女の子とお出掛け
僕が彼女の協力者となって進展があったのは、日曜日だった。
彼女の協力者になったときに、メアドを交換しておいたのだ。
そして、前の土曜日に連絡があった。
『明日、付き合って』
僕が初めて女の子から貰ったメールは、とても短く簡潔に書かれたものになった。
恋人は愚か、友だちすらいない僕に、休みの日に予定があるかと訊かれると、ノーだ。
『分かった』
その一言を文面に打った所で、女の子充てに送るメールにしては素気ないかもしれないと思った。
たった四文字のメールなんて、彼女の気分を害するだろうか?
なんて、思い過ごしかな? 彼女は気にしないだろうし。
結局、僕はそのままの文面でメールを送った。
彼女から返信がきて、日曜日の午後、彼女の家へ再び訪れることとなったのだ。
「やっぱりこの家を見ると圧巻させられるなー」
玄関の前で思わず家を見上げてしまう。
ピンポンを押そうと指を近づける。
その指はふいに止まってしまう。
「ピンポン押した後、何て言えばいいんだっけ……?」
今まで、友達の家に行くなんてことがなかった。
それでも、誰かのお家に行った時はピンポンを押すことは知っている。
でも、その後は?
僕は記憶力がいいから、忘れることはないけれど、元々記憶になければ、記憶力ではどうしようもないのだ。
「えっと名前を言って、それから要件でいいのかな?
どうしよう! 和田さんの家族が出てきたら、僕ちゃんと話せるかな?」
家に行くと決まった時にちゃんと、情報収集しとけばよかった!
「何してるの?」
うんうん僕が唸っていると、後ろから思わぬ人の声が聞こえて、ビクッとなってしまった。
大丈夫、少し驚いただけだから、彼女には気付かれていないはずだ。
気付かれてたら、ちょっとカッコ悪いよね。
「いや、今インターホンを押そうと……」
ピンポンを指さしながらそう答えると、そう。と言って僕の横を通る。
「時間が早いわね」
「えっと、女の子を待たせるのはダメかなって」
僕は待ち合わせの時間より20分速く家についていた。
あまり待たせるのはダメだと思ったし、遅れるのは論外だ。
あらゆる可能性、例えば――自転車がパンク、事故現場に遭遇、おばあちゃんが入院、えとせとら……――を考えていたら、この時間になってしまった。
「やっぱり早すぎたよね」
「別に」
そう言って彼女は家に入って行った。
僕は入っていいのか、と思いつつも入らないと外に突っ立っているままだと、人様の迷惑だ。
ゴクッ。
やっぱり、人の家に入るのは緊張するな。
今日は家族の方もいるかも知れないし。
「さあ、行くわよ」
僕が足を動かそうとした時、先ほど家の中に入って行った彼女が出てきた。
あれ?
「家の中に入らないの?」
「探しに行くのにこの家にいては探せないでしょ」
それもそうだ。
僕にとって、初めての休日に女の子と遊ぶ日だとしても、彼女にとっては協力者である僕と、探しモノを探すだけなんだ。
彼女の容姿は素晴らしいから、きっと彼女の世界ではモテていたんだろう。
もし、皆の記憶が消えなければ、この世界でだってモテモテだっただろう。
実際少なくはあったけど、自己紹介をした日、ほぼ視線が天使に行く中、天使ではなく彼女を見ていた男子だっていた。
「上手くいったようね」
彼女の歩みについて行っていると、ふいに彼女が言葉を発した。
ぼーっとしていた僕は彼女の言葉を聞いて、考えを振り払った。
「何のこと?」
「メモリー」
メモリーとは、彼女から僕に手渡してきたノートの名前だ。
命名は僕だ。中二病っぽいとか言うなよ!
僕が彼女の協力者となったその日の内に、彼女から渡された物だ。
その日に彼女と話したことを記したノートで、きっかけがあれば思い出せるということを証明するために、この『メモリー』を机の上に置いて、朝起きたら読むようになったのだ。
見事に『メモリー』は、彼女に関する記憶を思い出すための、手がかりのような存在になってくれた。
それが分かってからは彼女と話したこと、一緒に係りの仕事をした事など、日記のように書き込むようになった。
放課後、急に彼女の家に行く事になって、その時に協力者になったというのに、『メモリー』を彼女が用意していたのには、さすがにビックリしたよ。
魔法で予知していたんじゃないかと一瞬疑ったくらいだ。
「ああ、あれを読めば絶対に思い出せるよ! あんなノートを作るなんて凄いね!」
「そう」
それっきり、彼女は黙ってしまってしまった。
僕も特に話すようなことも思い浮かばず、彼女の後ろをついて歩くだけだった。
ここは僕が何か気を利かせて、何か話題を振った方がいいのかもしれないけど、何も思い浮かばない。
どうするべきか悩んでいると、カンカンと踏切の音がする。
遮断機が下りてくると言うのに、彼女の足は止まらない。
「和田さん! ストップ!!」
「何?」
彼女はなんと、踏切のど真ん中で止まり僕に振り返った。
「急いで渡って!」
僕は力いっぱい叫ぶ。
けど、踏切の音に僕の声はかき消される。
遮断機が下りて、止まる。
もう、時間がない!
気が付けば僕は走っていた。