目
真夜中過ぎ、扇花屋の二階で、ひとり、布団に入っていた男は、背後で灯りが揺れるのを感じて、振り向いた。
不寝者がぎしりと床を軋ませ、通り過ぎていったようだった。
「さすがにこの時間は静かだな」
と呟いたとき、今度は女の影が映った。
他の客の相手をしていた遊女がようやくやってきてくれたようだった。
寝たふりでもしていた方が意気なのだろうが、もう気心の知れている女なので、布団の中で頬杖をつき、
「不寝者の足音にお前が来たのかと思ったぜ」
と遅い遊女に厭味のひとつも言ってやる。
あら、と女は笑った。
まだ幼くも見える女だが、その笑い方は既に世慣れた女のそれだった。
「不寝者でよかっただんすね」
と女は言い出す。
「此処は足音が聞こえても、それが生きた人間のものとは限らないだんすよ」
そのとき、ちょうどまた、ぎしり、と誰かが床を軋ませる音が聞こえたので、ふたり顔を見合わせ、笑った。
なんとなく振り向いたのだが、二人とも息を止める。
そこにあった影は、灯りを手にした不寝者のものでも、客の許へと駆けつける遊女のものでもなかったからだ。
月の光で輝いた障子にぺたりと、女の影が張り付いていた。
こちらを向いている。
「ひっ……」
と遊女が声を上げた。
着物と髪の形が遊女のものとは何か違う。
そして、穴が空いていた。
障子にひとつ。
ぷっつりと。
そこから目が覗いていた。
そこだけ影ではない、リアルな目。
血走ったそれに、きゃああああああっ、と女は悲鳴を上げた。




