恋する少女
「敵だったり恋仲だったり~余り物王子と変わり者伯爵令嬢の恋物語」
https://ncode.syosetu.com/n1806er/ の侍女視点のお話しです。
全5話、二万字ほどになります。
「ねえヴェロニカ、可愛くなろうと頑張るって、何をどうすればいいの?」
そうお嬢さまがおっしゃった時の、あたくしの歓喜をどうお伝えしたらいいでしょうか?
女の子らしいことにはまるで興味を示さず、野山を歩いては意味不明なものを蒐集していらっしゃるお嬢さまの将来がどうなるのか、あたくしは心配でなりませんでした。まだ十歳とはいえ、もう婚約者が決まっているご令嬢もいらっしゃるというのに。
イリーナお嬢さまは、あたくしがお仕えするカリンシア伯爵家の次女でございます。正直に申しまして家柄はさほど高くはないものの、お嬢さまの器量はひいき目なしにも他のご令嬢に引けは取らないものと確信しておりますわ。
そのお嬢さまが今、レディとなる決意表明をなさったのです。こんなに嬉しいことがございましょうか。
「ああ、お嬢さま。ついにお嬢さまにも運命の殿方が現れたのですね!」
「そ、そんなんじゃないから!」
照れて慌てて否定するお嬢さま、とても愛らしくていらっしゃいますわ。わかっておりますとも。女は男で変わるもの、なのでございます。お嬢さまが必ずや意中の殿方のお心を射止められるよう、不肖このヴェロニカ、あらん限りの知恵と技でもってお嬢さまを立派なレディに育ててごらんに入れますわ!
「でも山歩きはやめないからね?」
間髪入れずお嬢さまにさくっと釘を刺されましたが、そんなことは大した障害ではございません。学ぶことは山ほどあるのですもの。まずはお好きな分野からで結構ですわ。
山歩きと同じくらいお嬢さまがお好きなものに、錬金術がございます。錬金術と言えば金を作ることだけが目的ではございません。薬もさまざま使用いたします。薬といえば化粧品。そう、まずはお化粧から入っていただきましょう。
あたくしが持ち込んだ化粧水、白粉、口紅などに、やはりお嬢さまはピンときたようですわ。
「ねえヴェロニカ。これはなに?」
「化粧品でございますわ。女性を見目麗しくいろどり、肌を若々しく保ちます。可愛くなるための必須アイテムですわ。錬金術の成果も生かされておりますのよ」
「え? ほんとに?」
案の定、イリーナお嬢さまの瞳が輝きます。こうなれば聡明なお嬢さまのこと、独りでどんどん学んでいかれることでしょう。第一段階は成功でございますわ。
化粧品や薬品の書物を読みあさり、ものすごい勢いで知識を増やしたお嬢さまは、それを試してみたくなったようです。部屋にこもっていろいろと実験を始めました。あたくしも時々呼ばれては実験台にされましたけれど、お嬢さまのためならば何ほどのこともございません。いえ、そんな心配など不要でした。お嬢さまのつくる化粧品はどれも、一流のブランドに引けを取らない素晴らしい出来栄えでございました。
「イリーナさま、素晴らしいですわ。この化粧品を自らお使いになるだけで可愛く変身できることはこのヴェロニカが保証いたします」
「えへへ。そうかな」
はにかんで笑うお嬢さまは、なんと愛らしいのでございましょう。あたくしはずっと愛でていたい欲求に駆られたのですけれど、それではお嬢さまの大望が果たされません。まだ道は始まったばかりでございます。
「ですがお嬢さま。化粧品だけではまだお嬢さまの魅力を充分には引き出せておりません」
「そ……そうなの?」
「はい。可愛くなろうと頑張る次なる方法は、こちらでございます」
あたくしは仕立て屋を招きました。お嬢さまにふさわしい服を仕立ててもらうためでございます。
といってもお嬢さまはフィールドワークがお好きなお方。深窓の令嬢がまとうドレスでは邪魔になります。軽やかで動きやすく、それでいて優雅さを失わないもの。あたくしは知恵を絞りましたわ。スカートの丈を少し短くして、布地も薄くて軽く、シンプルでありながらエレガントな一品。難しい注文に仕立て屋もよく応えてくれましたわ。
こうしてあたくしのお嬢さまは、ほかの貴族令嬢とは一線を画す、野趣にあふれながらも高貴さを併せ持つ、独特の美少女へと変身したのでございます。
「素晴らしいですわ、お嬢さま。この上はお肌とお髪にも磨きをかけて野に出られれば、殿方の視線はお嬢さまに釘づけですわ!」
「いえ、わたしは別に、そんなに注目されなくても……」
あらあらいけない。お嬢さまが尻込みなさっていらっしゃいます。あたくしったら先走りすぎましたかしら。
大丈夫ですよ、お嬢さま。綺麗になりすぎて困ることはございません。ましてお嬢さまが手ずから開発なされた石鹸や化粧水を使えば、きれいなお肌はさらにみずみずしく、お髪もさらに輝きを増しましょう。
日に日に美しく成長なされていくお嬢さまを眺めるのは、あたくしにも無上の喜びでございました。お嬢さまはさらに趣味が高じて、ついに職人の域に到達いたしました。ご自分でつくった化粧品を販売し始めたのでございます。
貴族の商法? とんでもない。聡明なるお嬢さまの商才もまた本物だったのでございます。
もとより抜群に品質のいい化粧品、売れないはずがございません。まずは試供品を問屋や商会に配布しましたところ、貴族や大商人など上流階級のご婦人方に大変に気に入っていただけたのでございます。
次第に直売りでは追いつかず、お嬢さまは自らの商会を立ち上げました。同時に工場も整え、生産量を確保なさったのは慧眼でございました。お嬢さまは錬金術ばかりでなく、経営学や経済学も広く学んでいらしたのです。
その過程で関連する薬品関係も扱うようになり、やがて自ら薬も開発するようになりました。扱う商品の量が増え、流通事業も整備する必要から関連の会社を買い取りました。若干十六歳にして、イリーナお嬢さまは少なからぬ売上を確立する事業主としての名声をも得たのでございます。
あたくしは嬉しくてなりませんでした。才色兼備の美少女、このお方の恋を成就させて差し上げたいと心から願ったのでございます。
◇
イリーナお嬢さまはなかなか白状なさいませんでしたが、意中の殿方とはどうやらクラウディード第三王子のようでございました。なかなかどうして、お嬢さまも野心家でいらっしゃいます。
クラウディード殿下は、イリーナお嬢さまと同い年の十六歳にございます。上二人の王子殿下に較べ、やや器量に劣ると噂されておりますが、おそれ多くもお嬢さまが見初めた殿方にございます。なんの不安がございましょうや。
ですがこのままお屋敷で手をこまねいていては、王子さまの目に止まることもございません。まずはお会いする機会をもうけなければなりません。
あたくしは表に裏に、手を尽くしておりました。出会いの機会の最たるものは、パーティにございます。しかし正直に申しまして、当伯爵家に王族をお招きするのはかなり難度が高いものと判断致しました。
それならば王宮の園遊会、もしくは大貴族の主催するパーティ。当伯爵家の旦那さまを始め、ご家族が招かれるような大規模なパーティはないものでしょうか。
あたくしは王宮に伝手を得て、たびたび四阿を訪れておりました。クラウディード第三王子の侍従、ルカさまにお目通りがかない、あたくしはあたくしの主人を熱心に推挙したのです。
初め、ルカさまは佳い顔をなさいませんでした。
「あいにくとそのような、妙齢の令嬢の推挙は自薦他薦を問わず引きも切らない。できればご無用に願いたいものだ」
「おそれながら、ルカさま」
あたくしは食い下がりました。ここで退いてなるものですか。一度や二度袖にされたくらいで諦めることなどできませんわ。
「あたくしと同じく、ルカさまもご主人の将来を案じていらっしゃるものと心得ます」
「当然だな。で?」
「クラウディード殿下の将来に必要な力とは何でございましょう? 大貴族の権力ですか? 財力ですか?」
「何が言いたい?」
「非礼を承知で申し上げます。クラウディード殿下は第三王子。たとえ大貴族の後ろ盾を得たとしても、兄である二人の王子さま方には敵いません。もしクラウディードさまがおひとりで立たねばならぬとき、必要なのは自力で立てるお力ではございませんか?
わがお嬢さま、イリーナ・カリンシアさまならば、きっと殿下のお役に立つはずです。お嬢さまは十六歳にして独力で事業を起こし、ご自分の手で財を生み出しておいでです。先祖伝来の財貨の蓄えと、これからそれを生み出す力、どちらがより強力でしょうか?
そしてその才覚は、万が一殿下が危機に陥ったとき、必ずやお役に立ちましょう。他人に育てられた、ただ可愛らしいだけの花より、自力で咲き誇ることができる花をお手もとに置いて差し上げた方が、殿下の御為でもあろうかと心得ますが?」
ルカさまは憮然とあたくしを眺めておいででしたが、あたくしもここで退く気はさらさらございません。目ぢからも強く見返しておりましたけども、後から考えればメンチ切ってると言われても申し開きできませんでしたわ。
ですがそのうちルカさまはふっと笑って、
「おもしろいお方だな、侍女どのは」
そうおっしゃってくれたのでございます。
ああよかった。あたくしはご不興をこうむらずにすみました。
そしてほどなく、第二王子の結婚披露パーティの招待状が、わが伯爵家に舞い込んだのでございます。