉しいなどと。
「……すみません」
と両手をついて、頭を下げると、可笑しそうに周五郎は笑った。
「でも、今日はね。
いろいろとありましたよ。
覗き女の話を聞いたり、のっぺらぼうの話を聞いたり」
ま、全部話を聞いただけだが。
ほとんどの時間を此処に閉じ込められている自分にとっては、楽しみといえば、人から話を聞くことくらいだから。
「覗き女?」
「此処に素人の女性が紛れ込んで、ウロウロしてたらしいんですよ。
でも、そのあと続いて出た『覗き女』は霊らしいんです」
「そう。
じゃあ、死んだんじゃないの? その女」
「周五郎さん、笑顔で恐ろしいこと言いますね」
こういう人が実は一番怖いのかもしれないな、と咲夜は思った。
「そういえば、周五郎さんは、なんで、周五郎なんですか?」
「え」
「長男なのに」
と言うと、
「ああ、五代目だから」
と言う。
結構大雑把な名付け方だなと思った。
店は五代前からか。
元吉原の時代からの、吉原の馴染み客なのだろうかな、と思った。
だから、あんなにご隠居は大事に扱われていたのか。
周五郎は話をいつもニコニコと聞いてくれる。
そして、満足したように帰っていく。
「ありがとう。
いい気分転換になったよ」
そう言って。
本当だろうかな、と咲夜は思っていた。
私が気分転換になってるだけのような気がするんだが。
部屋からは出られないので、咲夜は部屋から、周五郎と長太郎を見送った。
「いつもすまないね」
周五郎が咲夜の部屋を出、長太郎に言葉をかけると、彼はいつものようにただ黙って頭を下げた。
妓楼の外に出、桜並木を歩く。
赤い提灯の周りを散りはじめの桜が舞っていて奇麗だった。
「美しいところだね、此処は。
すべてが嘘だから美しいのだろうね」
ただ後ろをついてくるだけだった長太郎が口を開いた。
「吉原は嘘の町ですが、咲夜に嘘はありません」
そうだろうね、と言いながら、振り返らずに夜空を見上げる。
江戸の町は暗いが、此処は明るい。
偽物の光の向こうに、本物の月がひっそりと見えた。
「でも、貴方には嘘がある」
「吉原だからね」
今日の長太郎は珍しく饒舌だった。
「咲夜は心配しています。
自分を囲っていることで、貴方のご家庭に問題が生じていないかと」
周五郎は笑い、
「咲夜が居なくても、最初から生じているよ。
ただ、家と家とが結びつくための結婚だったからね。
私は咲夜をただ囲っているだけだが、女房は手代と浮気しているよ」
と答える。
「いいんですか」
「いいんだよ。
私なんかに添ってくれているだけでありがたい」
「本気でそう思ってるんですか」
「そうだね。
此処は吉原だからね」
そう周五郎は笑った。
「でも、今のは本当だよ。
咲夜には何も心配いらないと伝えておくれ。
……それから、店のことも」
あそこに閉じ込められている咲夜が知っているのか知らないが。
このところ、店の経営が思わしくない。
新しい遣り方を取り入れた新興の店がどんどん売り上げを伸ばしているからだ。
もしも、店が傾けば、左衛門は平気で自分を切り捨て、咲夜を遊女として、店に出してしまうことだろう。
「奇麗な桜だね。
でも、もう終わりだ」
そのとき、何故だろう。
此処でこれを見るのは、今年が最後のような気がしていた。




