のっぺらぼう
「おい、桧山はどうだった」
吉原の帰り、那津が道具屋の前を通ると、隆次が声をかけてきた。
「どうもこうもいつも通りだが。
やけに桧山を気にするな」
と言うと、そういうわけじゃない、と言いながら、隆次は台の上の本に視線を落としていた。
「覗き女が扇花屋に出るそうだ」
「いろいろと忙しいな、あの見世は。
幽霊花魁に、辻斬りに覗き女に、のっぺらぼうか」
「辻斬りとのっぺらぼうは関係ないだろう」
「どうかな」
と隆次は言う。
「辻斬りはともかく、のっぺらぼうは関係あるかもしれないぞ」
「どういう意味だ」
「あの小平とかいう同心。
どうも昔、見たことがある気がするんだ」
隆次はもちろん、小平を以前から知っていたようなのだが、面と向かって話してから、何かが気になるようだった。
「昔?」
「……吉原に居た頃だな」
顎に手をやり、隆次は考え込む。
「あの男、吉原は苦手だと言っていた」
「そんなの俺も苦手だ」
と言うと、隆次は笑い、
「そんな男はお前くらいだ」
と言った。
「美しい場所だ、吉原は。
なにもかも偽物だからこそ、美しい」
と遠い昔を思い起こすように隆次は目を細めていた。
恐らく、明野の居た頃の吉原を思い出しているのだろう。
「桧山以外にも一流の遊女は居るぞ。
お前もたまには遊びに行ってこい。
ああ、一応、一度、桧山のところに登楼しているから他には無理か」
吉原では、ひとりの女にしか通えないことになっている。
浮気をしようものなら、誰であろうと、恐ろしい制裁が待っている。
「吉田屋の愉楽とか。
ちょっと気が強すぎて、桧山に喧嘩を売るのが玉に瑕だが」
「あの桧山にか?」
本当に吉原は恐ろしいところだと那津は思った。




