革命の不実
数か月にわたる激烈な戦闘の末、王国軍は最後の砦を抜かれ、その指揮官クラウディード第三王子は革命軍に捕らえられました。
これをもって王家は降伏し、革命は成就したのでございました。
クラウディードさまは王宮前の広場で公開処刑と決まりました。果敢に戦い抜いた英雄は、その戦果のゆえに旧体制の象徴として処断をまぬがれませんでした。また、捕らえられた時にわずかな供回りしか残っていなかったことも罪に加算されたのでございました。部下を思って出来る限りの者を逃がしたのだと思われたのですが、そのことでお嬢さまの好感度はますます跳ね上がったものの、革命軍にとっては反感を買う結果にしかなりませんでした。
そのお嬢さまに革命軍は、こともあろうに公衆の面前でクラウディードさまの首を刎ねるよう求めたのです。
お嬢さまの悲しみはいかばかりだったでしょう。けれどお嬢さまの表情に迷いはありませんでした。あたくしは危機感を深めたのでございます。もしやお嬢さまは死ぬ気でいらっしゃるのではないかと。
これはいけない。
あたくしは必死で考えを巡らせました。あたくしの望みは、イリーナお嬢さまに幸せになっていただくことでした。革命の成否なんてどうでもいいことです。
とすれば、囚われの身のクラウディードさまを救出し、お嬢さまと一緒に逃げていただくほかございません。まあそれをやらかしたら革命軍のメンツは丸つぶれ、あたくしもただでは済まないでしょうから遁走するしかないのですけれどね。
ですがこれは難事業です。なにより当事者お二人に、もう生きる気がないのが気がかりでございました。お二人ともやり切った感いっぱいです。我が生涯に一片の悔いなし、とか言いだしそうなお顔でいらっしゃるのです。
そしてお互いがお互いを失うことを怖れておいてでした。自分だけが生きながらえたとて、なんのための人生か、と。
あたくしはハルバートを購入しました。お嬢さまとの鍛錬のたまもので、あたくしに使えない武器はございません。特大の刃は、華奢なあたくしの上半身くらいもあります。振り回すのは難儀ですけれど、効率より見た目の派手さをとりました。こんな物騒なものを眼前で振り回されたら誰だって嫌でしょう。これ見よがしに振りかざして相手を怯ませる。それが目的です。
これで敵陣――本来は味方のはずの革命軍ですけれど――を斬り破り、王子と我が姫を救い出して脱出するのですが、はあ。
「あたくし一人では無理ですわね」
敵は少なく見積もっても数百人。当日は革命軍のイベントになりますから、周囲に二千人くらいはいるでしょう。あたくしだけでこれを突破できるでしょうか?
「おい、そんなところで何をしている?」
いきなり声をかけられて、あたくしは飛び上がったのでございます。
おそるおそる、でも意を決して振り返ってみると。
「ルカさま!」
なんということでしょう。
そこには精悍な笑顔のルカさまが立っていらしたのです。
「無事生き延びたようでなによりだ」
「なによりだ、ではありませんわ。お顔をみられたらどうするのです?」
革命軍の中にもルカさまのお顔を見知っている者がいるでしょうに。敵地に一人、大胆不敵なお方です。思わずこぼれたため息は、むろん呆れてのものですけれど、他の感情が混じっていたのも確かですわ。
「でも、ようございました。あなたさまのご主君をお救いします。手伝って下さいまし」
「なぜあなたが?」
「クラウディードさまに死なれてしまっては、我が主人も生きてはいないからですわ」
そのひと言で、ルカさまは察して下さったのでございます。
「豪胆なお方だな、あなたも」
「女に対してその褒め言葉はどうかと思いますわ」
「違いない」
苦笑しながらもルカさまは表情を改めます。
「しかし、いくら我々でも二人だけでは分が悪すぎる。もう少し人手と、作戦が必要だな」
「人手でしたら、あたくしがなんとか……」
あたくしはルカさまを、ある人々に引き合わせました。
「おう、ヴェロニカさんじゃねえか。準備は万端だよ。で、そちらさんは?」
それはブルジニク商会で働いていた人たちでした。
商会が解散した後も、イリーナお嬢さまは商会員を見捨てたりなさいませんでした。自分に責任かあると、職を紹介したり手当てを支給したり、家族のことにまで気を配っておいででした。
そのことに恩義を感じた人々は、挙兵にあたってお嬢さまの下に参集したのでございます。けれどその処遇は決して高いものではありませんでした。
革命軍の中でも半端者として扱われた彼らでしたが、それでもお嬢さまは彼らを同志として遇し、共に激戦を戦い抜きました。しかし今その功を評されることはなく、今回も下働きとして明日の会場の設営などを命じられていたのです。
そのことはあたくしにとっては幸運でした。あたくしはお嬢さまに内緒で密かにクラウディードさまの救出を計画し、彼らに協力を依頼していたのです。
「こちらはクラウディードさまの侍従のルカさまです」
「そうかい! なら同志ってわけだねい。よろしく」
ルカさまの正体を知っても、みなさんは動じませんでした。革命軍と王国軍、もとは敵同士のはずですが、それはあたくしたちにはどうでもいいことでした。
「じゃ手はずはそんな感じで」
「おいおい、いいのかそんな大ざっぱな計画で」
ルカさまの問いに、商会の方々はにやにやしております。
「おたくの大将とうちの姫さまが一緒になったら、革命軍なんか束になったってかなわねえよ。それはあんたもよく知ってるだろう?」
「違いない」
「だからさ。早く王子さまと姫さまを引き合わせてやろうぜ」
「ああ」
いやあ、男同士っていいですわね。
◇
ついに革命が成就する、その儀式でございます。
生贄は、王家の血。
血祭りにあげるのは、わが主人。
人々の熱狂は最高潮でございました。
ですが。
ちょっと! 何でお嬢さまが拘束されているんですの? イリーナお嬢さまはあなた方の同志、革命軍の英雄ではございませんの? お嬢さまなくして革命は成功しませんでしたのに。
そのお嬢さまを糾弾なさるのですか? 愛する方と敵味方になりながらも健気に戦い抜き、あなた方を勝利に導いた戦女神を利用するだけ利用して捨てるというのですか?
……よろしいでしょう。そういうことなら、こちらも遠慮はいたしませんわ。
あたくしは数歩下がって、物陰でハルバートの覆いを外しました。戦う意志を気取られないようにとメイド服のままでしたから、なんともちぐはぐないで立ちですが、それもいいでしょうね。
「イリーナ・カリンシア。革命軍の貴重な戦力を任されていながらいたずらに軍をそこない、尊い同志の命を散らせた。その罪万死に値する」
「そう。その通りですね。わたしもずいぶんとしてやられました。それもこれも、ここにいるクラウディードさまが優秀過ぎたからですわ」
おやおや。この土壇場でのろけとは、お嬢さまも大胆でございますわね。革命軍の面々にひと泡吹かせたところで、そろそろ本当にあわを食ってもらいましょうかしら。
まわりをぐるりと敵に囲まれたクラウディードさまとイリーナお嬢さまが一緒になって消えたのはその直後でございました。
突然のことに周囲は騒然となります。多くの人は何が起こったのか分かっていませんでした。これは演出? それとも事故? 前後がわからず、したがってどうしていいかわからず、みな立ち尽くしていました。
いちばん慌てていたのは、革命軍の幹部たちかも知れませんね。
「奴らを捕らえよ! 反逆だ! 革命に仇なす者どもを逃がすな!」
もくろみがことごとく外され、このまま二人を逃がしてしまってはもう立つ瀬がありませんわね。ですが、あなたたちには相応の報いを受けてもらいますわよ。
騒ぎがわき起こりました。舞台の下から一団の人々が飛び出してきたのです。先頭はクラウディード殿下、その後ろにぴったりとつき従うイリーナさまを見て、あたくしは涙が出るくらい嬉しかったのでございます。
クラウディードさまの剣は変幻自在。寡兵の先頭にあって多勢の敵を混乱させ、進んでいきます。それに従うお嬢さまの苛烈な剣はクラウディードさまに斬りかかる有象無象を瞬く間に斬り伏せていきます。
このお二人なら、このまま脱出できてしまうかもしれません。あたくしは逸る心をぐっと抑えて、待ちました。まだ敵は数多く、陣容は分厚く、いかな無敵のお二人でも抜け出せるかまだわかりません。
初めこそ混乱していた人々も、自分たちが軍であることにようやく気づいたようです。反乱分子を包囲するように動き始め、クラウディードさま一行の行軍は目に見えて鈍くなりました。それと反比例するように、あたくしの鼓動が早くなります。このままでは数に押されてつぶされてしまいそうです。
ハルバートをぎゅっと握りしめるあたくしは肩をぽんと叩かれ、びくりと飛び上がりました。
「落ち着け。出番はこれからだぞ」
「ルカさま……」
ルカさまの笑みに、逸っていたあたくしの心はすうっと落ち着いたのでした。
「わずかばかりだが、親衛隊の残りがいる。乾坤一擲だ。脱出口を開いてお二人を助け出すぞ」
「はい! お供します」
あたくしは泣きそうな笑顔で、やっと答えたのでございます。
そうですとも。
やっと一緒になったお二人をこのまま死なせてなるものですか。