ひとり占め
ひとり占め
奥山 龍彦
みゆきはお父さん、お母さんと弟のちひろの四人で暮らしています。六月にしてはよく晴れた日曜日のことでした。お父さんが近くの山へ行こうと誘ってくれました。みゆきはついていくことにしました。お父さんは食べられる木の実やきれいな花のことをよく知っているからです。また新しいことを教えてもらえると思うと嬉しくなります。弟は長いこと歩くのが苦手なのでお母さんと一緒に家にいました。
「みゆき、見てごらん。あそこにキイチゴがあるよ」
お父さんは切り崩されて土がむき出しになった斜面の上の方を指差して言いました。緑色の藪の中に点々と黄色い小さな実が見えます。
「キイチゴって、あの黄色いやつ?食べられるの?」
「ああ、食べられるとも。とってもおいしいよ。待っていなさい。ちょっと取ってきてあげるから」
お父さんは崩れやすい土の斜面を、身体を揺らしながら登っていきます。みゆきははらはらしながら見ていました。仕事から帰ってくると疲れたと言ってはゴロゴロしている姿からは想像できない身のこなしで登っていきます。登ると棘に注意しながらいくつか取ってくれました。降りてくるとおいしそうに食べています。
「うん、これはうまいぞ」
「みゆきにもちょうだいよ」
みゆきは手を出しました。掌にのせるとキイチゴの実は小さな黄色い粒粒がいっぱい集まって丸くなっているのがわかります。口に入れるとすぐに酸っぱさが口の中に広がりました。思わずぎゅっと目を閉じてしまいましたが、やわらかい甘みが漂います。
「酸っぱいけど、おいしい!」
「もう一つ食べるかい」
「うん」
みゆきはまた手を出しました。お父さんが取ってきた実はすぐになくなりました。
「もっと食べたいな。もう一度取ってきて」
「これくらいにしとこうよ」
「えっ、どうして?」
「どうしてって・・・」
「だって、まだあんなにたくさんあるのに」
みゆきは斜面を指差して言いました。
「あれはね、小鳥さんやおサルさんが食べるのに残しとかなくちゃいけないんだよ。みゆきとお父さんが全部食べてしまったら小鳥さんやおサルさんの分がなくなっちゃうだろう」
「うん、でも・・・」
みゆきはうつむきながら返事をしました。
「それにそんなことしたら来年は実をつけてくれないかもしれないよ。独り占めしちゃいけないんだよ、わかるだろう」
「うん」
ある日みゆきはお母さんについてスーパーマーケットに買い物に行きました。大好きなラムネ菓子を買ってもらうつもりでした。お母さんはレジでお勘定をすませると重たそうなカゴを抱えて買ったものを袋に詰める台のところへ行きました。そこには袋に入った小さなアイスクリーム用のスプーンがたくさん置いてありました。
「明日はちーちゃんもあすかちゃんもゆかりちゃんも来るからちょっともらっとこ。おままごとするのにちょうどいいわ」
みゆきはアイスクリーム用のスプーンを入るだけポケットに詰め込みました。
家に帰ってポケットからスプーンを出しているところをお母さんが見つけました。
「みゆき、そんなにたくさんのスプーン、どうしたの?」
「さっき行ったマーケットでもらってきたの。明日はお友達がいっぱい来るから。それにお店の人に何も言われなかったから」
「何も言われなかったからって、そんなにたくさん持ってきたら駄目よ。一つや二つくらいならともかく。みゆきがいっぱい持ってきたら困る人がいるのよ、わかる。アイスクリームを買ったお客さんはスプーンがなくて困るでしょう。お客さんにスプーンがないって言われたお店の人も困ると思うわ」
「うん、でも、いっぱいあったから」
「アイスクリームを買った人はスプーンがいるでしょう。ひとり占めしちゃいけないのよ」
「うん」
「どうするの」
「・・・返しに行く」
「そうね。返しに行くことね」
みゆきはお母さんとまたスーパーマーケットに行きました。そしてアイスクリームを四つ買ってスプーンを五つもらって来ました。