天使の素
委員会が終わり靴箱に行くべく、廊下を歩いていると、丁度廊下の先で曲がり角を曲がる天使の姿を見つけた。
しかも、1日中といっていい程ずっといる取り巻きの姿はなかった。
「これはチャンスだ!」
僕はすぐに天使の元へ駆け寄る。
曲がり角を曲がろうとしたところで、話し声が聞こえた。
とっさに僕は止まり、聞き耳を立てた。
誰かに天使といるところを見られたら大変だ。
放課後、殆どの生徒は部活に行き、用がない者は帰宅し、先生は自分が顧問をしている部活に行くか、職員室にいるか、帰るかの3択だろう。
つまり、この廊下にいるのは、天使、天使と話している人、さらに僕ぐらいだった。
話し声は特に何かに遮られることもなく、僕の耳に届いた。
「あかりは心配なんですぅー。だからお手伝いを、と……」
「余計なお世話よ。これは私の問題だもの、あなた達の手助けなんて必要ないわ」
「そんなことを言っていると、いつまで経っても目的の物を探し出すなんてできないぞ?」
「そうですよぉー。ねっ、協力して探しましょっ!」
聞こえてくる声は天使と、担任の鈴木先生と、知らない人だ、と思いたい。
天使と先生と、もう一人は昼間図書室で出会った和田さんだった。
和田さんと天使は知り合い……?
いや、今は和田さんよりも天使だ!
天使の話し方が、いつもとは違う。
いつもはまるで小鳥の囀りのごとく可愛らしい声で大人しい話し方だというのに。
ここにいる天使は、かまととぶっているギャルのようだ。
まさか……。こっちが素?
だとしたら何てことだ。
僕は軽く、いや。大分ショックを受けた。
壁伝いにずるずると体が滑り落ちていく。
「うそだー」
僕は頭を抱えて座り込んでしまった。
僕のこの動揺を隠せない心情を誰が分かってくれるだろうか。
クラスの誰かに言った所で僕の事なんて誰も信じないだろう。
「誰かいるの?」
天使の声が聞こえた。
明らかにこっちに声をかけている。
普段の僕なら舞い上がって喜ぶ出来事だろうけど、今の僕の心は衝撃を受けているダメージと盗み聞きをして仕舞った後ろめたさから、今すぐこの場を離れたい……。
足音が少しずつこっちに近づいてくる。
「誰かいるなら出てきなさい!」
普段の天使からは想像できない鋭い声。
気が付いたら僕の身体は動いていた。
天使がいる方向とは反対の方向に、僕の足は駆けていた。
「あの男子、確か……」
「誰かいたのか?」
「いいえ」
そういって小林あかりは、先ほどのような話し方に様変わりし、話の続きを始めたのだった。