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あやかし吉原 ~幽霊花魁~  作者: 菱沼あゆ
第一章 幽霊花魁

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約束


 咲夜(さくや)の部屋を出てから、肩が軽い。

 那津(なつ)は、ぐるりと腕を回してみた。


 自分の後ろに憑いているという階段下の幽霊花魁をあの場所に置いてきてしまったのだろうか。


 彼女の霊は真後ろに居るせいか、見えないので確かめようもない。


 咲夜は大丈夫だろうか、と振り返る。

 上へと続く、階段の暗がりが見えた。


 咲夜が放った言葉の数々が気になっていた。


 そのとき、目の前に男が現れた。


 宴会の席から抜けてきたようだ。

 町人風の姿をしているが、その顔には覚えがあった。


 罰悪そうに足を止めるが、すぐにいつものように、居丈高に物を言い始めた。


「これはこれは、似非(えせ)坊主様は、今日も吉原ですか」

と笑ったあとで、


「どうした、那津。

 普通の町人に見えるぞ。


 わざわざ変装か。

 お前のその妙な頭では、どうせ、坊主には見えないが」

と毒を吐く。


「変装してるのは、お前だろう、小平(こだいら)


 そう言ってやると、小平は、ぐっと詰まる。


「うるせえ、この偽者坊主がっ」


 俺はお前が本当に同心なのか、疑いたくなるよ。

 酔うと何かとこちらに因縁をつけてくる、と思っていたが、どうやら、酔わなくてもつけてくるようだ。


 小平からは酒の匂いはしなかった。


「呑んでないのか」

「……今日は接待だからな」


 お役人様も吉原で接待か。


 変装しているところを見ると、あまりまともな接待ではなさそうだ。


 こちらのそんな視線に気づいたように、溜息をつき、

「いろいろ大変なんだよ、俺たちも」

といきなり愚痴をもらしてきた。


 この俺に愚痴をもらすとは、相当だな、と思った。


「まあ、お前は酒癖が悪いから、そういう席では呑むふりで済まして正解かな」

と言い、行こうとすると、


「だからどうして、そう偉そうなんだ、この似非坊主っ」

とこちらが思っていることそのままを返してくる。


「便所、まだですかー」

と言いながら、可愛らしい顔の男が開いた障子から顔を出した。


 確か、弥吉(やきち)とかいう岡っ引きだ。


 こんな顔をしてはいるが、岡っ引きということは、何かの犯罪者かな、と思った。


 岡っ引きは荒っぽいこともしなければならないし、裏の世界に通じていなければならないので、大体は、何かの罪を犯した人間が多い。


「ああ、こんばんはー」

と小平と違って、弥吉の方は、こちらに好意的だ。


 いつか、町で評判の美人画を真似たものを描いてやったからのようだった。


「幽霊退治ですか?」


「この男、他に仕事はないだろう」

と小平は吐き捨てるように言うが、弥吉は、


「絵も描かれるじゃないですかー。

 ああでも、この妓楼に出る『幽霊花魁』を退治されるんでしたっけね?」

と興味津々だ。


 いや、どちらの幽霊花魁も、素直に退治されるようなタマではないようだが、と思っていると、小平が、


「お前……見たのか? 幽霊花魁」

と妙に緊迫した雰囲気で訊いてくる。


「さっき見たな」

と言うと、小平は一瞬、黙り、


「幽霊花魁の絵を描くのか?」

と訊いてくる。


「絵? なんでだ」


「お前、頼まれていたじゃないか。

 幽霊花魁の絵を描けと、いつもの店で」


 ああ、そういえば、と思ったが、

「描こうにも顔は見てないんだ。影としか俺には見えていないから」

と言うと、小平は複雑そうな顔で、そうか、と言う。


「旦那も見たかったんですか? 幽霊花魁」

と弥吉が笑う。


「いいから、お前は戻ってろっ」


 はーい、と弥吉は笑いながら、まだ宴会をしている部屋へと戻っていった。


「おい」

 小平は腕を組んで、低い声で言う。


「もしも、幽霊花魁を見たら、絵に描いてみてくれ」


 あのときは、興味がない風を装っていたのに、どうしたことか、小平はそんなことを言ってくる。


「まあ、いいが、どうした?」


 そう訊いてみたが、小平は、

「此処は吉原の中でも、いろいろと後ろ暗い話が多いところだからな」

とだけ言う。


 そもそも、吉原に後ろ暗くない妓楼などあるのだろうかと思うが。


 小平は渋い顔をしていた。


 何があったか知らないが。

 どのみち、此処の事件には、彼らでさえ、迂闊うかつに首を突っ込めないということだろう。


 管轄が違うというだけではなく。

 妓楼の主が、笑顔で、いいえ、そんなことはありませんでした、と言えば、それまでなのだ。


 彼らの後ろには、幕府のお偉いさんも馴染み客として付いているのだろうし。


 此処では、日々、バタバタと人が死んでいく。


 病気で死に、逃亡を企てて死に。


 小平は更に不機嫌そうに、窓の外を見ていた。


「そうだ、小平。

 最近、誰か腹を刺されて死んだ奴は居ないか?」


「いっぱい居るが、どうした?」


 ……いっぱいか。


「腹を刺された女なんだが、もしかしたら、死んではいないかもしれない」


 明野はまた殺された、と言っていたが。


 そう思いながらも、そんな風に訊いてみた。


「女はないな。男なら、夕べも賭場の争い事で刺された奴が居たが」


 そうか、と言うと、

「どうかしたのか?」

と訊いてくる。


「いや、別に」

と答えながら、明野が殺されたのは、昔の話か。

 或いは、これから起こることなのかもしれないな、とちょっと思った。





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