選択肢と選択使
「これから、オマエらに最初の選択肢を授けてやんよ!」
案内人のランは、激しい身振り手振りで喋りながら、その場を仕切っている。
ゲーム参加者の俺たちは、美少女の独演にうっとり見入るばかりだ。
「出でよ! 選択肢を総べる我が使い魔!」
何かを召喚するような文句を、彼女は声高に唱えた。
細い腕を精一杯に広げると、やにわに両手の掌を身体の正面で打ち合わせる。
「『選択使』!」
濛々と立ち込める白煙。
突然、須弥壇に三匹の獣が現れた。
黄色いサル。
青いキジ。
赤いイヌ。
戯れ付く使い魔の獣たちを邪険に扱いながら、ランは着物の懐から取り出した、桃の実の形の団子を一匹に一個ずつ手際よく食べさせていく。
「世界の中心にそびえ、世界を『鎌倉』『室町』『江戸』に三分割する、巨大山岳『安土桃山』の名産品『安土桃』からこしらえた、魔物に人間の心の機微を与える『機微団子』の威力! 見せてやんよ!」
「ウキイイイイッ!」
「ケエエエエンッ!」
「ワオオオオンッ!」
団子を飲み込んだ獣たちは、苦悶とも快感とも判別しがたいような尾を引く鳴き声を放つと、たちまちのうちに人化し始め、成熟した女体に変化を遂げていく。
獣人娘の完成だ。
温厚らしいサル娘。
理知的に見えるキジ娘。
好奇心の旺盛そうなイヌ娘。
獣そのものだったときと同様、彼女らは一斉に自分たちよりはるかに小柄な主人、ランにまとわりついた。
「ランどの、ご無沙汰でごザル」
「ランさん、会いたかったケン」
「ランちゃん、ランちゃん、可愛いワン」
「ええいっ! 鬱陶しい! キサマらの相手はアイツらなんよ!」
三人の肉体に埋もれていたランは、彼女らを内陣に突き落とし、静まりかえる外陣を指さした。
獣人娘は、主人と自分たち以外の存在に初めて気づいたらしい。
値踏みするような眼差しで俺たちを見まわした。
ようやく『選択使』としての役割を思い出したのだろう。
リーダー格のサル娘を中央に三人は横に並び、内陣と外陣の境界まで近づいてきた。
「わたしたちは『選択使』。世界の中心、『安土桃山』の山頂にあるこの聖地『本能寺』から、ゲーム参加者を選択先へ導くでごザル」
「それでは選択肢を挙げるケン」
「どれか一つを選ぶワン」
いよいよゲームの本番が始まるのである。
外陣の誰かが生唾を飲み込んだ。
『選択使』の格好がエロいからではないはずだ。
本堂内に緊張感が漂う。
「わたしは『江戸幕府』に進むでごザル。江戸幕府はここから南方に位置する経済の国。十五の領土に分割され、十五人の将軍たちがそれぞれの所領を治めている。国力は50。幕府制覇の難度は高いが、三幕統一の難度は低い。勝負師に打ってつけでごザル」
サル娘に率いられ、ゲーム参加者の三分の一が、後方の出口から旅立った。
「わたしは『室町幕府』に行くケン。室町幕府はここから北西に位置する文化の国。十六の領土に分割され、十五人の将軍たちがそれぞれの所領を治めている。国力は30。幕府制覇の難度は普通で、三幕統一の難度も普通。堅実派に推薦するケン」
キジ娘に率いられ、ゲーム参加者の三分の一が、左手の出口から旅立った。
「わたしは『鎌倉幕府』に向かうワン。鎌倉幕府はここから北東に位置する尚武の国。九の領土に分割され、九人の将軍たちがそれぞれの所領を治めている。国力は20。幕府制覇の難度は低いが、三幕統一の難度は高い。迷える子羊に最適だワン」
イヌ娘に率いられ、ゲーム参加者の三分の一が、右手の出口から旅立った。
「ところで」
須弥壇の欄干に腰かけて、選択イベントの成り行きを見守っていたランが、つぶやいた。
人気がなくなった『本能寺』の広い本堂。
小声でも堂内全体に響く。
「オマエ一人が、この寺に居残っているのは、何でよ?」
「え?」
俺とランの目が合った。
本堂に残ったのは俺と彼女の二人っきり。
ひょっとして、恋愛フラグ???