千束の通り魔
「蘇方さん。
それ、自分がやっときましょうか?」
那津が自分のデスクで書類を作成していると、隣の席の児島が話しかけてきた。
刑事の仕事といっても、書類仕事も多い。
妻が居ないせいで、家と寺のことでてんてこ舞いになっている自分に気を利かせて、児島が言ってくれたようだ。
実際には、家と寺と謎の江戸でてんてこ舞いになってるんだがな、と思う自分の横で、児島が、
「明野さん、まだ意識が戻らないんですね……。
早く犯人、捕まるといいんですが」
と心配そうに言う。
自分の管轄で起こった事件だが、被害者の身内ということで、那津は千束の通り魔の捜査には関われないでいた。
「児島」
「はい」
「お前、前世って信じるか?」
は? と言った児島だったが、すぐに笑い出す。
「信じてもいいかもしれませんね。
自分、霊とか信じてなかったんですけど。
蘇方さんと一緒に働いていたら、信じざるを得ないっていうか。
いつも現場で、人と違うとこ見てるし。
いつか、猫と一緒に視線が動いてましたよね。
猫も見えるって言いますもんね」
いつの間にか、霊の存在を信じていた、と言う。
「だから、前世の存在も蘇方さんと居ると信じてしまうかもしれません」
人の魂は存在し、生まれ変わる。
ならば――。
「なあ、児島。
人間って、生まれ変わっても同じことを繰り返すんだろうかな」
そう那津は呟く。
「さあ? どうなんでしょうね?
三つ子の魂百までとも言いますしね。
前世のことも引きずっちゃうかもしれませんね」
と児島は笑った。
信じるかも、とは言ったが、あまり本気にはしていないようだった。
『さっさと捕まえてよ、私を殺した犯人。……今度こそよ』
駆けつけた病院で、明野の生き霊はそう言った。
今度こそ、か。
何故、俺は今、あんな夢を見るのだろうか。
まるで自分の前世に飛び込んだかのような鮮明な江戸の夢を。
あの世界では、今と同じ、腕を斬る通り魔が出るらしい。
それも通り魔が出るのは、新吉原の近く。
つまり、今でいう、この千束の辺りだ。
犯人の行動も場所も同じ。
人は生まれ変わっても、同じ行動をとるものなのかもしれない。
なんせ、同じ魂だ。
前世と同じことをして、同じ末路をたどる可能性も高いのではないだろうか。
あの江戸の通り魔の生まれ変わりが、今、この千束で同じ事件を起こしていて。
明野は前世でも、今生でも同じ犯人に刺されたのかもしれない。
だが、千束の通り魔があの吉原の通り魔の生まれ変わりなら。
吉原の通り魔を捕まえられれば、その行動パターンがわかるかもしれない。
それが現代の通り魔事件の解決の糸口となるのではないか。
だが、もうひとつ気になることがある。
自分につきまとう霊が言う、咲夜を助けろという言葉だ。
名前を呼んで、咲夜を助けろと、あの霊は言う。
あれは一体、どういう意味なのか。
あの夢を見続けていれば、いつかその答えがわかるのだろうか――?




