コンティニュー
畜生!
平凡な人生に嫌気がさしたから、『六天市場』の『織田メイド』の入手を目論んで、『討獣』の創った多人数同時参加型ゲームブック『三幕志』に参加したはずが。
最初のイベントであっさりバッドエンドで死亡。
異世界から現世に強制送還だなんて。
俺の人生、平凡以下じゃないか。
選択肢の肢は、手足四本の四肢の肢に由来し、本来、選択肢とは四択が基本であるという俗説。
こんなムダ知識を覚えていたばかりに。
ランの使い魔『選択使』たちの提示する選択肢が四択ではなかったと察してしまい、さらに、選択肢の数を誰も明言していないと看破してしまった。
電柱を避けようとして溝に落ちてしまう愚を犯したのだ。
バカか俺。
普段通り誰かのあとを追って行動していればよかったんだ。
鬨の声がどんどん大きくなる。
地鳴りを響かせて人馬の軍勢が近づいてくる。
「一年──」
「えっ」
ゲーム内の死を目前に控え、頭を抱えて呆然自失する俺に、事務的にランが話しかける。
「現世の寿命を一年支払えば、このゲーム、コンティニューさせてやんよ」
「それは……」
「しかも、コンティニューしたあかつきには──」
「一体……」
「ゲームを有利に進めるアドバンテージもつけてやんよ」
どういうことだ。
戸惑う俺に、ランは解説する。
最初の選択肢でバッドエンド。
そこからコンティニューしたプレーヤーは、正規ではない裏のルートでゲームを攻略できるらしい。
アドバンテージ付きプレーヤー。
いわばチーターとしてゲームをリスタートしろと彼女は勧めるのだ。
「裏のルート?」
「三幕府の一つを制覇したあと、三幕府を統一するのが正規ルート──」
「……」
「裏ルートだと、この大山岳『安土桃山』を基地に、強力なオリジナル幕府を新設できる」
さらにランは続ける。
二番目のイベントで死んだなら、コンティニューに現世の寿命は二年必要。
百番目のイベントで死んだなら、コンティニューに現世の寿命は百年必要。
最初のイベントで死んだから、たった一年の寿命でコンティニューできるのだ。
断然お得なのだと。
すでに、ゲームを続けるモチベーションは残っていなかった。
しかし、ランの次の一言で俺の心境は一変する。
「アラタ。早く決めるんよ。矢の雨が降って来よるんよ」
震える俺の感情。
矢の雨が降る恐怖ではない。
九年間も同級生だったにも関わらず、俺の名前を憶えていなかった初恋の女の子。
その彼女に似たランが俺の名前を呼んだのだ。
「え、今、俺の名前?」
「オマエの名前ぐらい、このラン様には、お見通しなんよ」
腕利きのセールスマンが客を仕留めにかかる。
そういう雰囲気を醸し出しながら、ランは俺の耳元で囁いた。
「ゲームの中では、ずっとアラタって呼んでやんよ」
「コンティニューする!」
あっさりと俺は決心した。
すぐさまランは俺の腕を取ると宙に浮いた。
間髪置かずに俺が今まで座っていた場所が針山のような状態になる。
あと数秒、決心が遅れれば危なかった。
バッドエンドの予告通り。
全身に隈なく矢を撃ち込まれ、俺は人間ハリネズミと化していたはずだ。
炎上する本能寺をランと共に上空から見下ろしながら、俺は考えていた。
ゲームの延長になぜ寿命が必要なんだろう……。
ゲームから撤退したらどうなったんだろう……。
様々な疑問を残し、『三幕志』は次のステージに進む。
少年マンガの打ち切り作品のような終わり方ですが、第一部「本能寺篇」は完結。
お付き合いいただきありがとうございました。