バッドエンド
なぜ俺は、『選択使』たちと一緒に『本能寺』を出ていかなかったのか。
なぜ俺は、三つの選択肢から一つを選ばなかったのか。
その理由をドヤ顔で俺は説明する。
「選択肢がいくつあるか、誰も言わなかったからな」
いつの間にやら、ランは華奢な身体を押し付けるように、俺の隣に座っている。
仄かな甘い桃の匂いが鼻腔をくすぐる。
「むむ、そこに気づくとは──」
感心した口ぶりのラン。
唇が地下一階。
俺の脳内ATOKが混乱してしまう。
唇が近い近い。
「なるほど、アタシのパンツに見とれて選び忘れたわけではなかったのだな」
「ないないない、それはない」
全力で否定する俺。
確かに、欄干に腰かけるランを俺はガン見していたが、決してパンツを覗くためではない。
彼女の容姿が初恋の女の子の小学校当時のそれに似ていたからだ。
小中学校の九年間、ずっと同じクラスだったその子に名前も覚えられていなかった事実を知った衝撃。
人生を変えたいと痛切に感じ、ゲームブックに閉じ込められるきっかけになったその女の子との思い出が、俺のトラウマになってないと言えば嘘になる。
しかし、その子に似たランを見て、動揺することはなかった。
つまり、選択肢を選ぶ場面で、冷静に対処できたのである。
パンツ覗き見疑惑の釈明を終え、横目でランをチラ見する俺。
幼女と少女の境界線をまたぐランの神秘的なその表情は、驚くほど冷めていた。
「アタシのパンツにも、『選択使』どもの色香にも惑わされなかったとは、褒めてやんよ」
嫌な予感。
冷や汗が背中を流れる。
ついさっきまで俺をたたえていたランのその唇から、今度は無慈悲な宣告が下されようとしている。
「だが、正しい判断が幸せな結末につながるとは限らない──」
「えっ、じゃあ……」
「残念ながら、三択から選ばない、すなわち、この寺に残るというオマエの選択から得られる結果は──」
「……」
「バッドエンドなんよ」
そのとき。
突然、四方から凶暴な絶叫が湧き上がった。
鬨の声だ。
大群がすでに本能寺を取り囲んでいる。
「明智光秀の軍勢がこの寺を襲撃して──」
歴史オンチの俺でも知っている日本史上の大事件が始まろうとしている。
そうランは告げているのだ。
このゲームの最初のイベントは、プレーヤーの行き先を決めるだけではなかった。
本能寺を脱出する目的もあったのである。
バッドエンドの状況を、ランは淡々と説明する。
「オマエは、全身ハリネズミのようになって死んでしまうんよ」
そんな……まさか……冗談だろ……?