KING
男は一言だけ言葉を発し、ヨーコは眉間に筋を寄せ、再び二人は無言で睨みあっていた。
間違えたとは一体なんだ。何を間違えたんだ。
そもそも、初対面の人間の後ろにいきなり現れて驚かせて、散々睨み付けた挙げ句、挨拶も謝罪も無しにいきなり「間違ぇた」とはどういう了見だ。確かに自分は18歳の小娘に過ぎないが、それにしたって失礼では無いだろうか。
と言うか、その落とした煙草の火を消したほうがいいと思う。ガサツなんだろうか。ヨーコはガサツな男は嫌いだ。そしてこういうちゃらちゃらとした風貌の人間は結構に気にくわないのである。
驚きと混乱が喉元を過ぎ、段々と腹が立ってきたヨーコは、取り敢えずこの怪しい男を誰何しようと口を開きかける。が、
「あのさー、タバコ持ってねぇかい?」
先に、何故か向こうから貰いタバコの要望が来た。反射的にポケットを探る。
「…無い」
「ァんだよ使えねーな」
ヨーコはこの瞬間、こめかみから何かが爆ぜる音を聞いた。その音に命ぜられるままに、足元に落ちていた未だ紫煙を上げ続けるタバコを拾い、男に投げつけた。まるで奇跡の様に、赤く燃える先端が真っ直ぐ男の鼻先に飛んでいく。クリーンヒット。
「ァ熱うっ!?」
鼻を押さえ、悶絶する男。ヨーコは指差しながら吠える。
「それでも吸ってろ、このカラフル奇人が!!」
「何ゴラァ!!俺ン事誰だと思ってやがる!!」
「知らないよ!!誰なんだよアンタは!!」
漸く、そもそも一番最初に聞くべきであった事柄を問い質す。が、しかし男からの返答は、
「はァ!?知らねェのかよダッセェなあー」
自信満々に、ぷくく、と片頬を歪めて嘲笑。右側に八重歯が覗いている。
「ダッセェ上に愛想わりぃし色気無ぇし、胸はまな板痛ァ!」
「黙れ内外面お花畑野郎っ!!」
タバコは無いがライターはあったので、それを全力で投げる。それは再び鼻先にヒットし、哀れな奇人は再び鼻を押さえ呻いたのだった。
「で、結局アンタは何者なの?ここは何処なの?あたしは一体どうなって…確か、軽トラにはねられて…死んでるんだよね?」
謎の変人から受けた不当なる罵倒への対処をすませ、一息ついたヨーコは、ようやくもって当然至極の疑問を投げ掛けた。最初の質問は先程にもしてはいたが。
「質問が多いぜ、嬢ちゃんよォ」
男はぶすっとした表情で鼻を押さえたまま答えた。すらっと通った高い鼻筋も、火傷と打撲で赤くなって台無しである。
「まず、嬢ちゃんはまだ死んじゃァいねえ。その境目ってトコだ。で、ここはオレが…『契約』の為に、用意した場所だ」
「け、契約?」
「そうだ。そして…俺ぁ」
男は、そしてずっと猫背だった背筋を『ビシッ』と整え、ぼさついた髪の毛を掻き揚げる。隠れていた眉毛が現れ、それが思いの外凛々しく整った物であって、その下の眼差しも、綺麗なアーモンド型の、煌めく黒曜石を連想する瞳。それが露になる。
「音楽の神…いや、『KING』とでも呼んでくれやァ」
結局、ヨーコはまた、深く深く、眉間に三本筋を浮かべたので逢った。