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『薄めの味付け』

「クルトさん、今日のご飯はなーんですかー?」


 カウンター越しにシルファは訪ねた。


「肉じゃがだよ。ちょうど今日来た肉商人が良い王国牛おうこくうし扱ってたんでね。それにシルファさん、今回の遠征ずいぶんと長かっただろう? 祖国の物を中心に固めた食材の方が安心するかなって思ってさ」

「おぉぉ。さっすがクルトさん。分かってますねぇ。今回は特に異民族の方々が森の奥に陣取ってましたからね。炙り出すのに手間がかかったんですよ」


 ぐでーんと両手を投げ出したシルファがつまらなさそうに前髪をいじくった。


「向こうでは乾いた干し肉と固形物を解かしたスープと乾パンが出てくればご馳走でしたからね~。たまに森に出てくる筋肉狼マッスルウルフは筋張ってて美味しさの欠片もありませんし、調理手段も丸焼きしかなくて焦げ臭いですし……うへぇ……」

「戦地なんてそんなもんだろう。噂に聞けば、食えるもんは何でも口にするらしいじゃないか」

「毒さえなければ、が基本ですからね。クルトさんとこの美味しいご飯が恋しくなっちゃうんですよ!」

「そりゃ嬉しい褒め言葉だ」


 蛇口から水を流しながら、クルトは水につけていたじゃがいもを取り出した。

 乱切りにした人参代わりのマンドラゴラと、王国牛の切り落とし、そしてこれまた王国産のタマネギをまな板の上に置いていく。


「そういや、今回は本当に長かったな。期間は10日間くらいか?」

「はい。近頃は王国に仇なさんと画策する輩も増えてきましたからね、小規模な反乱も多くて……。同盟関係となっていたはずの一部異民族の敵対行為となれば、女戦神ヴァルキュリーとして断じて看過できませんから」

「……あんま無理すんなよ。素のアンタは、そんな強い奴じゃないんだからさ。そんな無理してると、いつかぶっ壊れるぞ」


 心配そうに言うクルト。

 クルトは知っている。シルファ・ラプラスがそこまで強くない人間であるということを。

 求められたからこそ、完璧を演じているだけなのだと。

 外面良く演じ続ければ、確かに大衆受けも組織受けもするだろう。だがそれは、自らの自己犠牲無くして両立し得るものでは無いことを、誰よりもクルトが知っている。


 

「いいんですよ」


 シルファが笑う。


「私を心配してくれる人、私が私でいられる場所が、ここにはあるんですから」


 ジュウゥゥ……と、最初に炒めているタマネギが飴色になる様子をクルトはじっと見つめていた。


「まぁ、俺はアンタが死ななきゃそれでいい」

「それは、ここに来るお客さんがいなくなるから、ですか?」

「そうだよ。アンタ以外にこんな辺鄙な所に来る奴なんていないさ」

「クルトさんの料理、どこか懐かしい味がするから皆好きだと思うんですけどね。ほら、外装とかを見栄え良くすれば……いや、でもそうすると私が自由に行き来できなくなる……クルトさんにとって良くても、私にとっては……むぅ……むぅ……」

「っはははは。シルファさんみたいに外面頑張れるような体力はないよ。俺は、客としてシルファさんが来てくれるんならそれだけで充分だ」


 トントンと野菜を切る音が耳に心地よく入っていく。

 火に掛けた鍋では油がパチリと跳ねて、一番最初に入れた王国牛が鍋の中で元気に踊った。

 ジュワッという音が響き、鍋を素早くコッコッコッとかき混ぜる。

 

 澄ました表情で恥ずかしいことを言いながら調理鍋に目を落としていくクルトに、シルファは目をまん丸くした。


「クルトさん、それって……?」

「どうせここの客もシルファさん以外来ないだろうしさ」


 ダシと醤油を入れて具材を調理鍋でかき混ぜれば、ふわりと湯気が立ち食欲をそそる香りがしていく。

 自分で言ったことにもおおよそ気付いていないであろうクルトがお玉で味見をしている様子を、シルファはじっと見つめるしか出来ずにいた。


「ほい、肉じゃが。いつも人参の所をマンドラゴラに変えてみたから味はどうなってるかは分からんが……普段よりは味付け薄めを意識してみたよ。どうせ向こうじゃ塩振った肉くらいしか食ってなかったんだろ」

「うぅ……よくよく分かってらっしゃいますね……」


 カウンターに置かれた皿の上からは、白い湯気が立ち込めていた。

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