表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
第二章 覗き女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/49

不忍の池


「周五郎さん、お帰りだんすか?」

 回転扉を閉めようとした咲夜の許に、桂が現れた。


 着物に酒の匂いが染みついている。


 今日も大変そうだな、と思いながら、

「ええ、そう。長太郎が送っていってくれたわ」

と言うと、桂は辺りを見回し、手招きをする。


 呼ばれるまま、顔を近づけた。


「知ってただんすか?

 長太郎さん、不忍(しのばず)の池の茶屋で女と会ってたって」


「不忍の池?」

 もうっ、と桂は咲夜の肩を叩く。


 あやうく、階段から落ちそうになった。

 見ていたらしい、左衛門が下で顔をしかめている。


 本当の意味で、第二の明野になるところだった、と思いながら、今、凄い力で叩かれた肩を押さえ、

「そ、それが、なに?」

と咲夜は訊いた。


「もうっ。

 咲夜さんは、そこらの町娘より箱入りだんすからねっ。


 不忍の池と言えば、出合茶屋だんすよっ。

 町の女と密会してたんだんすっ」


「誰が見たの?」


 貸本屋さんだんすっ、と抑えている声がどんどん大きくなってくる。


「素人の女だったみたいだって、言ってただんすが。

 後ろ姿で顔までは見えなかったって」


 そのとき、下で話し声が聞こえ、左衛門が誰かに返事をしながら、手だけでこちらに合図した。


 まずい。

 長太郎の珍しい話に気を取られていた。


 戻らなければっ。

 咲夜が慌てて、扉の向こうに戻ろうとしたとき、二階の廊下からも客が現れた。


「あれ~、お客さんっ、お部屋はあっちだんすよっ」

と桂がそれを押し返そうとする。


 咲夜は慌ててしゃがみ、足許の灯籠の火を吹き消した。

 もともと暗い廊下が更に暗くなる。


 下の明かりも一瞬消えた。

 どうやら、左衛門の仕業のようだった。


 暗がりで、誰かが手を引き、見えないのに、からくり扉を開けてくれたようだった。

 そのまま押し込まれる。


「今、此処に女が居なかったか?」

 いきなり掻き消えた女に驚いた客が叫んでいる。


「私ならずっと居ましただんすけど?」

と桂がすっ惚けていた。


「あんたじゃないよ。

 もっと驚くくらい奇麗な女だよっ」


「お客さん~っ?」

 い、いや、すまん、と客が謝っている。


 桂は詫びに、金の代わりの紙花をもらったようだった。

 あとで、現金と替えられる。


 すっかり機嫌のよくなった桂は、

「いや、本当に誰も居なかっただんすよ」

と言ったあとで、


「ほら、此処ですから。

 あれだすんよ」

と声をひそめて言う。


「幽霊花魁……」


 お前かっ、広めてるのは~っ、と思ったが、まさか出て行くわけにもいかない。

 そのまま暗がりでじっとしていた。


 やがて、客たちは居なくなる。


 いつの間にか、からくり部屋の中の行灯の火が消えていたらしく、明かりもつけないまましゃがみ込んでいたのだが。


 よく考えれば、この中に入ってしまえば、火をつけても別に問題はなかった。

 外に光が洩れないようになっているからだ。


 窓はまるでないかのように木が打ちつけられているので、今は本当に真っ暗だ。


 種火も消えてしまっているらしい。


 ふと気づけば、自分の側に誰か居る。

 だが、霊ではないとわかった。


 その姿が見えないからだ。


 霊ならば、闇の中の方がよく見える。


「……長太郎?」

 そう咲夜は呼びかけてみた。


 人にはそれぞれ、独特の匂いがある。

 それは、身につけているものの匂いなのかもしれないが。


 それでなのか、気配でなのか。

 誰が居るのか、親しい人間なら、大体わかった。


 長太郎はいつものように、さっと火をつけてくれることもなく、じっとしている。


 今、桂に聞いた話が頭をよぎった。


『出合茶屋だんすよっ。

 町の女と密会してたんだんすっ』


 聞いてすぐに本人を目の前にすると、本当だったのか、と問うてみたくなる。


 だが、見間違いならいいが、真実だった場合は、知らぬふりをしてあげるのが親切だろうな、と思い、黙った。


「……ねえ、長太郎。

 明かりをつけてよ」


 そう呼びかけてみるが、長太郎は動かない。


 仕方ないなあ、と手探りで動こうとしたとき、やっと彼は立ち上がった。


 暗闇だと言うのに、迷うことなく移動していく。


 長太郎は、火打石で起こした火を、びいどろの行灯に移した。


 ぽうっと部屋に明かりが広がる。


 長太郎の姿が見え、大きく揺らめく影が部屋の畳と襖に映し出された。


「今日は戻ってくるの、早かったわね」


 そう言ってみたが、特に返事はなかった。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ