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あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
第一章 幽霊花魁

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病室 ――現代――



 病室の扉を開けると、ベッドで眠っている女と、そのベッドに倒れ込むようにして寝ている女が居た。


 どちらも同じ顔だ。


 ゴンッと那津は倒れて寝ている女の頭にビニール袋をぶつけた。


 いたた、と頭を押さえて、咲夜は起き上がる。


「あー、おはよう、那津」


「おはようじゃない。

 そのまま寝てたのか」

と言うと、いやいや、と笑いながら咲夜は立ち上がった。


「寝るのはちゃんと簡易ベッドで寝たのよ。

 でも、あれ、よく眠れなくてさ。


 なんだか落ちそうで」


「お前は寝相が悪いからな」

と言いながら、袋から取り出した缶コーヒーをひとつ咲夜に投げ、ひとつ自分で開けた。


『奥さんが刺されたそうです』


 そう言われて来てみたが、手術室の前に居た霊は、妻にそっくりだが、別人だった。


 刺された女は、妻、咲夜の双子の姉、明野だった。


 幸い命は取りとめたものの、意識は戻らない。


 嫌な予感がしていた。


 何故、明野は刺されたのか。


 何故、腕を斬るだけだった千束の通り魔が突然、人を刺したのか。


 目撃者の証言によると、背格好も犯行時刻も場所も千束の通り魔とぴったりなのだが。


 今まであの通り魔は腕を斬るだけだったから、模倣犯の可能性も取り沙汰されているようだった。


 通り魔を真似て腕を斬ろうとしたが、抵抗されて刺したのではないかと。


 だが、それを言うなら、本物の通り魔であっても、一筋縄ではいかない明野をうっかり狙ってしまい、激しく抵抗されたか、逆上するようなことを言われて、うっかり刺してしまったという想定もできる。


 だが、那津はあれは本物の千束の通り魔だろうと思っていた。


 そうでなければ、自分があの不思議な江戸の夢を見る意味がわからないからだ。


 あの江戸の事件とこの通り魔事件はきっとなにか関係がある。


 そして、どちらかを解決することで、もう片方の事件も解決するはずだ。


 現代の寺で、廊下を歩いていたとき、見知らぬ霊が背中にのしかかってきた。


 あのとき、その霊が言っていた。


 咲夜ヲ

   助ケテ……。


 名前ヲ 呼ンデ

   ソレハ 魂ヲ 縛ルカラ――。


 何故、あの霊は、名前を呼んで、『咲夜』を助けろというのか。


 明野ではなく――。


 


『内緒よ』

 そう言って結婚式の控え室で口づけてきた女。


 親族である彼女は、艶やかな振り袖を着ていた。


『貴方、見合いの席で、

 今まで呪われたように話が決まらなかったとあの子が言ったら。


 俺が呪ってたんだと言ったそうね』


 タチの悪いストーカーみたいね、と笑う。


『私には言わないの? 同じ顔なのに』


 妻、咲夜と同じ顔の双子の姉、明野はそう言ってきた。




 あの江戸の夢が俺たちの前世だと言うのなら。


 今、何故、俺はあの時代の夢を見て、彼らの歴史を眺めてる?


 明野は普段は、此処には住んではいない。

 夫とともに九州に移り住んでいる。


 通り魔が刺そうとしたのは、本当に明野なのか?


 咲夜と同じ顔だったから、間違えて明野を刺したんじゃないのか?


 通り魔なのだから、特定の誰かを狙っているはずはないのだが。


 なんだか嫌な予感がして仕方がない。


 目を覚ましてくれ、明野。


 那津は祈るように、眠る明野の顔を見つめる。


 また、殺された、と言った明野の顔を。


「……幽霊花魁」

 そう呟いた自分の顔を、何故か、咲夜が見上げていた。




 その晩の夢の中。


 那津は廃寺で、江戸で出会った者たちの似顔絵を描いていた。


 墨をすり、暗い行灯の障子を開いて、裸火の明かりで絵を描く。


 そして、その横にその名をしたためた。


 『咲夜』

 『明野』

 『隆次』

 『桧山』

 『長太郎』

 『小平』

 『弥平』

 『糸』

 『左衛門』


 筆を置くと、那津は古い畳の上にそれを並べ、眺めた。


  ナマエ ヲ


    ナマエヲ 呼ンデ


   ソレハ 魂ヲ 縛ルカラ――




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