辻斬り
江戸の朝は早い。
が、もともと早起きだった那津はあまり苦痛ではなかった。
現実にいつもしているように本堂の掃除をして、外に出るが、いつものように刑事の仕事がないだけだ。
町中に行くと、川の傍、大きな柳の下の屋台で、小平が蕎麦を食べていた。
「小平」
と呼びかけると、
「だから呼び捨てるな坊主」
と返してくる。
「辻斬りはどうなった」
「あれからは出てねえよ」
と素っ気なく小平は言う。
「ま、気にはなってるんだがな。
この辺りの女も吉原帰りに斬られたりしてるから、まるきり管轄違いという訳でもないしな」
「調べるのなら、俺も付き合おう」
「坊主を連れて歩いちゃ、斬られた人間が死んだときの準備かと思われるだろうが」
「へー、そうなんですかい? 旦那。
もう捕まえるのは諦めちまったんですかい?」
と一緒に蕎麦を食っていた口の悪い町人どもが話を聞きかじって、からかってくる。
この活気ある江戸の町では、役人より町人の方が強いようだった。
うるせえっと小平は怒鳴り返しているが、聞いていない。
みな、笑っていた。
「じゃあ、格好を変えるから、俺も一緒に連れていけ」
と言うと、お前な、と言った小平だったが、ふと、思いついたように笑い出した。
「ようし、わかった。
じゃあ、お前、吉原の船宿で姿を変えてこい。
あそこなら、吉原にお忍びで通う奴らのために、いろいろ変装道具が揃ってるだろ」
吉原には、でっかいツテがあるだろうが、と小平は言う。
「なあ、聞いてくれよ。
この男、当代一の花魁と評判の桧山と懇意なんだぜ」
そんな余計なことまで言い出した。
「ええっ。
そうなのかい?
偉い美形の坊さんだが」
そいつはいいこった、あやかりてえ。
なんか奢ってくれ、とあらぬ方向に話は転がっていった。
その日の午後、那津の許に長太郎が使いに来た。
桧山が会いたがっていると言う。
彼について、ゆったりとした昼見世の吉原に行き、寛いでいる最中の桧山を訪ねた。
「ちょうどあんたに会いたかったんだ」
そう言うと、桧山は、
「あら、そんな言葉も言えるんだんすか」
と笑う。
そういう意味じゃない、と言おうかと思ったが、男をからかうのも上手いこの女に余計な突っ込みの材料を与えるのもと思い、そのまま用件を伝えた。
「吉原の辻斬りを調べたいと言ったら、変装してこい、と小平に言われたんだ」
「ああ、あの同心」
まるで、何処ぞの小僧について語るような口調で、桧山は言った。
「ところで、あんたの用件はなんだ」
そう訊いてみたが、桧山は立ち上がり、
「もういいだんす。
貴方のお話の方が面白そうだんすからね」
禿を呼び、
「付き合うだんす。
飴を買ってあげるだんすから」
と言った。
はいっ、と禿は嬉しそうに笑い、付いてきた。




