『お帰りなさい』
短期連載です。おおよそ1万文字にまとめられたらと思っています。
カルヴァン王国には、女戦神と呼ばれた傑物がいた。
「シルファ様ー! シルファ様ー!」
「おいおい聞いたかよ。今回も敵の大将格を一人で屠ってきたらしい。あの全身鎧から繰り出される神速の剣。返り血に塗れながらも、愛馬と共に戦場を駆け抜けるその姿はまさに血染めの女戦神! 物騒な異名は伊達じゃねぇな!」
「聞けば、シルファ様がお持ちになっているあの麻袋の中には、屠った敵の耳が入ってるらしい。武勲を見せる為ってのと、王国へたてつく奴等への警告だってさ!」
「て、敵にしちゃこれほど恐ろしい方はいねぇが、味方にしちゃこれ以上心強いお方はねぇな……!」
「ホントだよ。今頃、シルファ様がいなけりゃこの国だってとっくに滅んでるよな。全く――」
「流石は、俺たちのシルファ様だ」
英雄凱旋の花道を彩る王都の民たち。
「……ッ!! この腐れ外道めが!! 地獄に落ちろぉぉぉぉぉっ!!」
捕虜として連れてきていた異民族の男一人が、縄を引きちぎって馬上のシルファに短刀を手に襲いかかる。
「なっ、貴様――」
「し、シルファ様ぁぁぁぁっ!!」
後方の精鋭部隊と、王都の民たちからの悲鳴だった。
――だが。
「腐れ外道は、どちらでしょう」
シルファは、馬上からひらりと空を舞った。
空中で剣を抜き、着地際で男の喉元に剣を突きつける。
全身鎧の頭部が外れ、彼女の美貌が露わになる。
「王国との不可侵条約を破棄し、我が王国領民に危害を加えたのはあなた方です。王国領土と民が危害に遭うならば、私は全力であなた方を潰しに行くまで」
「――ぐっ……!」
「す、すみません、シルファ様……! 捕縛係の締め付けが、緩かったようで……! お許しを、お許しを――!!」
「構いませんよ。次からは、気をつけなさい」
咄嗟にシルファの前に跪いた兵士に一言告げ、表情も変えずに馬上に飛び乗った。
血染めの女戦神――そう称えられる彼女の名は、シルファ・ラプラス。
北方に集団で出現したとされる異民族を、たった一日たらずで制圧して王都へと凱旋。
彼女が指揮を執る王国屈指の少数精鋭部隊は、誰一人欠けることなく戻ってきていた。
「シルファ様ー! 今回もありがとうございますーっ!!」
「王国の平和は永遠に! シルファ様は永遠に――ッ!!」
そんな、王都の道端からかけられる王都民の声。
沿道から次々上がる歓声に、王都はもはやお祭り騒ぎだ。
繊細で色白な頬に、透けるように美しい金色のポニーテール。
武骨で物騒な鋼の鎧とは裏腹に、その女性はどこから見ても美しく凜としていた。
鎧越にも分かる、細く華奢な腕を彼女は持ち上げる。
シルファは腰に捧げた王国の宝剣――レーヴァテインを抜刀し、馬の上から天に掲げた。
「安心してください。この私が、シルファ・ラプラスがいる限り、王国は永遠です――ッ!!」
王都全てを包み込むような宣言に、後方の精鋭部隊は呼応するように手を天に掲げる。
瞬間、地鳴りのような歓声が王都全体を包み込んだ。
それほど、シルファ・ラプラスの存在は王国にとって必要不可欠で、圧倒的な存在だった。
そんな喧噪の中で、我関せずと古びた木造の扉を「ギィ」と開ける青年がいた。
「まぁたあんなに張り切って。ま、いつもの特等席は綺麗に拭いておくか……」
青年は、汚らしい佇まいの一軒家に苦笑交じりに入っていく。
少し扉が動いただけで、ペンキも落ち汚れきった看板がピキリと音を立てた。
お食事処『カウディーレ』。
王国の言葉で、『お帰りなさい』を意味する王都の隅にひっそりと佇んだその店を、王都の民の誰もが目に入れようともしない――。
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